24.赤信号
魔術を行使するエネルギーであるマナがこの世界では使えない――そう思っていたが、平民の少女がその力を使って見せた。ブロードは驚愕する。
舗道を歩いていると、急に両足が重くなった。それと同時に慣れた感覚が去来した。マナの運動だ。誰がマナを力として行使したのだ。その証拠に、十本の指すべてにつけている指輪が、びりびりと反応している。
振り向くと、そこにはミリアに似た少女が立っていた。
「君は魔術師なのか⁉︎」
思わず叫んでしまったが、今の力が魔術によるものでないことは明白だった。彼女は魔術師ではない。魔術が『マナをこねくり回して形あるものに変えること』だとしたら、彼女が使ったのは『マナを直接投げ飛ばしてくる』ようなものだ。
――素質持ち。
彼女を言い表すには、この表現に尽きる。
まれに平民の中にも見られる。誰にも教わらずにマナを使用できる者が。そうした人間が魔術師として召し上げられ、学院に通ったりするのだが、総じて大成はしない――もちろん、例外もいるようだが。
この瞬間、ブロードは安心感を得た。この世界の平民に素質持ちがいるのであれば、魔術師もいてしかるべきだろう。
大体、まだこの街にはきたばかりなのだ。
マナの凍結を心配するのは、もう少し街を調べてからでも遅くはない。もしかしたら、場所によってはマナも凍結していないのかも知れない。
「赤信号では止まるのよ! もう、心配だなぁ」
ミリアに似た少女が、まだ何かを言っている。前方を指さしている。前方に目を向けると、さっきまで人が渡り歩いていたすぐ目の前の通りを車が通って行った――車と人の通る場所は厳密に分けられていると思ったがちがうのか?
しかし時間を置かず、他の歩行者が道路を渡りはじめる。注意深く見てみると、前方のカンテラがさきほどは赤色だったのが、今は緑色に変わっている――なるほど、これを合図に人々は貴族の車に道を渡しているのだな。
ブロードは後ろを振り返る。
ミリアに似た少女はまだそこにいた。
「ありがとう、ミリアに似た少女よ。心優しき平民よ。君が示してみせた凍結したマナの使い方、僕も自力で取得してみせるよ。二度と会うこともないだろう。それでは!」
さきほどとは打って変わって意気揚々とした気持ちで街路を歩く。
「気をつけてね!」
ミリアに似た少女は、ミリアに似た心配顔でブロードを見つめていた。
悩むことはない。
マナの凍結もなんとかなるさ。
――それにしても。
ブロードは腕を組み考える。
あのミリアという平民の少女、アラバード国のミリアと顔はおろか名前まで一緒だなんて。こんな奇跡みたいなことがあるのだろうか。
おそらく、ドッペルゲンガーというやつだろうか?
……恋人はいるのだろうか?
いや、冷静になれ。
平民と貴族とが恋仲になれるはずもない――たとえそれが自分の思い人と運命的に似た人物であろうとも。
また、カンテラの光る十字路があったので、ブロードは立ち止まった。
目の前を車が通り過ぎて行った。ガラス越しに、車の右前方の席にいる男が、なにか帆船の主梶みたいなものを操作しているのが見えた。
(そうか、ああやって操縦しているのか)
もしそうだとするのなら。
(あの車、僕も乗りこなしてみたいものだな。なんとかこの街の領主に面会したあかつきには、一台融通してもらおう)
ブロードは、目を輝かせた。
ミリアに似た平民の少女がマナを使ったことで、この凍結世界でも工夫次第では魔術が使えることを悟ったブロード。意気揚々と町を歩く。




