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凍結世界の無能力魔術師  作者: 馬村ありん
第三章 無能力魔術師
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39.ブロードの部屋

異世界からきた魔術師ブロードに、札幌の女子高生・ミリアはつよく興味をひかれる――どうしてテレビのリモコンの使い方もわからないの?

 ミリアは鍵を開けた。古い家ながらも掃除は毎日していて、清潔さをキープしている。例えブロードが貴族みたいな趣向を持っていたとしても、気に入ってくれるんじゃないだろうか。玄関に乱雑に脱ぎ捨てられていた総司のスニーカーを、ミリアはそろえた。

「靴を脱いで上がってね」

 ジェスチャーが伝わったのか、ブロードはブーツを脱いだ。ミリアは目を見張った。なんて豪華な靴だろう。泥と草まみれではあるが、革製で金糸が()いつけてあった。


「絵がある」

 まっすぐな視線をブロードが向けたのは、玄関先に飾られた額縁入りの油絵だった。一メートル四方の静物画で、カボチャとナスが描かれたなんの変哲もないデザインだが、かなり精巧に描かれていた。

「おじさんの絵よ。まずは上に来て。あなたの部屋まで連れて行くから」


 玄関の階段をのぼり、四つ部屋のある二階へとやって来た。廊下突き当たりの一番広い部屋は弟、手前がミリアで、ほか二つは空いている。ミリアは弟とミリアの部屋の間に位置する部屋をブロードに割り当てた。

「ここよ」


 扉を開けた。ベッドが部屋の半分以上を占めている。読書机、ワードローブ、文庫本の詰まった背の低い本棚。

 カーテンを開けると川が見えた。ここ最近天気がおだやかだったせいか水量は少ない。川面が日差しを反射してきらめいている。

 先陣を切って中へと入ってきたのは、ギリアンだった。枯葉色(かれはいろ)のベッドの上に体を投げ出し、早くもわが物顔でいっかくを占拠している。

「すきだ。ありがとう」

 ブロードが日本語で言った。


「気に入ってくれた? どういたしまして」

 ミリアはほほえんだ。ブロードほどの美貌(びぼう)の持ち主からうかつに『好きだ』などと言われると、自分のことじゃなくとも、うれしくなってしまう。顔が赤くなったりしないように必死にたえた。

『すき、ありがとう』はここに来るまでの車中でブロードが覚えた言葉だった。なかなか飲み込みが早い。どうやらかなり頭がいいようだ。


「ご近所さんからもらったマドレーヌがあるの。下でお茶でも飲みましょう」

 ミリアはブロードの手を引き、階段にむかった。

 途中、総司の部屋に目をやると、どうやら昼寝中らしかった。『ドント・ディスターブ(邪魔するな)』と書かれた札が、取っ手のところにぶら下げてあった。英語なんてできないくせに、英語のアイテムは身につけたがる。姉としてはもう少しまじめに勉強してほしいところだったが。


「テレビ!」

 居間に着くなり、ブロードが声を上げた。居間はダイニングキッチンと続いており、23型のテレビが一つ置いてある。その前にはカウチソファをL字型に配置してある。

「テレビ見てていいわよ。リモコンはそこにあるから」

 ブロードはリモコンを手に取ったきり操作しようとしなかった。ミリアは腕を組み、むむむと考えた。まさかとは思うが今どきテレビの見方も分からない人がいるのだろうか?

 ミリアが使い方を教えると、ブロードはわが意を得たかのようにテレビを見はじめた。

 ニュース番組をやっていた――収賄(しゅうわい)容疑で逃げ回っている政治家、青前市(あおまえし)の連続死体発見事件、熊の目撃情報、かわいいアザラシの赤ちゃん。


 ミリアはキッチンに行き、ブロードがテレビに夢中になっているのを遠目に、コーヒーの用意をする。電動ミルでくだいた豆をフィルターに敷いて、ブリキのポットで沸かした湯を注ぐ。心はなやぐような香りが辺りに満ちた。冷蔵庫から取り出したマドレーヌを皿に乗せてコーヒーと共にテーブルに運んだ。

 その間、ブロードはテレビから視線を逸らすことがなかった。なにげないCMにも一秒も逃すまいと目を見張っている。ニュース番組が終わり、テレビドラマがはじまった。往年の名作ドラマの再放送だ。中華料理店の女将と嫁との意地の張り合いだとか、家族関係の不和だとかを描いた作品だが、ミリア自身はよく知らない。


 コーヒーよ、と声をかけると、ミリアの方を向き、にっこりと笑った。案の定、コーヒーも初めてみたいだった。手にしたコーヒーカップをじっと見つめ、匂いをかぎ、恐る恐る口に含む。

「おいしい。好きだ」

 ブロードは、めじりにしわをつくって笑った。

「そう? コーヒーおいしい?」

「コーヒーおいしい。ミリアにありがとうする」

 わずか短時間の間で格段にボキャブラリーが上がっている気がする。この少年はどれだけ頭がいいのだろう。

「マドレーヌも好きだ。コーヒーと合う」

 マドレーヌって単語いつ教えたっけ? いや、階段を降りるときにたった一度だけ口にした。ブロードはしっかりと聞いて覚えていたのだ。


「君はすごいね」

「すごい?」

「そう、すごいよ」

『すごい』の意味をなんて説明したら良いかと思案していたら、物音に会話を妨げられた。階段が(きし)みをあげ、足音が部屋へと近づいてくる。

「弟よ。いま紹介するわね」

 天井を見上げ不思議そうにしているブロードに言った。


ブロードのずば抜けて頭のいいところに驚かされるミリア。そこへ、昼寝から目覚めた弟の総司が階段を下りてくる。

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