23.異邦人
聞きなれない言葉を話す風合いの変わった少年。彼が何事かをまくしたてるその姿に、桜野ミリアはすっかり面食らってしまう。
知らない人だった。最初は女性かと思った。長く繊細な髪の毛、小さな顔、あまり広くない肩幅。年齢はミリアと同じぐらい。背は高く180センチ近くあるのではないだろうか。全身をすっぽりと包んでいるマントは毛羽立ちが良く一目で高級品とわかる。襟元から見え隠れしている喉仏が生物学的な性別を教えてくれた。
「ミリア、僕だ、分からないか? ブロード・レッドマイヤ。君の幼馴染だ!」
などと外国語でまくし立てられる。
英語のヒアリングが得意とはいえはないが、それでも英語ではないと直感的に分かった。フランス人の友人がいるからフランス語でもないことがわかる。じゃあ、スペイン語? もしくは中国語? ……多分だけど、どっちでもない気がする。
「ごめん、何言ってるかわからないよ」
「君、この人は知ってる人?」
警察官がたずねた。二十代後半ぐらいで髪をオールバックにしている。
「あの、私――」
「君はどうやってこの世界に来たんだ? まさか君も異世界への門をくぐったのか!? なんて命知ずなことをするんだ」
と少年が言った。
「――もしかしたら、彼が私のことを一方的に知っているだけかもしれません」
「どういうこと?」
警官が首をかたむけた。
「私、IT関係の事務所でバイトしているんです。そこ、外国から来た人が多くて。社長に教えられて私の名前と顔を知っているのかも」
というか、それ以外に考えられない。インスタグラムはやっているけど、学校名だったり顔写真だったり個人の特定につながる情報をのせてはいない。
「もしかしてトルコの人がやっているところかな」
白髪頭の警官が言った。
「そうです」
「君、学生証持ってたりする?」
「はい」
通学用のブリーフケースの中からパスケースを見つけるとそこから学生証のカードを取り出す。警官は右に左に目をやってから、学生証を返却した。
「ありがとうね。事務所の社長さんに言っておいて。ちゃんとはぐれないようにしてあげてって」
白髪頭の警官は若い方に肘の先でふれると、先をうながした。二人の警官はミリアと少年に背を向けて雑踏の中へと消えていった。その後、周囲を取り巻く人垣もまばらになっていた。
「あいつら、どうやら僕をはなしてくれたようだな。君のおかげだ。お礼を言う。囚人にされずに済んだ」
少年は言った。胸に手を当て、首を垂れる。いかにも貴族的な感じがした。着ているものといい、地位の高い人なのかも知れない。
「あの私、桜野ミリア。よろしくね」
少年は背が高いので、視線の位置を高く合わせないといけなかった。本当に美しい顔立ちをしていた。金糸のように輝かしい亜麻色の髪。榛色の目。低すぎも高すぎもしない鼻筋。
しかし何故だろう、さっきまで瞳に宿っていた情熱のようなものは今や少年から消えていた。眉尻は下がり、顔もうつむき加減だ。
「あの、あなたのお名前は?」
「どうやら僕の名前をたずねているんだね? 君が僕の知っているミリアならば、僕に名前を聞くなんてことはしないはずだ」
またペラペラとまくし立てられる。固有名詞を語る口調ではなく、文節も長ったらしい。どうやら聞かれたことに答えている訳ではないようだ。
「まいったな、全然コミュニケーション取れないや」
ミリアは困りきってしまった。なんとか話の糸口を見つけられないかと頭をしぼっているところで、少年は背を向けた。
「ありがとう、さようなら。ミリアに似た人よ」
何事かをつぶやいて、少年はミリアに背を向ける。
「僕は、自分のことは自分でなんとかしてみせる。世話になったね。ありがとう」
少年は舗道を歩いて行った。
「ね、ねえ。アンタ、これからどうすんのよ?」
返事はなかった。もしかしたら本当にサフィーとの知り合いではなかったのかも知れない。だとしたら、何故ミリアのことを知っていたのか疑問は残るが。
彼が横断歩道に差しかかった時だ。
歩行者信号が赤になっているにも関わらず、少年は歩き出していた。
「ば、ばか! あの人何やってるのよ!」
どこか世間ずれしてる感じはあったけど、これじゃまるで車のない世界から来た人みたいだ。最悪なことに、通りから曲がってきた車が、歩いてくる少年に向かってきた。
「ダメー! 止まって!」
ミリアは声を振りしぼって叫んだ。
少年の足が止まった。曲がってきたクルマは、けっこうな勢いで少年が進むはずだった道を曲がっていく。一瞬でも遅かったら危ないところだった。
少年が振り向いた。その顔には驚愕の表情が浮かんでいる。よほどビビったのか? いや、少年の驚きはミリアに向けられていた。ミリアは自分が何か悪いことをしてしまったような気分にすらなる。
「君は魔術師なのか⁉︎」
少年は、なにごとかを叫んだ。
「君は魔術師なのか⁉︎」少年は、なにごとかを叫んだ。何を言っているんだろう? ミリアには何のことかさっぱりわからなかった。




