12.おまじない
戦闘から離れ、平和な語らいがなされる。馬車でブロードの実家に向かう、ブロードと令嬢ミリア。幼い頃の話から、幼い頃よくしたおまじないに話は及ぶ。
「ねえ、覚えているかしら。お庭の泉で遊んでいた時よ」ミリアは話を続けた。「水草のかげからカエルが飛び出してきたのよ。カエルといっても指先ぐらいの大きさだったけど。それで、私はビックリしてギリアンの後ろに逃げたわ。別にカエルが苦手というわけではなかったんだけど、驚いちゃったのね」
ブロードの頭の中にも記憶の断片が立ち上がってくる。そうだ覚えている。夏の日のことだった。僕はあの時どうしたんだっけ――。
「実をいうと、カエルが苦手なのはあなたの方だった。それなのに、今より半分の背丈もないあなたは、私を守るためにカエルと私の間に立ちふさがったのよね」
ミリアは口を手で押さえてクスクス笑った。
「たかがカエルごときに僕もおびえていた。恥ずかしい話です」
「いえ、すてきな話よ。あなたは小さいころからまぎれもなく紳士だった。女性のために自ら苦手なものに立ち向かっていくんですから」
ブロードは、ほおが熱くなっていくのを感じた。
「幼いころの話ですよ」
うれしくはあるが、どうせなら今を見てほしい。成長した今の姿を。
「幼いころの話よ」
「幼いころといえば覚えていますか、あのおまじないのことを」
「おまじない? 何だったかしら?」
「ごく初歩的な魔術ですよ。お互いの身に付けているものに、念をかけて感情を共有しあうものです。なつかしいでしょう?」
「覚えているわ。よくやったわね。あなたはいつも泣いていた」
ミリアはイタズラっぽく笑った。こうしてあどけないほほえみを目にすると、幼少のころがしのばれた。
「君はよく怒っていた。それで、ここでおまじないをやってみませんか?」
「面白そうね。いいわよ。感情を伝えてあげる」
ミリアはワインを飲み干すと、両手をさし出した。陶器のような白い指先。そのすべての指に指輪をはめていた。指輪には、ミリアが賦活したマナが封じ込められている。魔術師は、こうしていつでもどこでもすぐに魔力を使えるようにしているのだ。
魔力がかかっていないのは、このうちひとつだけで、ブロードはそれに魔力を込めた。
ミリアもブロードの指輪にも同じおまじないをかける。
視線をかわして、ブロードは魔力を込めた。
ミリアの感情が流れ出す。
ブロードの心にあふれてくる。
――この感情はよろこびだ。指先から頭のてっぺんまでブロードの心が、歓喜で満たされる。
ブロード自身は、きっと彼女に軽い緊張を伝えたに違いない。彼女とふれあうことの緊張を。だが、それもミリアの心によって上書きされてしまった。
「どう? この気持ち感じてくれる?」
「すばらしいよ、ミリア。君は今とっても幸せなんだね」
ミリアは、ブロードの質問にほほむことで肯定した。
(ミリアは僕といるから幸せなのだ)
ブロードは、疑うことなくそう考えた。
「ねえ、ミリア。このおまじないの本義は、感情の交換だけじゃない。本義は、人と人をひとつにつなぐこと、そのことにある。離れた場所からの意思の疎通、メッセージの交換、座標の呈示。色々なことに使えるんだ。国祖アラバードは、それを王妃との距離を瞬間移動でつなぐのにも使ったという。僕は、君にこのおまじないを、いつもかけていたい。君にはそういう相手はいるのかな?」
「……相変わらずよね、あなたのその直接的過ぎるもの言い」
ブロードはミリアが次に続くのを待った。
「――そのことについては……近いうちに、私の気持ちを打ち明けることになる。待っててくれる?」
「もちろんだとも。君がいい時に伝えておくれ」
ブロードは背もたれに体をあずけると、なみなみとコップに注がれたワインを一気に飲み干した。
浮かれるブロードとは反対に、ミリアはどこか覚めていて、昔を懐かしがってばかり。この違いはやがて……




