01.戦火のうずまく空の下
戦場は地獄そのものだった。魔術学校の生徒・バーリントンはひどく動揺していた。自ら志願してその場に身を投じたはずだった。なのに体は恐れをなして、本領を発揮できない……。はたして彼は魔術を使い、活躍することができるのか。
青銅の鎧を突き破って、その兵士の脇腹に木の矢が食い込んでいた。その光景を目の当たりにして、バーリントンは体の震えをおさえきれなかった。兵士は、瓦礫の上に横たわり、額を血に染めて、目を閉じたきり動かなかった。
この兵士はきっと命を落として……。
いや、注意深く見ると、その胸が上下している。自分の背よりも高い杖で体を支え、バーリントンは兵士へとかがみこんだ。
「これはこっぴどくやられたな」
背後で声がした。他の兵士が駆けつけて、傷ついた仲間の体をささえた。名前は確か兵士長のアンディゴと言ったか。
「抜くぞ。今度は失敗するなよ、回復士どの!」
アンディゴの決断は早かった。兵士の腹の矢に手をあてがうと、一秒も迷うことなく引きぬいた。腹を穿った穴からごぼごぼと泉のように血が湧き出してきた。
濁流のごとくこぼれる血を見ていると、背筋がこおる思いだった。それでも、バーリントンは、杖の表面のでこぼこが、手のひらに食い込むほど強くにぎりしめた。
「われは求め訴える……。われこそはマナを使役するものなり」
治癒魔術の詠唱をはじめた。
大丈夫、今度はうまくいく。そう信じるしかなかった。すでに失態を演じていた。傷ついた兵士が布製の担架にはこばれてきたのを見たとき、あろうことか頭から呪文がすっかり消え去ってしまったのだ。結果、兵士ひとりの命を失うことになった。
ごおっ。はるか頭上を岩石が飛んでいった。蛮族たちが投石機の使用を再開させたのだ。しかし、落下音がなかった。それは気の動転が産んだ妄想にすぎなかった。
――集中しろ。
――気を乱すな。
そう自分に言い聞かせた。
「あまねく遍在するマナよ。母なるマナよ。わが手・わが身・わが心臓に集まりたまえ」
要塞の煉瓦の壁に、投石によってくだかれた樹木に、そしてバーリントンの全身に。ありとあらゆる場所にマナは存在する。
魔術師の要請に応じると、マナはその身を輝かせる。それから、魔術師はたくさんのマナを体内に取り込み、奇跡をなしとげる――それこそがマナを行使した魔術である。
そして、ミルク色の光が杖の先に現れた時、バーリントンは魔術の成功を確信した。それから、杖先を兵士の患部に当てる。輝きは男の腹に空いた穴へと入りこんでいった。すると、なみなみとあふれていた血は、栓があてがわれたかのようにぴたりと止まり、見る間にかわいて瘡蓋を作り上げた。
「やった……」
バーリントンは小さく声をふるわせた。
「やったな! 回復士! こっちに来い。まだ負傷したやつはたくさんいる」
魔術成功の余韻を味わう暇を与えず、アンディゴはバーリントンの細い腕をグイっと引っぱる。
――うるさい、僕を回復士と呼ぶな! 僕は魔術師だ!
そんな心の中の悲鳴をバーリントンはかき消した。
今は非常事態だ。そんなちいさなことに神経を使っている余裕はない。第一、魔術の使えない平民に回復士と魔術師の違いなど説明しても分かろうはずもなかった。
いや、違う。戦場では彼等こそ主導者であり、彼等のコマとして動くのが魔術師の役割なのだ。
「くそ、やってやる! やってやるぞ!」
戦火のうずまく空の下、バーリントンはさけんだ。
みごと回復魔術をなしとげたバーリントン。ここまで道をともにした学友たちと顔を合わせる。学友のひとり、ロスアルドはすっかりおびえきっていた。バーリントンも無力感にさいなまれる……。




