14.牛肉論争
牛肉料理について、罵倒に近い議論をするブロードとギリアンの兄弟。ミリアは頭を抱えることになる。
やがて、給仕の小人妖精たちが食事を運んでくる。馬車でのブロードの予告の通り、鉄皿の上には厚切りのステーキがのっていた。アンディエ山嶺の豊かな牧草で育てた最上級の肉だ。小人妖精は、その場で熱々の肉のうえに塩と黒胡椒を振りかけて味付けする。
「うまいっ」
「これはっ」
レイダリアンは豪快にかぶりつく。ギリアンも一切れ食べてそのメガネの奥を光らせる。
繊維質だが噛みきりやすく、噛めば噛むほどに肉汁があふれてくる。肉を飲み込んだ胃から、もっとたくさんくれと悲鳴がきこえてくる。
「最高の味わいですわ」
ミリアは二口目には思わず大口を開けて食べてしまった。やだ、私ったらお下品。誰かに見られていないかしら。キョロキョロと視線を走らせた。
「肉ならアンディエ牛に限る。肉料理ならステーキに限る。そうではないか、息子たちよ」
「同意します」とブロード。
「その通りです」とギリアン。「しかし、例外もあります」
「ほう、それはなんだね?」
「以前、文献調査で山岳地方の村を訪れたさいに食べた物なのですが、細切れの肉を麦の粉でつないだ食べ物でした――分かります、おいしそうに聞こえないでしょう。ですが、一口食べた時僕は――」
「ハッ」
ブロードは笑った。
「くず肉をかき集めた貧乏料理でしょう。そのようなものは貴族の食べ物ではありません」
ミリアは頭を抱えた。もう、どうしてこの人は相手がギリアンだと反抗せずにはいられないのかしら――きっとまだ赤ちゃんだからだわ。
「だがブロード、君はその料理を味わったことがないのだろう?」ギリアンは言った。「反駁させてもらうがね、小麦を使うことによって、牛肉の肉汁を逃すことなく吸い上げて――」
「そんなもの、口に入れるまでもない。いいですか、平民が食べるべきものと、貴族が食べるべきものは決まっているのです。あれこれ手を加えるのは下賤な料理だ。その料理――名も知らないが――は、平民の汚い手で捏ねまわしたモノなのだろう?」
「おい、ブロード。魔術ができるか知らないが、君は世間を知らない。そのせまい視野では、いつか痛い目を見るぞ。いいか、必ず痛い目を見る!」
ギリアンは声をはりあげた。
「いい加減にしなさい。なんです、顔を合わせればいつもいつもいがみ合って!」
一喝したのはレリスだった。レイダリアンもなにか言いかけていたが、となりのレリスの迫力に開いた口が塞がらないようだった。
「淑女の――ミリアの前でみっともないと思わないのですか? これ以上騒ぐようでしたら、この食卓から出て行ってもらいますよ!」
「ギリアン、ブロード。私も悲しいわ」
「女の子を悲しませるようではいかんぞ、男どもよ」
レイダリアンも苦り切った顔を浮かべた。
ギリアンはうつむいてシュンとしているが、ブロードは眉根をよせて憮然としている。
沈黙が広がった。
場がすっかり冷え切っている。
――それならば、あの話をするのは、今なのではないだろうか?
「二人に出て行かれたら困るわ。私たち、今日は皆さんにお話しすることがあるのですから。ねえ、ギリアン」
水を向けられ、ギリアンは戸惑いの表情を見せた。だがすぐに気を取りなおし、椅子から立ちあがった。
「そうだね、ミリア」
いよいよその時だ。ミリアの心音がはね上がる。このために私は今日、今この場にいる。
「話とはなにかな?」
レイダリアンがたずねた。
ギリアンは、食堂ホールに集まった面々に一人ずつ目を向ける。レイダリアン、レリス、ブロード、それからミリアに。
「……何の話を?」
ほとんどつぶやきに近い声でブロードが言った。片手にワイングラスを持ったまま、目を見張っている。美男も形なしになるぐらいに間の抜けた表情だった。
冷え切ったディナー。そこで、ミリアは場をあたためるような話題――胸に秘めていた思いを打ち明けようとする。




