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重鋼の帰還と、侵食される意識

三百キロを超える重鋼が、泥濘を砕いて帰還する。操者の神経網は、盾で押し潰された骨の振動も、敵弾の衝撃も、生身の痛覚として焼き付けた。だが、死地を脱した彼らが迎えたのは、安堵ではなく、北の空から滲み出す「夢の裂け目」だった。悪夢は記憶を喰い、儀式の釜は街の根元を蝕む。鋼躯の力も、神の癒やしも、物理的な絶望と不可視の侵食という二重の檻の中で試されている。今、彼らが背負うのは、もはや勝利の希望ではなく、崩壊へのカウントダウンを刻む重圧だった。

            その198




――帰還と、残酷な癒やしの光――


背後から押し寄せる黒い血の津波を振り切り、死地から滑り戻ってきた救出部隊の帰還は、決して「無事」とは程遠いものだった。


泥にまみれ、煤けて黒ずんだ三機の魔導アーマーが、激しく喘ぐような排気音を上げて野営地に転がり込む。

操者たちの意識は、機体と密接に結びついた**魔導神経網マギ・ニューラル・リンク**を通じて、装甲の損壊や過負荷による激痛をダイレクトに受け止めていた。彼らにとっての最優先事項は儀式の遂行であり、ロスコフ隊の襲撃は単なる「雑音」に過ぎなかったはずだ。だが、その雑音を排除しようとした【咎将】の一撃は、魂に消えない刻印を残すほどの威力を持っていた。


「―――ロスコフ様! 戻りました!」


クーガーの魔導アーマーが、重量に耐えかねたように泥を跳ね上げて片膝をつく。

その肩から飛び降りたタンガの腕には、血に濡れ、意識を失いぐったりとしたシャナが抱えられていた。彼女の身体からは、戦場の鉄錆と、儀式特有の不吉な硫黄の臭いが漂っている。


「おお……! よくぞ、よくぞ無事で……!」


ロスコフが駆け寄る。その震える手でシャナに触れようとしたとき、彼の目には安堵よりも先に、生き延びたことへの不可思議なほどの衝撃と、うっすらとした涙が浮かんでいた。

マルティーナもまた、幌馬車から飛び出した。侍女が差し出す毛布さえも忘れ、彼女はただ一心にタンガのもとへと突き進む。


「シャナ!」


「へへっ……おいらの手柄じゃねえよ」


タンガは痛々しく笑い、泥にまみれた地面へ、壊れ物を扱うようにそっとシャナを横たえた。

その背後では、ワーレン家の従者たちが急ぎ、専用の工具を用いて機体の腰部ユニットを切り離していた。重量200キロを軽く超える鋼鉄の殻から、ようやく引きずり出されたゲーリックたちは、皮膚に焼き付いた熱い金属の感触と、解放された瞬間の脱力感に身を震わせていた。


「ロスコフ様……報告します」


ゲーリックが、興奮と疲労が混ざり合ったしわがれた声で語りだした。


「《セントリス・フォルティス》……以前とはまるで違う...特にエネルギー効率が恐ろしい程、改善されてました。それに、敵の呪詛混じりの一撃を受けた瞬間、反射回路が牙を剥いた。神経網に焼けるような熱さは走りましたが、衝撃そのものは霧散し、身体へのダメージは最小限に抑えられた。あの絶望的な一撃から生き残れたのは、間違いなくこの新たな防御機能のおかげです」


「魔力の流路も劇的に安定していました」


ルーカスは、まだ熱く感じる自身の背中のシギル部に手をやろうとしたが届かない。


「以前ならとうに枯渇し、意識を失っていた局面でも、魔晶石の輝きは衰えませんでした。……この地獄のような状況下にあっても、我々はまだ『戦う資格』がある」


その言葉はロスコフにとって、何よりの救いだった。自らの狂気とも言える技術が、仲間の命を繋ぎ止め、絶望への唯一の対抗策となり得たのだ。

だが、感傷に浸る時間は一秒たりとも与えられなかった。


マルティーナがシャナの傷口に手をかざしたとき、その場にいた全員が息を呑んだ。

左の翼には、手槍によって穿たれた無惨な穴が開いている。そこから赤い血だけでなく、生命の根源たる精気が、黒い霧となって絶えず流出していた。


「……痛かったでしょう、シャナ。すぐに治しますからね」


マルティーナが慈愛に満ちた瞳を閉じ、静かに祈りを紡ぐ。

それは通常の僧侶が唱える祈祷とは次元が異なっていた。彼女自身が神域へと近づきつつある半神であるがゆえの、世界のことわりさえも書き換える理破(こしわりやぶ)りの治癒


「《Curatio Potensクラーティオ・ポテンス》……そして、《Restauratio Divinaレスタウラティオ・ディヴィナ》」


カッ……!


突如、夜の闇を完全に塗り潰すほどの黄金の光が溢れ出した。

その光は温かく、それでいて強制的に生へと引き戻す暴力的なまでの力強さを秘めていた。見る間にシャナの翼の穴が塞がり、失われた羽毛が逆再生のように再生し、青白い顔に血の気が戻っていく。因果すら巻き戻すその奇跡は、傍から見ていれば神の顕現そのものであった。


「……ん……マルティーナ、様……?」


薄く目を開けたシャナが、かすれた声で呟く。

「おはよう、シャナ。……無事でよかった」


主の微笑みを見た瞬間、感情を失っていたはずのシャナの瞳から、大粒の涙が一筋こぼれ落ちた。


そこへ、陽動役を務めていたジルとレザリアが、肩で息を切らしながら戻ってきた。

「おーおー、こっちは大騒ぎして損したわい」

ジルが豪快に笑いながら杖を担ぎ直すが、その瞳には緊張の余韻が残っている。

「どうやら俺たちの出番なんぞ必要ないくらい、鮮やかな救出劇だったようだな?」


「ふふ、でも目的は達成できましたわ。敵の陣形、かなり乱せましたもの」

レザリアも微笑むが、その表情にはどこか暗い影があった。彼女たちが見たのは、陽動中に加速した「儀式」の不気味な胎動だったからだ。


焚き火を囲み、束の間の安堵が広がる。だが、体を起こしたシャナが語り始めた情報は、その安堵を瞬時に凍りつかせた。


巨大な釜。それを引く名もなき巨獣。

そして――あの手槍の一撃を放った、規格外の強さを持つ【咎将】の存在。


ロスコフ、ノベル、エクレアたちは、震える手で地図にその情報を書き込んでいく。救われた命という小さな光の後ろで、街の地下からは黒い血が絶えず脈動し、破滅へのカウントダウンを刻んでいた。


彼らは、次なる作戦――この「儀式」をどう破壊し、最悪の結末を回避するかという、正解のない議論を開始した。



――南門の泥濘と、侵食される意識――


一方その頃、アンヘイムの南門では、北の静かな緊張感とは対照的な、おぞましいほどに泥臭く陰惨な消耗戦が繰り広げられていた。


「―――引くなッ!! 押し返せぇぇぇ!!」


リバンティン公国軍、西部方面軍団長リズボン・アンドリュー公爵の怒号が、血と鉄錆の混じった風に乗り、戦場へ突き刺さる。

彼女が率いるのは正規軍一万六千。そして、最前線で楔となる五百体の魔導アーマー部隊である。対するはラガン王国軍第四軍の先鋒、ウェルズ副将率いる二万の兵。数だけを見れば不利な戦いだが、

その最前列に立つのは鋼鉄の巨像たちだった。


「殺せ! 奪え! 進めぇぇぇ!!」


ラガン兵の突撃は、正気な人間のそれではなく、飢えた獣の群れだった。

彼らは盾さえ持たず、粗末な槍や鉈を振り回し、ひたすらに城壁へ、そして魔導アーマーの足元へと殺到してくる。最前列が薙ぎ払われ、肉片となって飛び散っても、その死体を踏み越えて次が来る。止まることを知らない波状攻撃だった。


「……ひっ、なんだこいつら……! 命が惜しくないのか!?」


リバンティンの若い兵士が、震える手で槍を繰り出す。

訓練は受けているし、装備も十分だ。だが、「人間を殺す」という実戦の残酷さに晒された彼らにとって、目の前の光景は精神を削り取る拷問に等しかった。


だが、ラガン兵たちが勇猛だから突撃しているわけではない。

彼らの背後には、冷酷な瞳をした督戦隊が控えていた。わずかでも足を止めた者、あるいは退こうとした者の背中を、容赦なく矢が射抜く。

「進め! 止まれば殺す! アンヘイムを落とせば、略奪は自由だ!」

ウェルズ副将の冷徹な声が響き渡る。彼らが駆り出したのは、貧困に喘える農民や征服された属国の民、金で買われた奴隷兵たち。彼らは人間ではなく、単なる「肉の盾」であり、後から到着する本隊十二万の兵が歩むための道を整備するための「捨て石」に過ぎなかった。


「……ええい、キリがない!」


魔導アーマー【グラディウス】に乗るマルコが、重厚な盾を前方に突き出した。

鈍い衝撃と共に、群がっていた数名の兵士たちが後方へ弾き飛ばされる。


**彼にとってこの鋼鉄の塊は「乗り物」ではなく、「拡張された自身の身体」そのものだった。背中のマスターシギルを通じて機体と完全に同期した彼はただ「腕を突き出す」という意思を持つだけで、三百キロを超える総重量に達した鉄の鎧が、己の肉体と同じ速度、同じ精度で躍動する。**


**だが、身体として同期しているからこそ、戦場の不快な感触までもが脳に直接突き刺さる。

盾で押し潰した兵士の骨が砕ける振動や、足元で肉が潰れる生々しい感触が、魔導神経網を伝わってダイレクトに意識を揺さぶった。**吐き気が込み上げるが、それを飲み込んでさらに足を一歩踏み出す。


「こいつら、自分が弱いことを知ってやがる! だから数で押し潰して、俺たちを疲れさせる気だ!」


マルコの直感は正しかった。ラガン軍の精鋭や強力な魔法部隊はまだ後方に温存されている。今はただ、弱兵たちの死体で堀を埋めさせ、リバンティン兵の精神を疲弊させて絶望させるための時間稼ぎに過ぎない。

それでも、五百体の魔導アーマーが形成する鋼鉄の壁は、数万の波を食い止める唯一の堤防だった。


「耐えろ、選ばれし操者たちよ……!」


後方で指揮を執るラージン翁が、脂汗を流しながら杖を握りしめる。その目は、戦場の惨状ではなく、北の空に漂う不吉な予兆を見つめていた。

「今、敵の精鋭を引きずり出すわけにはいかん。……ロスコフ様たちが背後から楔を打ち込むその時まで、この泥沼を泳ぎ切るんのじゃ……!」


アンヘイムの城壁は、血と肉汁と悲鳴に濡れながら、長く、あまりに苦しい夜へと沈んでいった。



戦いが始まって二日目。

南門での激突は、マルコたちの鉄壁の守りにより辛うじて均衡を保っていたが、本当の絶望は物理的な暴力ではなく、静寂と共に降り注いだ。


「……なんだ、この空気の重さは」


城壁の上で指揮を執るラージン翁が、不快げに眉をひそめた。

北の空を覆っていた赤黒い靄が、巨大な渦となって回転し始めている。風に乗って運ばれてくるのは、血の臭いでも死臭でもない。「古びた鉄が錆びるような、乾いた金属臭」だった。


儀式は第二段階――【潮汐放射】へと移行したのだ。


その夜、こんな状況にも関わらず、地方に避難する事無くアンヘイムに残っていた市民たちは、一斉に絶叫を上げて飛び起きた。

兵士も、女子供も、贅を尽くした屋敷に住む貴族も。彼らがみた夢は、恐ろしいほどに同一だった。


視界を埋め尽くすのは、底の見えない黒い泥の海。身体はゆっくりと沈み込み、逃げ場のない絶望に包まれる。すると、暗闇から正体不明の「何か」の手が伸びてきて、彼らの喉の奥深くに指を突っ込んだ。

そして、魂の芯に結びついた「最も大切な記憶」を、無理やり引きずり出していく。


それは精神的な侵食であり、冒涜的な略奪だった。


「……怖いよ、お母さん……!」

「静かにしなさい! ……大丈夫、これはただの夢よ……」


母親が震える子供を抱きしめるが、その腕は激しく痙攣している。彼女自身もまた、夢の中で自分の心から何かが剥ぎ取られる空虚感に襲われていたからだ。

眠らなければ精神が削られ、眠れば記憶を奪われる。


南門で血を流して戦う兵士たちですら、この不可視の汚染からは逃れられない。見えない毒が都市の士気を根底から腐らせ始め、アンヘイムという街全体が、ゆっくりと精神的な死へと向かって傾き始めていた。



――絶望の数理と、潰える心――


重苦しい沈黙が支配する政務院の司令室に、さらに残酷な報告が叩きつけられた。


「――急報! 南方の監視塔より知らせが入りました! ……地平線が、埋まっているとの事!」


飛び込んできた伝令兵の声は、恐怖でひどく裏返っていた。その手にある書簡を握りしめる指が、小刻みに震えている。


「ラガン王国軍、本隊……その数、およそ十二万! 前衛の残存勢力を合わせれば、総数十四万に及ぶ大軍勢が、南門への展開を完了、敵前衛に合流し始めたとの報告です!」


瞬間、司令室から音が消えた。

怒号も悲鳴すら上がらない。あまりにも桁外れな数字に、脳が理解を拒絶し、現実感が追いつかないのだ。ただ、重い空気だけがおりのように足元に溜まっていく。


部屋の隅にある長机では、第一波の激戦を指揮し、交代で戻ってきたリズボン・アンドリュー公爵とカール・リッツ将軍が、泥と煤にまみれた顔で食事を摂っていた。

二人は報告を聞いても、驚愕に目を見開くことさえしなかった。ただ、硬いパンをスープに浸し、機械のような動作で口に運ぶ。それは食欲ではなく、明日まで生き延びるための単なる「作業」だった。極限の疲労とストレスにより、彼らの精神はすでに麻痺し、絶望にすら鈍感になっていた。


そこへ、青ざめた顔の文官が上座のルクトベルグ公爵のもとへ駆け寄った。


「……総司令! 街の衛生局より緊急報告が入っております!」

ルクトベルグ公爵が重い視線を向けると、文官は声を潜めて、しかし切迫した口調で続いた。

「市民の間で、原因不明の悪夢や幻聴を訴える者が急増しているとのことです。……北から漂う『黒い霧』による精神汚染の影響と思われます」


その報告は、食事をしていたリズボンたちの耳にも届いていた。だが、リズボンは虚ろな目を一瞬だけ向けただけで、再びスプーンを動かし始めた。


「……悪夢、か。笑わせるな。現実の方がよっぽど悪夢だぞ」

「ええ。剣で斬れる敵ならまだいいが……」

カールもまた、肺の底から絞り出すような重い溜息をつき、味のしないパンをかじる。彼らにはもう、見えない恐怖にまで心を砕く余力など残っていなかった。


窓の外からは、昼夜を問わず**カンカンカンッ!**という激しい槌音が響き続けている。

魔導アーマー整備工場は、地獄のようなフル稼働状態にあった。傷つき、血に汚れ、装甲を失った量産型【グラディウス】が次々と運び込まれ、急ごしらえの補修を施されては、再び死地へと送り出されていく。

鉄の塊も、それを動かす人間も、すべてが限界を超えていた。



アンヘイム南門、城壁外。

リズボンたちに代わり、前線へと配備されたのは東部軍を率いるバンクシー公爵とハーベスター侯爵、そして一万五千の兵士たちだった。


彼らが城壁から見下ろした光景は、もはや「軍隊」という概念を超えていた。

南の平原は、文字通り「人」で埋め尽くされていた。土の色などどこにも見えない。地平線の端まで、ラガン王国の旗印と、鈍く光る槍の穂先が波のように揺れている。


ドォォォン……ドォォォン……。


十二万の軍勢が足並みを揃えて進軍する振動が、大地を通じて兵士たちの心臓を直接叩く。それは巨大な太鼓のような、あるいは死神の足音のような不吉な律動だった。


「……おい、嘘だろ……」

最前線の兵士が、呆然と呟き、持っていた槍を指先から滑らせた。カラン、という軽い音が、静まり返った戦場に虚しく響く。

「あんな数に……勝てるわけがない……」

「ここで、俺たちは死ぬのか……」


絶望は伝染病のように、瞬く間に列へと広がっていく。兵士たちの瞳から光が消え、ただ死を待つだけの肉塊へと変わりゆく。

だがその時、馬上のバンクシー公爵が、肺が破れんばかりの声で剣を抜き放ち、叫んだ。


「―――顔を上げろォッ!!」


その怒号が、凍り付いた兵士たちの背筋を強引に叩き起こした。

隣に並ぶハーベスター侯爵もまた、自らの家紋が入った旗を高く掲げ、血走った眼で部下たちを見据える。


「狼狽えるな! 我らは誇り高き東部の兵ぞ! 敵が多ければ多いほど、斬り伏せた時の武勲は跳ね上がるではないか!」

「そうだ! 背後の街には貴様らの家族がいる! ここを死に場所とする覚悟を持て! 一歩たりとも、この壁を通すなッ!!」


指揮官たちの必死のげきが、崩れかけた士気をかろうじて繋ぎ止める。

だが、彼ら自身も理解していた。

これから激突するこの「人間という名の津波」に、正気なまま耐え抜くことなど不可能に近いことを。



――突破する雷光と、静まり返る絶望――


一方その頃、王都の西側。鬱蒼とした森林地帯を縫う旧街道を、一台の幌馬車隊が猛烈な速度で突き進んでいた。


「……見えたぞ。アンヘイムだ!」


御者台のクーガーが叫ぶ。彼らは北の戦場から大きく西へ迂回し、敵の包囲網が薄い隙間を縫って帰還を果たそうとしていた。だが、西門へと続く街道には、第一波の攻撃で敗走し、再集結していたラガン軍の残党――数千の兵が、勝ち誇った顔で陣取っていた。


「……邪魔ですね」


馬車の中で、ロスコフが低く、冷徹に告げた。その瞳には、北の地獄で見てきた光景による深い疲労と、それ以上に強い焦燥が宿っている。

「止まるわけにはいきません。……強行突破します」


「了解!」


ゲーリックの号令と共に、幌馬車の側面装甲が跳ね上がり、三体の鋼鉄の巨人が地を蹴って飛び出した。

【セントリス・フォルティス】。改良されたその機体は、以前より洗練された身体同期を見せ動いた。 


「蹴散らせッ!!」


ギュイィィン! と駆動音が唸りを上げ、三機が鋼鉄の弾丸となって敵陣へ突っ込む。

驚愕したラガン兵たちが放つ弓矢やボウガンの鏃が機体に直撃するが、厚みある鉄の装甲の前には無意味に等しかった。


「あの鉄の鎧は!  魔導アーマーだ!?」

「矢が効かねえ!」


混乱し、文字通り「弾き飛ばされる」敵陣の中央を、六台の幌馬車が砂煙を上げて駆け抜ける。護衛のロゼッタが風の刃で前方の障害物を断ち切り、騎乗したシャナが電光石火の槍捌きで立ち塞がる指揮官を正確に貫いた。


「西門! 開門願います! ワーレン侯爵、帰還しました!」


城壁の上では、見張り兵が砂煙の中を突き進む異様な集団に気づき、絶叫した。

「あれは……魔導アーマー!? それにあの家紋……ロスコフ侯爵様だ!」


「ば、馬鹿者! 今門を開ければ敵も雪崩れ込んでくるぞ! 政務院の許可が下りるまで――」


上官が顔をひきつらせて躊躇する。だが、眼下で繰り広げられている光景は、軍事的な常識を塗り替える圧倒的な破壊力だった。三機のアーマーが敵陣を文字通り「粉砕」しながら迫ってくる様を見て、見張り兵は上官の制止を無視して叫んだ。


「許可など待っていたら手遅れになりますよ! ……開けちまえぇっ!!」


ギギギギギ……!

重い西門が、悲鳴のような金属音を上げて僅かに開く。その隙間へ、三機の魔導アーマーに守られた幌馬車隊が、滑り込むように飛び込んで中へ入って行く....。


「閉門ッ!! 急げ!!」


直後、追ってきたラガン兵たちの目の前で、門が轟音と共に閉じられた。

ドンッ! という悔しげな衝撃音が扉の外から響くが、もう遅い。


「はぁ……はぁ……。なんとか、間に合ったか……」

クーガーが機体の中で、肺が焼けるような呼吸をしながら安堵の息を吐く。だが、休んでいる暇など全くなかった。


「……すぐに行きます。ノベルさん、ゲーリック隊長。私についてきてください」

ロスコフは馬車から飛び降りると、出迎えた兵士に用意させた馬に飛び乗り、そのまま政務院へと疾走した。



政務院、作戦司令室。

突然のロスコフの帰還に、場は騒然となった。


「ロスコフ侯爵! 無事だったか!」

疲れ切った顔のリズボン公爵が、驚愕と共に駆け寄る。ラージン翁も、安堵のあまり膝をつきそうになっていた。だが、ロスコフの表情は淡々としていた。


彼は再会の挨拶をすることもなく、ノベルに指示して一枚の図面――**《嘆きの黒大釜》**のスケッチをテーブルに叩きつけた。


「リズボン姉様、再会の挨拶は後にさせてください。一刻を争う事態です」


ロスコフの声は低く、震えていた。彼は北で見てきた光景、そしてオクターブの体から得られた分析結果を、包み隠さず語った。

北の軍勢が行っていること。それは単なる戦争ではない。この都市と、そこに住む数万の人々を丸ごと**「儀式の材料」**にするための準備であるということだ。


「……奴らが運んでいる、この巨大な釜。そこから放たれる波動が、既にこの街の根源を蝕み始めています」


ロスコフは窓の外に広がる、不気味な赤黒い空を指差した。

「今は悪夢や幻聴で済んでいますが……このまま放置すれば、物理的な変異が始まります。水は腐り、建物は崩壊し、そして最終的には――」


ロスコフは部屋にいる全員を見渡し、静かに、しかし逃れられない死刑宣告のように告げた。


「我々は理性を失い、肉体がドロドロに溶け落ち、正体不明の肉塊へと組み替えられるでしょう。……意識だけが残り、己が人間ではなくなった絶望の中で永劫に叫び続ける。“成り果て”へと変貌させられるのです」


その言葉に、司令室は水を打ったように静まり返った。

十四万もの巨大軍勢という物理的な死の恐怖。それに加えて、魂ごと腐り落ちるという生理的な悍ましさが、彼らの喉元に冷たい刃を突きつけていた。







ここまで読んで下さりありがとう、引き続き次を見かけたらまた見てください。

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