19.灰色の街
ついに異世界の門を抜けたブロード。彼が目にした驚愕の光景とは……。
めまいにおそわれ、ブロードは背後の壁にもたれた。目がくらむ。異世界への門をぬけた瞬間、自分の姿は異世界にあった。どこか都市の中のようだ。しかし、この世界の全容を飲みこむだけの知識と精神力は、彼をして持ち合わせていなかった。
「なんだここは……」
ブロードは固唾を飲んだ。
街を埋めつくす人、人、人。
かなり大勢の人が行き交っていた。これだけ多くの人間を擁するとは、かなりの大都市であることは間違いない。王都とくらべても、その人口規模は桁違いに多い。
なによりブロードを戸惑わせたのは、街の周囲を取り巻く巨大な楼閣であった。見上げるような高さの建物が、びっしりと軒を連ねている。そして、それがかなり遠くまで続いているのだ。
――灰色の街だ。ブロードは思った。地面、建物、それから空の色。あたり一面が灰色で構成されていた。
一方で、灰色とは裏腹に、あちらこちらで光が明滅していた。建物の看板に、街灯、モニュメント。まばゆい七色の光が宿っているのである。
「これが〈異世界遊行〉というものか……」
あついため息が喉をつたってきた。異世界に来る時点で覚悟していたが、ここまで度肝を抜くような光景が待ち受けていようとは、想像だにしていなかった。
特にブロードを瞠目させたのは、高層建築物の壁面に貼られていた巨大な額縁である(それは教室の敷地面積の半分ほどの広さをほこっていた)。なんと、そこに巨人の姿が現れたのだ。巨人は女性で、肌もあらわな服装をしていた。
「――ねえ、最近ドキドキ足りてる? 私とドキドキしてみない?」
未知の言葉でブロードへと巨人は語りかけてきた。その意味することは分からないが、とにかくなにかメッセージを投げかけてきていることは伝わった。
「出球好調! 今すぐパチンコ珠久へ! 託児所もあります。さあ、今すぐ珠久へ!」
巨人女は言った。
はたして、特殊な魔法言語か? あるいは失われた古代語か? 知られざる神託か? いかなるメッセージがこめられているのか、胸がわくわくした。
巨大額縁には驚かされたが、なおさら脅威だったのが人々の無関心である。
誰も巨人に関心を向けていなかった。
おそらく、この巨人は彼らの奴隷で、つゆほどの関心も向けられないのだ。それでも、この囚われの巨人は楽しげで、悲壮感のようなものは感じられなかった。
「――自然の感覚を求める人へ」
次の瞬間、ブロードは思わず叫びそうになった。額縁の中に、次はあふれんばかりの森林風景が現れたのだ。いつのまにか巨人はどこかに消えた――どこへ行ったんだ?――そして、森林の中に、小さな男の姿が現れた。
「目の渇きをうるおせ。大雪山の水流を閉じ込めた清涼感あふれる点眼剤。この夏、新発売!」
この小男は大きくなったり小さくなったりした。体の大きさを自在に変える魔術を使っているのだろう。彼もまた何かを訴えている。
「――お買い求めは薬局やコンビニで」
「ヤッキョク・ヤ・コンビ・ニデ」
ブロードは、腕を組みながら、男の言葉をかみしめた。
興味が尽きることはなかった。
額縁以上に興味を引くものは他にもあった。
車だ。箱形で車輪があり、中で人が操作している。見れば、さっきからひっきりなしに目の前を車が往還している。どうやら地面が灰色の物質で塗りかためられているのは、車の車輪がかたむかないようにしているのがその理由のようだ。
道路の面積のほとんどが人間ではなく車のために使われていることに注目すると、この車に乗るのは貴族で、徒歩での通行を余儀なくされているのは平民なのだろうか。
それにしても、この車の動力源は何だ?
車を引く馬も、ドラゴンもいないとなれば、やはりここは魔術だろうか? 目の前を通り過ぎて行った車の後ろの管から鼻を衝くにおいがした。もしかしたらこれが動力源に関係しているのでは?。この都市には独特の臭いがあると思ったが、車から出る臭いに満たされているようだ。
車には多種多様な形状があった。箱型をはじめ、荷を積んだ車、大量の人間(奴隷だろうか?)を積載した大型のもの――察するに、用途に合わせて発達しているのだろう。
素材は金属のようだが、これだけ金属を加工する技術があるとはかなり魔術が進んでいるようだ。しかし、街を歩く人たちに目をやればどこか覇気がなく、貴族らしき高潔さはかけらも感じられなかった。
「ねえ、あの人コスプレイヤー?」
「モデルさんじゃないの? なまらイケメンじゃん。カッコいい〜」
話し声が聞こえた。フリース製のブラウスと紺色のズボンといった異世界装束の女たちが、熱っぽい視線をよこしてきていた。
楼閣、光、そして車……。驚愕の風景に打ちのめされるブロードに声がかけられる。




