22.令嬢その2
桜野ミリアは、札幌の女子高生。友人の麗亜と朱子と遊んでいたとき、急なバイトの連絡があった。
ミリアは、トレーからポテトをひとつかみ、口に運んでもぐもぐとやる。となりの席では朱子と麗亜があきることなくおしゃべりを続けている――話題はというと、ミリアについてだ――ミリアはストローからコーラを口にふくんだ。
「サッカー部のエースでも撃沈だったかあ」と麗亜。
「キザなのはミリアの好みじゃないからね。私は予想してたよ。その点まじめ一辺倒な登山部の石井くんは可能性あり」と朱子。
「石井くんはもうお手つきよ。合唱部のカワイイ後輩と付き合ってるんだから」
「まー、それ本当。残念だったねえ、ミリア。じゃ他に候補はいる?」
札幌北十条高校からほど近いこのファーストフード店は、夕方ともなると生徒たちで満員状態になる。朱子と麗亜の部活のない日にはいつもそうするように、狸小路のショップをめぐり、大通公園を歩いて、最後にここを訪れた。
そのさなか、三人でおしゃべりしていると、ミリアのインスタグラムにダイレクト・メールが届いた。サッカー部エースの種田からだった。
『ミリアさんのことが好きだ。キミの彼氏になりたい』とあった。
『今は学校とアルバイトに手いっぱいで、恋愛のことは考えていないんです。すみません』
片手フリック入力で、ミリアは返信した。
その後、ミリアが種田をフッた話は、光の速さで高校内の情報ネットワークを飛び回り、朱子と麗亜のもとにもその話が流れてきた。以来ずっとミリアの話題が続いている。
「じゃあさ、となりの街にはなるけど、文教台高校の寺田くんはどお? 学年模試一位だってよ。ミリアは頭もいいし、釣り合うんじゃない?」
麗亜は豊かなロングヘアの先をいじりながら言った。
「ダメダメ、そいつめっちゃヘンタイらしい。Xのフォローがエロ小僧丸出し。それにエッチなイラストばかりリポストしてるんだってよ」
ぱっつん前髪の下から、朱子はその三白眼を麗亜に向けた。
「マジで!? そりゃダメだね。そんなの裏アカでやれよって話だよね」
「こんなのにミリアはゆずれないよねえ」
「もう、人のことモノみたいに」
ミリアはテーブルに肘をつき、またポテトを口に運んだ。
恋にうつつを抜かしている余裕はミリアにはない。
家計を支えるためにアルバイトに精を出さなきゃいけないし、それ以外の時間は勉強に当てたい。高校卒業後勤めに出てからもいずれは大学に行くつもりでいるから、学業はできるうちにしておきたいのだ。そしていつかは民泊を開業したい。
「そうそう、ミリアは明日空いてる? 英語の授業で『不思議の国のアリス』を和訳する課題があったでしょ? 分かんないところがあって。もう無理で意味わかんないの。教えてくれないかな」と麗亜。
「明日は……」ミリアはポテトを飲み込んでから、スマホのスケジュールアプリを開き明日の予定を確認した。「空いてるよ!」
「やったぜ。じゃあよろしくね」
「えー、ずるい。じゃあ私も一緒でいいでしょ? 数学の課題がむずくてさ」
朱子がいった。
「いいよ」
「ねえ、じゃあうちに来てくれない? お母さんもミリアに会いたがってたし。パウンドケーキ焼いて待ってもらうようにするから」
麗亜は言った。
「やったぜ。麗亜のお母さん料理上手だもんね」と朱子。
「えっ、無理。朱子に用意するとは言ってないけどぉ?」
「ちょっと〜! いじわる言わないでよ~!」
ちょうど手に持っていたスマホが振動する。画面を見ると、社長のサフィーからメッセージが届いていた。
『ミリア、今から来れない? ちょっと入力作業手伝って欲しいの。お給料ははずむから!』
二つ返事でOKする。今年の冬は例年より寒さが厳しく、思ったよりも灯油代がかさんでいた。銀行口座の貯金残高は、通帳を見ればがっくり気落ちするぐらいに下がっている。少しでも収入があるとうれしい。ミリアは自分のドリンクを飲み干した。
「ごめんね、急なバイトが入っちゃった」
ミリアは座席を立ち上がった。
「また明日ね、ミリア!」
「明日学校でね、ミリア!」
二人は手を振って送り出した。
「ミリアぁー!」
突然街中で声を掛けられたのは、こうしてアルバイト先に向かっている途中のことだった。
(この人は……)
まるで高級レストランの床に敷かれているじゅうたんのように豪奢なマントを身にまとった美貌の青年――いや、少年か?
(誰……?)
バイトに向かう最中、異様なマントの男を目にしたミリア。彼女の反応は……?




