44.パーソナル・コンピューター
晴れて桜野家の居候となった異世界の魔術師ブロード。そんな彼のもとに友人のフィリックスが持参してきたものとは……。
どうやら来客のようだ。召使いがいれば出迎えさせたのだが、あいにく桜野家にはいない。どうしようか思案していると、
「おーい、ブロードいるかい? 僕だ、フィリックスだ」
玄関から声がした。
友人にして恩人のフィリックスだ。ブロードは自ら出迎えることにした。
玄関に行くと、フィリックスが巨体を引っ提げ中に入ってきた。荷物があり、手にはバッグが握られている。
「似合うよ、その服。あのね、君が退屈しているんじゃないかと思ってさ。面白いものを持ってきたんだ。お邪魔するよ」
フィリックスは、居間のカウチソファに座ると、バッグから荷物を取り出した。
「これは何?」
それはテレビに似ていた。桜野家の今に置かれているものに比べて一回り小さく、細かい文字が描かれた盤の目状に無数のボタンがついた板が付随している。
「ノートPCだよ。パーソナルコンピューター。日本じゃパソコンと呼ぶ人が多いね」
「パソコン?」
「知らなかったでしょ? サフィーと賭けたんだ。君がパソコンのことを知らないのに千円を。やったね。僕の勝ちだ」
フィリックスは、パソコンのスイッチを押した。光の明滅とともに、デスクトップ画面が表示された。マウス(とフィリックスが教えてくれた)を操作して、画面の中で矢印を動かす。矢印が画面上をふらふら動いていく。
「なんていう面白い仕掛けだ!」
「面白いのはこれからだよ」
矢印が何かのアイコンに重ねられた時、フィリックスの指は、マウスの天面を二回叩いた。すると、驚いたことに画面が一瞬に別の画面に塗り変わったのだ。
「パソコンは、自分で操作するテレビなの?」
「うーん、まあ、大体そんなところかな? それにしてもブロード、君は一日会わないだけでずいぶんと日本語が上手になったね」
フィリックスは感心した様子だ。
「ほら、検索サイトだ。何か調べたいことはあるかい?」
フィリックスは、ギリアンの背中をなでながら言った。
「調べたいこと?」
たくさんある。あるのだが、それを凍結世界の言語に置き換えることが難しい。
「何でもいいんだ。いま関心のあることでいい」
「それじゃあ」
テレビに目がいく。コマーシャルをやっていた。以前食べた油で揚げたパンが映った。
「あれ」
「おお、ドーナツか」フィリックスは盤の目を指で叩く。カタカタと音がした。「見てて」
すると、画面に文字と画像があふれた。文字については理解が及ばなかったが、画像なら分かる。おいしそうなドーナツがいくつも表示された。
「すごい!」
ブロードは画面に食い入った。
「面白いだろう? 文字を入力すると情報が出てくるのさ。さらにほら、動画も見れる」
今度はテレビのように動画が映った。動画はドーナツの作り方を説明したもので、粉を練り上げ、油で揚げ、砂糖をまぶすといった一連の作業を見せてくれた。
「面白いだろう?」
「面白い! すごい!」
「これを君に貸そうと思ってさ。まあいい暇つぶしになるだろ」
「ありがとう」
ブロードは片手を差し出し、フィリックスは強く握った。テレビの中の人物がやるように握った手をぶんぶんと振る。
「ずいぶんと元気がいいな。ネットの世界は広大だぞ。じゃあ楽しもうぜ」
パソコンという文明の利器を手に入れたブロード。さて何を検索しよう?




