16.異世界への扉
静かに本を読んでいたバーリントン。彼の沈黙をやぶって何か大きな音が響いてくる。
薪を暖炉に放りこんだあと、バーリントンは毛皮のマントの前ボタンを閉じた。今夜は冷える。アンディエ山嶺から冬はまだ立ち去りそうにない。
ロッキングチェアに座り、読みかけの本を開く。自分以外には誰もいない静かな小屋のなかでの読書は、バーリントンの幸せのひとつだ。読んでいるのは、魔術師ギナガラードの記した『異世界遊行録』で、『白の世界』に到達した時のことが書かれている。彼が、異世界への門を抜けると、そこは何もない白色だけ世界だったという。
白色しかない世界なんて行ったら、頭がおかしくなってしまうな。バーリントンは苺葉の茶をすすった。茶にはたっぷりと山羊のミルクを注いで、ブランデーを一滴垂らしてある。バーリントンの好物だ。頭の後ろで薪の爆ぜる音が聞こえる。バーリントンはページをめくった。
ギナガラードは、一時的に正気が失われたと記している。世界の白色はやがてギナガラードの体に侵食してきた。彼のてのひらは秒を追うごとに白くなった。手相が見えなくなり、手のしわがなくなったと思ったら今度は手の輪郭が消え、服の輪郭が消えていった。白に食われる。ギナガラードは恐怖した。
意識まで白に侵食されギナガラードは何も考えることができなくなった。永遠とも一瞬とも思われる時間の後で、ギナガラードは目を覚ました。自分が異世界への門の前にいることに気がついた。彼は戻って来たのだ。
『――もしかして私は夢を見ていたのか?』。ギナガラードは自問した。『――いや違う。私はそこで白の色となり、そして白の色から、ある魔術を教えてもらったのだ』。
わけのわからない話に聞こえるが、おうおうにして異世界とは人の想像・人の思考を凌駕するものなのである。白の世界では、白の色こそが唯一の存在であり意志ある生き物であった。本文にあるギナガラードがさずかった魔術とは、回復魔術だった。
ギナガラードの話は本当なのだろうか?
気になるのなら、異世界の門をくぐればよいのだ。バーリントンは皮肉げに考えた。なんせその門はすぐそこにある。バーリントンの目の前。教室よりひとまわりせまい部屋の、その壁の一角を占める巨大な鋳鉄製の扉。その向こうに異世界が広がっている。そう、ここは異世界への門の管理小屋なのだ。
学友と異世界遊行について語りあった後で、ここに呼び出されるとは運命的なものを感じずにはいられなかった。
異世界への門は王命で古くからバーリントンの一族が管理してきた。夜間は誰かしらこの管理小屋で番をするのだが、今日の担当者(バーリントンの従姉だ)が風邪を引いてしまい、急きょバーリントンが学院から呼び出される羽目になったのだ。
バーリントンは再びロッキングチェアに腰をしずめ、本のページをめくった。苺葉茶に口をつけようとしたその時だった。カップを満たす液体の上に波紋が広がった。その直後、地面が揺れ、建物がきしんだ。ドン! ドン! 大きなにぶい足音が距離を縮めてくる。
何ごとだ? ここを守ってこの方こんなことは初めてだ。テーブルの上にカップを置き、壁に立てかけていた杖を手に取る。様子を見ねばなるまい。小さいころ耳にした怪談話が脳裏によみがえってくる。異世界への扉から異世界人がやってくる。彼らは恐ろしい力を持ち、我らの国を支配する。番人はまっさきにえじきになるという。
ドン! 外からだ。足音が建物の前で止まった。ばちばち。暖炉の薪は燃えつづけていた。
真夜中の突然の訪問者。その正体は一体……。




