40.ミリアの弟
ミリアの弟の総司が、異世界の魔術ブロードと初対面する。だが、その印象はかなり悪くて……。
「姉貴、朝飯は?」
居間のドアが開いて、上下スウェット姿で髪もセットしていない実の弟が姿を現した。
「朝飯は、じゃないわよ。つーか、今まで寝てたの? いま何時だと思ってんのよ?」
「あっ、お客さん来てんじゃん。それなら早く言ってくれよ。どうも! 桜野総司って言います!」
「ブロード・レッドマイアです」
ブロードは、胸に手を当て例の貴族的なあいさつをする。そのとき、ブロードの目が軽く見開かれたことにミリアは気がついた――なんだろう、この反応。ミリアは首をかしげた。
「あ? 何だ、野郎かよ。あいさつして損したぜ。なんだよ、姉貴やっと彼氏できたのか?」
「違うわよ!」ほおが熱くなる。「ブロードくんなんだけど、困ってるからうちでしばらく預かることにしたわ。あんたも仲良くしてあげてね」
「あ? 何勝手に決めてンだよ。馬鹿じゃねえの?」
総司は眉根をよせた。
「ちょっと、姉に向かってその口は何よ!」
「いつまで居るんだ? 何のために居るんだ? タダ飯食わす気じゃないだろな」
テーブルのうえの食パンをちぎりながら、総司は言った。
「ちょっと何よ、ズケズケと! あんただって家に一円も入れてないくせに調子のんな!」
食パンをむしゃむしゃやりながら、総司はブロードに半目で顔を近づける。
「はーん、いい顔してんなあ。人形みたいに美人だ。んでも、なんか詐欺師っぽいんだよなあ。なあ、姉貴。なんで知らねえやつなんか家に入れようとしてんだよ。バイト代全部巻き上げられるようなもんだろ」
「総司、ブロードくんは困ってるの。もしお父さんとお母さんが生きていたとしたらどうしたと思う? 絶対に助けたに決まってるよね」
「くだらねえ」総司は舌打ちした。「どっちももう死んでんだろ。いい加減両親の真似しようとするのは辞めやがれ」
「なんてこというの!」
ミリアは目元が熱くなるのを感じた。ああ、どうして弟とはいつもこういう言い争いになってしまうんだろう。どうしていつも父さんとお母さんを否定する話になってしまうんだろう。
「落ち着け、総司」
ミリアと総司の間に割って入った影があった。ブロードだった。外国語を話している。
「君は、鉄の馬に乗った騎士なのだろう? 以前君の姿を街中で見かけたぞ。騎士が女性を泣かせるものではない」
「なんだてめえ、やんのかよ」
総司はブロードににらみをきかせる。
「上等じゃねえか。こっちはノーザンエンペラーの頭張ってんだぞ。この野郎ナメやがって。ぶっ殺してやるよ」
「冷静になろうじゃないか。もし君が野良犬でないのなら、話を聞きたまえ」
「英語だかフランス語だか知らねえけど、ワケわかんねえんだよ。日本語で言えよコラ!」
真っ赤にした顔を、総司はブロードの顔に近づけた――こいつ、かなり怒ってる。
「もう、止めて!」
ミリアの悲鳴は、リビング兼ダイニングルームに虚しくひびいた。
総司が拳を構えた。
「――――――」
総司を見返すブロードのまなざしは少し冷静に過ぎた。
それがますます総司の怒りを駆りたてたに違いない。
「オラッ!」
総司は、ブロードの下顎に向かって握りこぶしを放った。
ブロードはまともにくらった。
ブロードの体は、冷たいフローリングの床の上に崩れ落ちた。
総司に殴られたブロードは意識を失い、その場に崩れ落ちてしまう……。




