27.クリスタル
ブロードの消失に自分を責めるミリアに、声の主がかけた言葉とは。
聞き慣れない声だった。
家の住人の声ではないことは、ミリアの緊張した面持ちを見れば理解するのが容易だ。ミリアとバーリントンはお互いに視線を交わしあった。あたりを見渡す。声の主を探す。
そして、ふたりの視線が向けられたのは、窓辺の鳥かごかけにぶら下がった鳥かごであった。
「よお」
鉄格子を両方の羽でつかみながら、白い被毛のハトが直立しつつ、こちらに視線を向けていた。
「ハトが……」とミリア。
「しゃべった……!」とバーリントン。
「なんだよ。ハトがしゃべっちゃいけねえルールでもあるのかよ」ハトは小首をかしげる。「おうよ。俺はしゃべるハトだ。そんなに珍しいのか? それによ、俺には『クリスタル』なんてすてきな名前もついているんだぜ」
「クリスタル……」
バーリントンは、まっしろなその体を見すえる。
「ギャハハ。ガラじゃねえって顔だな、バーリントンくんよ。俺も思うぜ。でもよ、飼い主のアラバーデュス・アラバードがそう名付けんたんだから、しょうがねえよな」
「アラバーデュス・アラバードだって……!? それは国祖アラバードのことか!?」
「ああ。俺はそいつの使い魔ってわけ」
「王様のハトだから、ただならぬハトだとは思っていたけれど、まさかここまでなんてね」
ミリアの額からひとしずくの汗が落ちていった。
「俺のことなんかいいんだよ。それより、二千年生きてきたハトとして、忠告だ。異世界の門をくぐるなんて暴挙はよしな。自殺行為だぜ」
「どうしてそう言えるの?」
「そこんとこは、門の番人のバーリントンくんの方が詳しいだろうがよ。俺が言っちゃうよ。門はな、行く人間によって違う世界を開くからだよ。そいつにとって最も試練となる場所を用意するんだな。ミリアの嬢ちゃん、あんたが門をくぐっても、そこは別世界だぜ」
「そんなことは知ってる。でも、アンカーの指輪があるはずよ。それなら……」
「可能性がある。でもリスクの方が高いな。特に連絡が取れていない今の状態じゃな」
「そうだ」バーリントンは同意した。「ブロードからの反応はない」
「だろ。アンカーが機能している状態か分からねえんだよ。そんな状態で門をくぐっても、ブロードのもとにはたどり着かん。はっきり言って」
「それでも、私は……!」
「あんたがやろうとしてることは、勇気じゃなくて自殺だぜ。やめとけ。他の家族を悲しませる」
「それは……」
ミリアは唇をかんだ。
「あの若い王様も言ってただろう。今は待つことしかできないってな。今のやつは待つことが苦手だ。すぐ結果を求める。でも、それじゃあちっとも健やかな生き方はできないぜ」
羽を羽ばたかせながら、クリスタルは言った。
「大体にして、俺の処遇はどうなるんだろうね。ブロードが戻ってこなかったら俺は死ぬまで鳥かごのなかか。やってらんねえな」
「その時は……王命に逆らってでも私が解放してあげるわよ」
ミリアは言った。
「お、勇気あるじゃん。そうしたら一緒に逃げようか。若い姉ちゃんとふたりで逃避行ってのも悪くねえやな」
「ありがとね、クリスタル」
ミリアの顔は晴れていた。まるでつきものが落ちたかのように。
「つーわけだ。長居させたな、バーリントン。俺とこの姉ちゃんは大丈夫だからよ。お前も勉学に励むんだな」
「あ、ああ」
バーリントンはクリスタルをみつめた。
「なんだよ。そんなじっと見つめて。男にみられてもうれしかないぜ」
「ただならぬ知見。おみそれしました」
「ハトに頭下げる魔術師がどこにいるんだよ。アホみてえだからやめとけ」
それより、とクリスタルは言った。
「心配なのはお前だよ。お前、自分を責めてるだろう」
バーリントンはどきりとした。
「それは……」
「お前のせいじゃねえって言っても納得はしないだろうな。まあいいや。せいぜい悩みな。それがお前の仕事だよ」
レッドマイヤの屋敷を出ると、豪奢な馬車がやってきた。これから学園まで送ってくれるのだという。窓の外に広がるアンディエ山嶺を見渡しながら、バーリントンの頭をかすめていくのは、やはりブロードのことだった。
ブロード、君は元気にやっているだろうか?
しゃべる鳩になぐさめられる一同。バーリントンはどこか遠くの世界にいるブロードに思いを馳せる。




