11.アラバード国の春
ブロードとミリアは幼い頃をともにすごした幼馴染み。話は過去と、それから兄のギリアンという人物に及ぶ……。
ミリアは視線を車窓に向けていた。並木のイチョウの向こうに、アンディエ山脈につらなる山々が、そびえ立っている。山は冠に雪を抱いていた。この雪が消えないうちは、まだアラバード国の夏ははじまらないとされている。
ミリアが景色に目を投じている間、ブロードは蛮族の話を続けた。
「やつらは最近妙な動きをしていると聞きます。王から直々に聞いた話によると、岩ばかりの山脈の奥深くに隊列を組んで潜りこんで、何かを採掘しているようです。この前巨大岩が飛び交っていたのは、その時の副産物でしょう。
「そこで私をつかわしていただければ、やつらの目論見などかんたんに暴きだせるのですが、王は首を縦に降ってくださらないのです。きっと軍部の連中が、僕のような学生に大きな顔をさせたくないのでしょう。あるいは蛮族などほうって置いても害はないと高をくくっているのでしょうか。私も蛮族になにができるとは思ってはいないですが、万全を期すためには徹底的に攻撃の手を加えるべきだと考えております。それが最善というものです」
ブロードは一気にまくし立て、喉がかわいたので、座席に積まれていたガラスのデキャンターからワインをコップに注いで飲んだ。
沈黙。
ブロードは自分がしゃべりすぎていたことに気づいた。おうおうにして、女性はあまり戦争の話は好きではないのだ。
「蛮族の話は止めましょう。無粋でした。せっかく我が家のディナーを貴方とともにできるというのに、相応しくない話をしてしまいましたね。お許しください」
「いいのよ」ミリアは言った。「久しぶりよね。お父上とお母上にお会いできるのが楽しみだわ」
「よろこぶでしょう。僕の両親にとって、ミリアは実の娘のような存在ですから。牧場からアンディエ牛を仕入れたという話でした」
「まあ、嬉しい。素敵なお家に素敵な人たち。ブロード、私、貴方のお家に着いたら懐かしくて嬉しくて死んでしまうかもしれないわ」
「大げさですよ。あと些末な話ではありますが、ギリアンも帰ってくるそうです。兄は兄なりにミリアを歓迎したい意向のようですよ」
「知ってるわ。お兄さんとは仲良くしているの?」
ミリアは、自分のグラスにワインを注ごうとするが、ブロードがその手を制して自ら注いでやった。
「いえ、寮に住んでからこの方、会ってはいませんね」
「でも小さい頃はあなた、お兄ちゃん子だったでしょう」
「……まあ。確かに幼いころはそうでした。何も知らない子供でしたから」
「とっても真面目な人よね」
「そうですね。退屈なぐらいに真面目です」
「仕事熱心よね」
「大魔術図書館の書架整理を任されていますからね。実力不足で、冠位すら持てず放校された人間としては破格の仕事を得たのではないのでしょうか」
「相変わらず、お兄さんのこととなるとひときわ辛辣なんだから」
ミリアは、二度目のため息をつく。
「そんなことはないですよ」
ブロードは嘘をつく。ギリアンのことは嫌いだった。
「幼いころ貴方のお屋敷の中を三人で歩きまわっていたころに戻りたくなるの。そういうことってない?」
ミリアは窓の外に目を向けながらいった。ミリアの大きな瞳が青空を映している。
「あなた、いつもギリアンの足にくっついていた。親指をくわえて。かわいかったわ」
――やめて下さい、そんな話。ブロードは我が言葉を飲み込んだ。ブロードのことを話すミリアの表情が輝いているように見えて、それを邪魔したくなかったのだ。
ギリアンの話をブロードは極端に嫌がる。戦場の英雄も、恋する相手のミリアにはたじたじだった。




