#2
由緒正しき一族が住んでいた。
その一族の名は富永家。
社長及び創設者である富永 雄一は日用品のプライベートブランド「トーミー」を世に知らしめ、業績はみるみる伸び、数年後には有名ブランドになるのではないかと言われている企業だ。
これまでにヒットしたのは割れにくい食器やどの素材の容器にフィットするシリコンラップなど。
「トーミー」本社から離れた屋敷には執事やメイド、調理人などとたくさんの使用人が住み込みで働いている。
その中に一人、若そうな執事がいた。
きっちり着こなした燕尾服。
黒縁眼鏡からの視線は少し鋭いが、清潔感のある黒髪の短髪でまろやかさを出し、かつミステリアスな雰囲気を持つ高身長の男。
彼の名は来栖 直。
来栖が仕えている社長令嬢、富永 有紗は大学生。
本日は朝から講義を受けに行っているため、ゆっくりと時が流れている。
彼は彼女が出かけている時間を活用して屋敷内の環境整備を行っていた。
「来栖さん。お先に休憩を取ってください」
「杉山さん。よろしいのですか?」
有紗の母親である富永 まどかの専属執事の杉山がバケツを持って声をかけてきた。
現在、彼女は談話室にてフラワーアレンジメント教室を行っており、生徒たちは色とりどりの季節の花を生けている様子が視界に入ってくる。
「ええ。こちらはまだフラワーアレンジメント教室が終わっていませんし、有紗お嬢様はまだお帰りではないので。彼女が帰ってくるとなかなか休憩が取れなくなってしまいますからね」
「ありがとうございます。お言葉に……」
白の不織布マスクを外し、会話をしようとした来栖だったが、遮るように彼は「来栖さん。ちょっと……」と少し屈むよう促した。
杉山にとって高身長の彼には抗えない。
「本日の有紗お嬢様の晩餐はなんですか?」
「お嬢様は和食をご所望ですので、料理人に頼んでおかなければ……」
「有紗お嬢様が和食だなんて珍しいですね」
「ええ、本当に。では、お言葉に甘えさせて休憩に入らさせていただきます」
「休憩から戻られたら奥様の方は落ち着かれると思いますので、昼食をお出しください」
「承知致しました」
来栖は彼と別れ、キッチンへ向かう。
冷蔵庫に入っている食材を使ってカルボナーラとサラダやコンソメスープを作り、使用した調理器具を片付けてから自室に戻った。
喫煙所も存在するが、彼は煙草を吸わないため、部屋で昼食を摂りつつ、ゆっくり休憩する。
端からみると、今では懐かしきコロナ禍での光景。
使用した食器は洗浄して返却する決まりになっていることもあり、忘れないうちに綺麗に洗い、布巾で拭いておく。
食事の後始末を終え、換気をするべく窓を開けた。
あたたかい日差しが入り、そよそよとカーテンが揺れ、髪が風に乗ってふわっと靡いている。
†
必要最低限のものしか置かれていないように見える来栖の部屋。
しかし、クローゼットの中には外部の人間には見せられないものが存在する。
その中には拳銃や刃物といった武器がたくさん収納されている。
彼には表と裏の二つの顔を持っていた。
冷静で有能な執事と人間はもちろん動物を殺める冷酷非道な暗殺者――
そのため、この屋敷の同業者は来栖のプライベートを知る者はいない。
彼の正体を知っているのは富永家の三人だけ――
†
椅子に深く腰かけ、脚を組む。
スマートフォンを手に取り、メールやメッセージアプリのチェックを行うが、何も通知が受信されていない。
もちろん、依頼も――
「現時点では何もないか……さて、そろそろ行かなければ……」
スマートフォンの画面に表示された時刻を確認し、充電器の隣に置いた。
窓を閉め、綺麗に洗浄された食器と共に退室したと同時にピコンとスマートフォンが鳴る。
来栖はそのことに全く気が付かなかった。
2026/07/01 本投稿




