38.ミリアの住む家
異世界の魔術師ブロードを乗せて、札幌の街を車が走る。ミリアはブロードを家に住まわせることに決めた。サフィーとフィリックスの二人は心配する。
うなり声をあげ、車は動き出した。運転手はフィリックスだ。車を操作するハンドルは、彼の大きな手の中でとても小さいものに見える。
「動き出した!」
ブロードは、ぎょっと両目を見開いた。
「すごいな! クルマというものは。馬車より揺れが少ない!」
「ねえ、ミリアは本当に彼を家にあずかるつもりなの?」
ミラー越しに、フィリックスは、その太い眉毛の片方を持ち上げて見せた。
「どこも行くとこないみたいだし、なんか可哀想でさ」
ミリアは言った。
「ミリア、あなたは優しいわよね。ブロードは、まあいい奴だけど、男だし夜になったらオオカミになるかもしれないわよ」
サフィーは言った。
理屈としてはわかる。でも、車窓へと飛び込んでくる木々に、ビルに、山々に目を輝かせているブロードの姿を見ていると、ミリアにはどうにもそうとは思えなかった。
「うちって両親が亡くなる前は、いっぱいいろんな人が来てたんだ。お父さんの友達ってこともあれば、どこの誰も知らない酔っ払いってこともあった。家出少年が来たこともあるよ。でもね、変なことにはならなかったんだ。それは父さんと母さんに人を見る目があったからだと思う。私も、それなりに生きてきて人を見る目はあると思ってる――それに、安心して、いざとなったら総司がいるから」
「彼ってあんまり家に居着かないんだろ?」
フィリックスが言った。
「まあね。毎晩変な仲間と一緒にどこかをほっつき歩いてる」
フィリックスは、じっと窓に目をやるブロードを見据える。
「僕だって、彼が悪い奴とは思えない。でも、用心するに越したことはないよ。いつでも電話に出られるようにする。それと、なるべく君の家にも行くことにしよう。それでどうだい」
「ありがとう。うれしいよ、フィリックス」
やがてクルマは森林の多い地帯を出て、市街地へと入っていく。
大きな建物が増える。
集合団地、オフィスビル、立体駐車場。
ブロードは、モナリザに恋した妖精のように、瞬きひとつせず車窓の景色に見入っていた。
それから十五分ほど走った。市街地を超え、川辺の低い土地へ入った。ここは屋根の低い住宅街がたち並んでいる。
クルマは、木造家屋の前で止まった――これこそミリアの住む家だ。かなり古く、壁の塗装は色あせはじめ、郵便受けの金属小箱は錆びついている。それでも、自慢に思えるところもあった。ポーチの壁に使われているガラスブロックがお洒落なところだ。
「今日はありがとう、サフィー、フィリックス」
「こっちこそ。それじゃまた明日ね」
「何かあったら連絡をくれよ! この車ですぐ駆けつけるから」
ブロードは、ミリアに手を引かれて車を降りた。その手の中にはギリアンが大人しく収まっている。クルマはピープ音を鳴らして、Uターンし、市街地へといたる道路を曲がっていった。
「鉄の馬!」
ブロードが目に止めたのは、玄関先に停められていたバイクだ。
「間違いない! あの草地で見た騎士団のものだ!」
ブロードはその異国の言葉でわめきたてた。
「弟のバイクよ。あいつ帰ってきてたのか。ちょうどいいわ。ブロードくん、私の弟を紹介するからね」
ミリアの家にやってきた魔術師ブロード。その家の前には、先日まちなかで見かけた鉄の馬がおかれていた。




