43.凍結世界の朝
札幌の女子高生ミリアのもとに居候となった異世界の魔術師ブロード。この世界のことを学ばねばとテレビを見る。
翌朝。
ミリアは、白のブラウスに紺色のプリーツスカートを身につけていた。リボンタイは赤色だ。そういえば、初めてあったときにこの格好をしていた。同じ服装をした女性を見かけたこともある。これがミリアにとっての学院の制服というわけだ――男子もこの格好をするのだろうか?
一方、ブロードは、ミリアからもらった凍結世界人の衣装をきている。パーカーとジーンズと呼ばれる服装で、ミリアの叔父の着ていたものだという。この服装からは威厳こそあまり感じられないが、着心地がいいので気に入った。なお、火鼠のマントはブロードの部屋のワードローブにかけてある。
「じゃあ私学校に行ってくるから。テレビでも見ててね。あ、それから外に出ちゃダメよ。ブロードくん車に轢かれたりしないか心配だもの」
「そうする」
ミリアの言葉の半分は、何を言っているのか分からなかったが、とにかく不安がられていることは伝わった。『大丈夫、僕はプライドにかけて泥棒をやったりはしない』――言葉を覚えていたらそう言えたのに。
「お昼ご飯は冷蔵庫に昨日の残りものがあるから取り出して食べてね。冷蔵庫のことは、昨日説明したから知ってるわよね?」
「冷蔵庫、知ってる」
中に冷気のこもった箱のことだ。中には透明な膜(後にビニールという名称だと知ることになる)に包まれた様々な食品が中に入っていた。これは食料を長期保存するもののようだ。王族の地所にある氷室のようなものと理解した。
「それじゃあ安心ね。行ってきます」
そう言って、ミリアはヒラヒラ手を振った。ブロードも手を振り返した。
「そういうときはねブロードくん、日本では『いってらっしゃい』って言うのよ」
「いってらっしゃい」
「よくできました。じゃあ、行ってきます!」
「いってらっしゃい」
ミリアが家を出ていったあと、ブロードはリモコンでテレビをつけた。ギリアンがピョンとソファに飛び乗ってきて、ブロードのひざの上で丸くなった。ブロードはその背中をなでた。
どの番組も興味が尽きない。この世界のことがよく分かるからだ。
はっきり言って、どうでもいい番組もある。だが、それでも見定めたい。これら膨大な情報の濁流の中から、さまざまな事実を知るよう努めたい。どんな政治体制か、どんな社会システムか、どんな魔術組織があるかまとめ上げたい。
アラバード国に凍結世界のことを伝えねばならない。魔術師としての使命感に動かされていた。頑張るのだ。例えば、帰れる見込みが限りなくゼロに近いとしても。
というわけでテレビにかじりつく。チャンネルをザッピングしてから、見る番組を決めた。
モニターに映っているのは昨日も見た連続ドラマ。例の中華料理店を舞台にした番組である。
途中までフィクションとは気づかずに見ていたが、演技過剰な俳優が出てきて、それがブロードの国の演劇と似通っていたので気づいたのである。これは舞台のようなものなのだと。
中華料理店では、その家に嫁いだ女が、孤児になった妹の子供をうちで預かれないかと姑に嘆願していた。だが姑は意地悪く拒否する。
姑『うちの経済力でこれ以上人を預かるわけにはいかないでしょう? 何を考えているんでしょうね、この人は』
嫁『私が今までの何倍も働きますから』
姑『そう? 寝る時間もなくなるぐらい働いてもらおうかね? それならいいわ』
嫁『ありがとうございます!』
姑『ただし、その子もうちで働いてもらいます。当然よ。働かざる者食うべからずなんですからね!』
おおよそ意味が取れるようになっていたブロードは、姑に怒りを覚えた。――腹の立つ冷酷なおばさんだ。電流を浴びせてやりたい。
……って、自分は作り物の劇に何を本気になっているのだろう? この番組の女性たちは全て役者なのに。凍結世界の作劇の求心力はすごいものがある。気をつけなければ。
嫁は、日中夜働き、体力の消耗からか倒れてしまう。白い車で、回復術士の施設らしきところに運ばれた。
姪『おばさん、私のためにこんなになるまで働いて』
嫁『ごめんなさい。わたしが不甲斐ないばっかりに』
姑『病院代、どう工面するんだよ。うちは一銭も払いませんからね』
姪『私、お母さんの形見のルビーの指輪を売ります! それで支払ってください!』
嫁『それは、それだけはダメよ! 大事な形見なのよ!』
姑『そんなもんがあるんなら、さっさと出しゃいいんだよ』
続きはどうなる――と思った瞬間、べつの映像が流れ始めた。コマーシャル・メッセージというやつだ。この演劇は引きがいい。気になるところで止めてくれる。ソファの上で脚を崩し、続きを待っていると、玄関のチャイムがなった。
テレビを見ていたら、玄関のチャイムが鳴った。はたして誰が来たのだろうか?




