17.深夜の訪問者
異世界にいたる門に現れたのは、驚いたことに魔術師ブロードだった。
杖にマナを集める。青白い光を放ちながら、全身をくまなく空気の鎧がおおう。肌がヒヤリとする。まばたきをする。この魔術を使うときはいつもそうだが、バーリントンは眼球がかゆくなる。それでも、防御としては心強い。火炎石がなかで燃えるカンテラを手に取ると、バーリントンは小屋の出入り口の前に立った。
「誰だ」
バーリントンは声を張った。
扉を開いた。そこには狼がいた。雄牛ほどの大きさの巨狼だ。銀色の毛なみで鼻先は長く、大きな口から大きな牙と赤い舌が見え隠れしている。その吐息の熱気が、顔まで届いてくるかのようだ。この獣には見おぼえがあった。なので、その背に乗っているのがブロードだと気づくのに長い時間は必要なかった。
「こんなところで何をしているんだ?」
ブロードは答えなかった。召喚された狼はかすみのように消えて、歩きだしたブロードはこともあろうに転倒した。山深い草地の上に立ち上がる火鼠の赤いローブをまとった赤色の魔導師は、よろよろと小屋に近づいてきた。
「だ、大丈夫か、ブロード! 尋常じゃないぞ。なにかあったのか!」
「バーリントン、キミだ。キミが必要だ」
「僕が⁉︎」
顔が溶岩のみたいに赤くなった。あのブロードからそんなことを言われるとは夢にも思っていなかった。
「ミリアというのは、想像していた以上にしたたかな女性でね、僕を試しているんだよ。あの無能との結婚を表明することで僕に喝を入れているんだ。『もっと功績を作らないと、私は自暴自棄な決断をしちゃうわよ』ってね。だから、手っ取り早く功績を作ろうと僕はここに来たんだ」
ブロードはまくしたてた。バーリントンに聞かせるというよりは自分に言い聞かせているように聞こえた。
「ミリア? 結婚? 功績? わけが分からないよ!」
「まったく、やってくれるよ。よくよく考えると、冠位もない魔術師なんかと結婚なんて誰がしたがると思う? したがる訳がないさ。すべてはウソなのさ。彼女にふさわしいのが僕ってことは分かりきった話なのだから」
なおもぶつぶつ話し続けるブロード。
――こりゃなにかあったな。言うまでもなく色恋沙汰だ。
「なあ、ブロードさ。ここがどんな場所か分からなない君ではないと思うが」
小屋の中にブロードをまねきいれたあと、バーリントンは言った。
「当然だ。僕は〈異世界遊行〉に出る。今すぐにだ」
「今すぐだと? 何を考えているんだ。そういうものは万全な準備を整えてから行くものだろう。そんなに身軽ななりでは死にに行くとしか思えない」
「死ぬつもりさ」
「何だって⁉︎」
「僕は自分で自分の運命を試すんだ。これで死ぬようなら僕もそこまでということ。水と食料なら心配しないでくれ。そんなものいつでも魔術で作れる」
ブロードが本気だということは、その目つきを見ればわかる。彼は冗談を言わない。言ったことは必ず実行する。
「王様はきっと承知しないぞ」
「異世界遊行に王の許可がいるのか? ルールはない。誰でも好きに行けるはずだ」
「ルールがないのではなく、決まっていないだけなんだ。そもそも行きたがる人がめったにいないからな。それだけに自制が求められる」
「それならば問題ないだろう」
まったく、取り付く島もない。どう説得したものかとバーリントンは腕を組んだ。
異世界遊行に行こうとする友人を止めようとするバーリントンだが、ブロードはゆずらない。どうしたものか考える。




