20.凍結世界
にわかに人々の注目を集め始めたブロード。服装があまりに違いすぎるからだ。透明化の魔術を使って乗り切ろうとするのだが……
「きゃあっ! こっち見たよ!」
「イケメンすぎっ。髪さらっさら!」
にわかに人々がブロードに注目しはじめた。平民女たちの赤らんだ表情からは、ブロードへの好意が感じられた。自分が美しいとたたえられるのは当然とブロードは考えているが、どうやらこの異世界人たちも価値観は同じであるようだった。
だが、注目を集めるのはブロードの美貌だけではなく、服装も理由にあるはずだ。服装があまりに違っていた。異世界人はマントやローブを身につけていない。身軽な綿や布で織られたと思しい衣服を着ているのだが、色彩感覚が豊かに発達しているらしく、実に色とりどりだった。どうやって染め上げたのだろう? 彼らに固有の特殊な染料を使っているのかもしれない。
ほめられることに悪い気はしないが、あまり注目を集めると面倒だ。ブロードは笑顔をひとつ返すと(平民女たちはキャアと黄色い声を上げた)、心の中で透明化の魔術を使った――僕はこっそりと遊行させてもらうことにするよ。
「見て、彼ったら横顔もすてきよ」
「スマホで自撮りお願いしようかな~」
透明化したはずなのに、女たちの視線はいまだにブロードに向けられたままだ
「どういうことだ⁉︎」
ブロードの叫び声が、古代マリラウラ大陸語の声が、日本の札幌の街にこだました。
人々はブロードにちらりと目をやって、それからすぐそらした。
(なにかの間違いだ。僕が魔術に失敗するなんて! もしかしてこいつら魔術を見破る力を持っているのか!?)
ふたたび魔術を使う。
「なんだと……マナが……働いてない?」
マナは存在する。当然だ。マナはどこにでもある。あまねくすべてのものの中に存在する。だから魔術師はいつどこにいても魔術が使える。
そのはずだった。
――この世界のマナは様子がおかしい。集めようとしても頑として動かない。まるで、凍結してしまっているかのように。
――〈凍結世界〉だ。
なすすべなく、ブロードは舗道の上にしゃがみ込んだ。
魔術が使えない。
(あきらめるのは早い)
呪文の詠唱を省略せず、一からやってみる。アマチュアの魔術師のように。ブロードは、マントの内側から錫杖を取り出し、詠唱を開始する。
イループス・アェン・ルカルカス・デェ・エアリエール!
大気の精霊、わが体を透明にしてくれ!
そんな意味のことだったが、街ゆく人にとっては無意味な言葉でしかない。
起こるべき変化は起こらず、変に注目を集めるだけの結果となった。
何十いや何百もの視線を集める。
ブロードにとって、羨望以外でここまで多くのまなざしが刺さってくることはいまだかつてなかった。巨大な鳥に乗り、蛮族との戦闘を体験した男にも、この恐怖は耐えがたいものがあった。
だが、魔術が使えない恐怖はそれ以上だ。
魔術が使えないとなると水が飲めない。飯が食えない。それ以上に大変なことがある。
バーリントンから受け取った指輪を見つめる。異世界同士をマナを通じてつなぐ命綱。これが働かないとなれば……?
透明化の魔術は失敗に終わった。この世界のマナは凍結していて使えないのだ。となると、帰還のための術はあるのか……?




