02.学年リーダー
地獄の戦場。魔術学院生・バーリントンは、打ちひしがれた学友ロスアルドの姿を発見する。「助けてくれ!」。すがりつくような友の声と「早く来い」と兵士長の投げかける声にバーリントンは引き裂かれる。
「バーリントン、バーリントン」
砦を横切ったときのことだった。自分を呼ぶ声に振り向くと、そこにはロスアルドの姿があった。かつては台所だった場所の石窯の影にすわりこみ、ぶるぶると体を震わせていた。顔もローブも煤の汚れで黒ずんでいた。黒い顔面を割るように額からは、ひとすじの赤い液体が流れていた。
「寒いんだ。怖いんだ。助けてくれ、バーリントン」
ロスアルド。ここにくる前は、『蛮族なんか自分ひとりで皆殺しにできる』と豪語していたロスアルド。父親から買ってもらったと自慢していた錫製の杖は今や真っぷたつに折れていた。
「すまないが、自分の傷は自分で手当してくれ。君だって回復魔術が使えるだろう」
「杖がない、杖がないんだ」
ロスアルドは声をあらげた。
「おい、回復士早くしろ! 早く来ないか!」
バーリントンを求める二つの声。あたまのなかで反響し、その頭蓋の内側をのたうちまわる。バーリントンは、二つに引き裂かれるような思いだった。
「おい、ロスアルド、気をしっかり持て。魔術の成功に杖は役立つが必要不可欠じゃない。国祖アラバードを思い出せ。彼は杖など持っていなかった」
「回復士!」
「見たところ、額を浅く切っただけだ。心配には及ばない。魔術学院の生徒としての気をしっかり持つんだ!」
ロスアルドのまるまるとふくよかな肩にふれる。すると、ロスアルドはくわっと空色の瞳を見ひらいた。
「バーリントン! 学年リーダーだろ? 俺を助けてくれないのか?」
「回復士!」
「バーリントン!」
二つの声がバーリントンの体にぴしゃりと鞭をうつ。それは、一生消えないのではと思われるような傷をその体に刻みつけていった。
――ちくしょう。
小さな声で悪態をついてバーリントンはアンディゴの元へと走っていく。
バーリントン! バーリントン! ああっ!
彼を呼ぶ声はやがて小さくなり消えていった。
二人、三人と治療を終えた。兵士のちぎれた腕を元に戻した時、アンディゴはヒュウと口笛を吹いた。
「やるもんだね。さすが魔術学院の生徒といったところか」
アンディゴは、豚革製のベルトに下げていた袋の中から、パンを二つ取り出した。親指の先くらいの小さなパンだ。乾燥してスナックのようになっている。アンディゴは一つを自分に、もう一つをバーリントンに渡した。
「食え。腹ごなしだ」
食欲などなかったが、兵士から受けた施しは断るなというのが、諸先輩から得た処世術だった。
「ごちそうになります、アンディゴ兵士長」
パンを口に含んだ。まるで砂をかんでいるような感じだった。かじっていると甘味のようなものは感じるが、だからといって踊りだしたくなるぐらいおいしいものではなかった。
「どうだい、はじめての戦場は?」
「地獄です。想像以上に」
「その通り。ここは地獄だ。どうだ、お家に帰りたいかい?」
パン屑を口元からぬぐう。バーリントンは周囲を見渡した。泣きさけぶ友の声。あたりに散らばった兵士たちの死体。蛮族どもの攻撃に無惨に散ったわれらが国の砦。
そう、戦場は地獄だった。
こんなことになるとは想像だにしていなかった。
「お家に帰りたいかい?」。戦場のプロの問いかけに、バーリントンはこれまでの道のりを回想する。




