18.ゲートの向こうへ
異世界へ行くのは自殺行為だと知っているバーリントンはブロードを止めようとするが……。
バーリントンは重い息を飲みこんだ。求めを受けた以上、番人としてはそれを断る権利を与えられていない。行く・行かないを決定するのは、最後には魔術師本人なのだ。
……誰かなんとかブロードを説得してくれないものか。級友がみすみす死にに行くのを放っておいていいものか。
「なあ、〈異世界遊行〉というものは決死の冒険なんだ。山登りに行くのとはワケが違う。だいたいにして、何だってこんな夜中に向かうんだ。こういうのは、日が明るいうちに家族に見舞われ、諸侯の激励を受け、楽隊のラッパを聴きながら、出立していくもんなんじゃないか。これじゃ君が異世界に行ったことを証明できるのは僕しかいないぞ」
「君だけいればいいだろう」
「なっ!」
「こうしている時間がもったいない。さあ、門の番人よ。異世界への門に案内してくれ」
どうやらこれ以上は何を言っても無駄なようだ。とりあえず、気のすむまで友のしたいようにさせるしかない。
「あの頑丈な扉の向こうだ」
バーリントンがそういうと、ブロードは扉の前に立った。こまやかな浮き彫りが扉にはほどこされ、古い大陸の言葉で『勇気あるものの門』と記されてあった。いわく『勇気なき者、息絶えよ』。
ブロードは扉の脇に立つと、自分の腕ほどもある大きなレバーを下げた。ごおん。大きな音とともに扉が両開きになった。
石造の扉の向こうには闇がひろがっていた。暖炉の炎から放たれる光が闇を溶かしていくにつれ、異世界への門の姿が明らかになってくる。
「驚いた。何だこれは」
さしものブロードもあっけにとられている。バーリントンとしても十二歳の時に番人の仲間入りをする時に見せられて以来だ。
そこにあったのは空間に穿たれた穴だった。ちょうどバーリントンが両手を左右に広げたくらいの直径で、縦に長い楕円形だ。
穴とはいっても、真っ黒な暗闇が広がっているわけではない。
逆に光っている。
赤・黄・緑・青・白・茶とさまざまに色を変えながら。
ドーム状のレンガ造の小さな建物の中に、こんなものがあるとは誰も想像だにしないだろう。
「もう一度聞くぞ、ブロード、本当に行く気なのか? この不可思議な穴をくぐりぬける覚悟が君にあるか?」
「言うまでもない」
ブロードはバーリントンを見返して笑った。あっけに取られていたのは一瞬のこと。彼はもう普段の自分を取り戻していた。
「ちょっと待ってくれ、異世界遊行者に渡すものがある。こればかりは受け取ってもらうぞ。何せこれがないと、帰ってこられないからね」
バーリントンは、壁にしつらえた物置棚から木箱を取り出した。中には指輪が二つ入っていた。
「片方あげよう。これは命綱みたいなもので、指輪を持つもの同士で通信し合うことができる」
「そんなことが可能なのか」ブロードはわずかに目を見開いた。「はるか彼方にある異世界とこの世界を結びつけておく方法があるだなんて」
ブロードは指輪をながめる。黄銅の台座にガラスのような半透明の丸板を埋め込んだシンプルな作りの指輪だ。一見しても、そこまで強い力が込められているとは誰もが思わないだろう。
「それが可能なんだ。この世界と異世界を分つもの――それが壁なのか断崖なのかは知らないが、とにかく、すべてのものはマナでできているもの。マナでできているであれば、通じ合うことができる。それゆえに、マナを扱う僕らは世界の壁を超えることができるんだ。この指輪はアンカーだ。君が指輪にマナをこめれば、僕はいつだってここ場所・この時間につながる門を開くことができる」
「異世界から帰ってきたものは、自力で戻る扉を見つけたと古い話で聞いたが」
「昔はね。でも、ここ五十年はそうしているんだよ。あまり知られていないし、宣伝されるような話でもないけどね。帰るときは、僕を呼んでくれ。僕はこれを肌身離さず持っていよう」
「それは面倒を押し付けることになるな」
「これ以上の面倒があるかい? 普通は家族だったり恋人だったりがその役目だ。ちなみにランドリアル師のときは、前王がその役を担ったそうだよ。それでも、級友としてせめてもの友情の証にそうさせてもらう」
「ありがとう」
ブロードは手をさし伸べてきた。バーリントンは慌ててその手を握りかえした。
「君はいい友達だ」
「やめてくれ。君のガラじゃないよ」
「では、行ってくる」
一体何だったら彼を止められたのだろうか?
虹色の輝きを放つ不可思議な空間に向かってその二つの足は迷いなく進んでいった。ブロードは振り返りもしなかった。ただ、背中ごしに一度手を振った。そして、その姿はこつ然とこの世界からかき消えた。
結局、バーリントンはブロードを止めることができなかった。そして、異世界の向こうへとブロードは消えてしまう……。




