03.魔術師のプライド
「お家に帰りたいか?」歴戦の兵士に問われ、動揺する魔術学院の生徒・バーリントン。戦場での自身の無能ぶりを痛感する。それでも彼の返答は……。
ある日、学院にニュースが舞い込んできた。
玄関ホールの巨大掲示板には、いつもなら魔術文字での張り紙がされている場所に、アラバード国の言葉で以下のことが書かれていた。
『義勇兵 募集!
蛮族の活動が活発化しており、国境線を超えてきている。蛮族は悪逆非道の振る舞いをなしている。国境周辺の村々を襲い、人々を殺してはその肉を食らっている。
すぐさま王宮から討伐隊が派遣される運びとなった。さらなるは、学院からも義勇兵を募集する
勇猛なるもの。果敢なるもの。勇者たるものは求めに応じ集まられよ』
軍職コース志望のバーリントンは誰より先に食いついた。義勇兵にはいくらか金が支払われるからだ。門の守り手である一族であるバーリントンの一家は、懐事情が厳しくないとはいえない。現実的な判断だった。
次にロスアルドが、そしてさらに大勢が続いた。軍職コースだけじゃなく研究職コース志望の者たちもいた。みな、これまで練習だけにとどまっていた魔術を、実践で試したくてうずうずしているのだ。
戦地までの道中、遠足気分がなかったといえば嘘になる。めいめい家から持ってきた孔雀肉のジャーキーや瓶詰めのキャビア、シェリー酒を持ち寄り、たき火を囲んで歌を歌った。リュートで悲しい調べを爪弾く者もいた。
引率の兵士は見て見ぬ振りをして、ひとり酒瓶を傾けていたが、今にして思えばそれはこれから戦場を知ることになる生徒達への慈悲だったのかもしれない。
たき火の前で、義勇兵たちは語り合った。ここで戦果を打ち立てて、万雷の喝采に迎えられて軍入りを果たしてやるとか。文化研究者として蛮族の一人を奴隷にして国に持ち帰るのだとか。
みな勇ましいことを口にしていた。それも砦に着くまでだ。真新しい煉瓦と杉材で建てられた砦は二階建てで手狭だった。見張り台があり、そこには先輩に当たる魔術兵がひとり付いていた。
義勇兵たちは持ち場を与えられ、あるものは前線の警備に、あるものは見張りに、あるものは炊事に回されることとなった。
見張り台の先輩にあいさつを申しあげようとバーリントンが思い立った時、ことは起こった。耳をつんざくような爆発音がした次の瞬間、砦の二階部分が吹き飛んだ。舞い上がる粉塵、そこかしこからは悲鳴と絶叫があがった。
兵士たちは、『蛮族が投石機を使ってきたのだ』と叫んだ。砦を吹き飛ばした巨石はなおも転がり続け、バーリントンたちが歩いてきた来た石で舗装された道を破壊しつつ転げ落ちていった。
気を取られているうちに第二撃がきて、今度こそ砦に致命的な一撃をもたらした。さらには、追い討ちをかけるように、そこかしこから弓矢の豪雨が降り注いできた。
ビュン! バーリントンの顔のすぐ横を一本の矢が走っていった。慌てて身をかがめた。別の矢が、マントをかすめていった。
攻撃が止んだ後も、バーリントンはなかなか立ち上がれなかった。『風の盾の魔術で弓矢をせき止めてやる』と言っていた学友も、『蛮族など火球の練習台にしてやる』と言っていた学友も、戦場での現実を前に戦闘不能状態に陥ってしまっている。
荒野を見渡す。林の中にカモフラージュされた投石機(それもかなり巨大なものだ)があり、まばらに生えた木々のあちらこちらに粗末な布に身を包み、矢を構えた蛮族の姿が見えた。やつらはいつのまにか王国軍に迫っていたのだ。
蛮族の連中は、皆そろって無骨で頑強な肉体をしていた。きっと岩と苔しかいない過酷な環境が連中を強くさせたのだ。豚や鳥の鳴き声を真似たような声で話している。何か情報交換をしているのだろうが、恐ろしく不気味だった。なにより、顔に彫られた入れ墨に、バーリントンは鳥肌を禁じ得なかった。
――魔術を使うものに敵はいない。
そんなおごりが自分の中にあったことは否定できなかった。戦場に置いても死ぬことはないだろうと。でも、実際は違うのだ。
いま、バーリントンは問われている。家に帰りたいか?
ごくり。つばを飲み込んだ。震える両手を、バーリントンは握りしめた。
「帰るつもりはありません。戦果を上げるまでは」
平常心を取り戻していく戦線。その中で、バーリントンはある魔術学院の生徒の名前を耳にする。学院きってのエリート魔術師ブロード・レッドマイアの名前を。




