表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
186/201

技術士たちの到着。

海賊船の追撃を殲滅したラバァルたちは、フェルスタットへと戻るため航海していた、一週間後、ようやくフェルスタッドへ戻って来た技術士たちが目にした港の姿は.....。   

                その186 



航海一日目。夜。


血糊と削れた木片がこびりついた甲板の上は、戦慄と悲嘆が凝固した鉛のような沈黙に支配されていた。

数刻前まで弾け飛んでいた狂熱が退いた身体に、底なしの泥のような疲労と鈍い痛みが波の分だけ押し寄せる。残されたのは、目の前で理不尽な破壊に呑まれ、深い海へと消えていった三人の仲間たちの光景。

血路を開き生き延びたという勝利の高揚感など、誰の足元にも落ちてはいなかった。ただ、荒く湿った夜の潮風の声だけが、マストの合間を抜けて虚しく鳴り結んでいる。


その分厚い虚無の結界を不意に叩き割ったのは、セラの部下の中でも最も年を重ねた男――顔の半分を死戦の傷で覆われた片目の老海賊だった。

彼は塩と油にまみれた右腕で、半分しか残っていないラムの瓶を月なき空へと掲げる。大きく、しかし軋むような呼吸。ゆっくりと、地の底を這うような深くしゃがれた声が波の音を制して響き始めた。


「♪…… 海は奪い…… ♪…… そして与える…… ♫」


それは祈祷の歌ではない。この非情な海のことわりを受け入れながらも、己の『魂のコア』だけは手放すまいと抗う者の、痛切な鎮魂歌だった。

その風に揺れる小さな灯火のような歌声に、暗がりからもう一人、骨の折れた腕を抱えた男が低くハスキーな声で重ねる。


「♪♪…… 咲いた赤い華…… ♬…… 波に揺られて…… ♪♪」


一人、また一人。立ち尽くしていた者、頭を抱えていた者たちが、重い腰を上げてその円環の縁へと加わっていく。初めはさざ波のようだった輪唱は、やがて個々の哀しみの鎖を断ち切るような、力強く重い生命の咆哮へと変わっていった。

死の床を生き延びた者たちが、海底へ散った兄弟たちへ捧げる、痛みと感謝。そして次の血流し場へ向かうための、生への決着。


「♬♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪」

「♪ 胸に抱くは…… 友の魂…… ♫♫♫」

「♬♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪」

「♡…… 一杯の酒を…… ♡…… 捧げて眠れ…… ♬」


その命の脈動から放たれる引力に、初めは船底の陰で震えていた技術者たちも、次第に熱を引き出されていく。ある者は泥ごと涙を拭い、ある者は星の見えぬ空を仰ぎ、またある者は震える手のひらを合わせ、ぎこちない手拍子を刻み始めた。

海を生きる荒くれと、鉄と木を操る職人。これまでは水と油のように反発していた陣営の溝が、『死という淵を共に越えた』という生身の共鳴によって、ゆっくりと溶け合っていった。


高いマストの下、より深い暗闇の底で。ラバァルはただ一人、その熱の集束を音もなく観測していた。

彼は己の口を開くことはないし、熱狂の輪に加わることもない。だが、その**『紅の底に影を宿す瞳』**の奥に渦巻くのは、安っぽい集団感情ではない。

これほどの“死と生の一体化”が打つ鍛造フォージの衝撃――

それが、次章へと世界を押し進める【結びの波】の兆しであることを、ただ静かに見定めていた。



        *



航海七日目。

荒れ狂う嵐の尾のような航行の刻が、終わりを告げようとしていた正午。


船上に漂っていた陰惨な空気は、あの魂の共鳴が引き金となり、すっかり色を変えていた。

造船の者たちと海のだちらが互いの傷を労わり、粗い麦酒で乾杯し合いながら、

新たな希望の礎となる『結束の鋼鎖』を編み上げ、操船の意図を一つにして波を切っていく。


その照りつく金面を破るように、見張り台の男が塩を噛む声で叫びを吹き下ろした。


「……ッ、見えたァッ!! 前方右舷の稜線……わが帰還、フェルスタットの影だァァ!!」


どっと沸き立つ怒濤の安堵と歓声。

海霧が光に裂かれ崩れ落ち、土着の陸盤の影がその全容を示しながらせり上がってくる。

幾多の武鋼や資材を満載した巨大黒舟が、ついに寄るべき先を目前に進み出たのだ。


だが、歓喜に満ちていた技師たちの笑みは、距離が縮まるにつれ、

水面を切っていた男たち自身の不安の囁きへと沈んでいく。


「……なあ! 先に見えてるあの港と波止の木接橋アプローチ……

あまりにも朽ちて、小さすぎやしねぇか!?」


「当たりめぇだ。あの波打ち前は海底がえぐれてねぇ、ただの砂丘の浅岩ばかりだ!

うちのボンバード満載の、この化け物みてぇな重装船体で突っ込んだら最期、

底を岩に喰われて、一息で沈むぞッ!」


海を読む技術者たちの懸念は、まさしく真実だった。

目前に迫るのは、満潮でも中型の老客船が一隻寄れるかどうかの、

ぼろっちい田舎の漁区。

どう抗おうとも、この巨大船を受け入れるにはあまりに浅く、

大地そのものの限界線が立ちはだかっていた。


だが――

進行停止への不安と騒ぎをよそに、船首最上位の見晴らし台では、

西から来た工匠たちがまったく別の“世界の網”をもって海を見据えていた。


タイドライト・アセンブリーの技術者、

老船匠ゴラン、若き造船技士クランク、火薬統括のボウルダー。

彼らの眼差しには感傷の安堵など一滴もなく、

この巨大船が寄れぬことすら計算に組み込んだ、

静かで鋭い“要塞化の算盤”が燃えていた。


波が不自然な砕白を弾きのけた、その瞬間――


「……フッ、全速切下。帆を半分まで落とせ。

……見ての通りだ。沖側三千の限界位置の真下から、

この岩盤質の海底が“急激に落ち込む段差ドロップオフ”を口開けてやがる」


かつて“自決牢”の名を剥がされた特待生――

22歳の若き造船技士クランクが、海流の渦を手計算で読み取りながら、

荒い眼光で海面を見下ろし、ぼそりと吐き捨てた。


「海を知らねぇ野狐やこじゃ、この“落ち際”を見切れずに

船底を引きちぎられて沈むだけだ。

だがよ……寄港地としてはあまりにもショボすぎる。

便器裏みてぇな【超貧相な浅瀬崖クズのそこ】じゃねぇですかい」


「……ククッ。なんだ若造、

この浅瀬崖を“使えねぇ小箱”だとでも言うのか?」


その横で、老技師ゴランが、

ひげ越しに獰猛な笑みを釣り上げた。


「バカモン。

これほどの【甘美な“殺すか生かすか”が決まる無防備結界デッドエンド・スフィングロア】など……

神が作った宝箱みてぇなもんだ。

大陸半周しても、そうそうお目にかかれんぞ」


「……御意にございます、棟梁」


“油薬箱”の異名を持つ火薬統括長ボウルダーが、

手首を強く組みながらニヤリと冷たい声を返す。


「あの左へ伸びた『岩陰の斜傾』と海の段流……

こちら側の船ですら“底を喰われて沈む”ほどの危険地帯なら、

『この海に攻め寄せる大型の敵重船ども』だって同じこと。

何隻来ようが、あの手前の沖合で“見えない首根っこ”を掴まれて

強制的に減速・停止させられる……

敵はそこに【集まらざるを得ない】って寸法でさァ」


その瞬間、クランクの両目に“炎狂ひのくるい”の閃きが弾けた。


「アッ……ハハハハッ!!

そうだよオヤジ!

奴らがもしここまで追ってきて攻めてくりゃ、あの浅瀬の“落ち込み”で必ず密集して、速度を奪われる!

その手前に、俺たちの砲と牙――最大火力を“全部そろえて並べときゃ”いいだけだ!!」


青童の叫びを受け継ぐように、

老翁と黒火術者は、超密度の暗図(青写真)を

熱を帯びた言葉で波の上へ叩きつけていく。


「そうだァ。

この両側の山上の頂崖に、俺たちが持ち帰った

超大巨射木組群トレビュート”と巨大岩塊。

五本一重で組む空割りの牙どもを全部並べる。

その上で、この海の【停止不可侵線】の内部だけを狙って、

発条数も石撃重量も全部、事前に揃えておくんだ!」


「ゲハハハ! まさにそれだボウルダー!

敵がこの“クソ無防備港”をあざ笑いながら近づき、

船身ひねらせて停船した、その“見えぬ停止点キルゾーン”へ入った瞬間よ!!

うちの連中が組み上げたボンバード三十門からの

“熱殺の石と硫黄の暴風雨”を真上から叩き落として、

鉄塊一撃で船肉ごと沈めてやるんだァァ!!」


ただの小汚い漁港にすぎない波辺。

だが、その場に立つ技師たちの口からは、

この“死海の要衝”を“要塞”へと変貌させる

血が沸き立つような妄想と構想が、

肌寒い空気を震わせながら響き続けていた。


彼らの脳裏では、

今の港の姿などすでに欠片も残っていない。

幾万の鉄牙が吠え乱れ、

侵寇者の首という首を粉砕する――

“不落沈海の街砦”の姿だけが、鮮烈に輝いていた。



彼方で狂熱の策謀を語り合う技師たちから、ほんの少し離れた場所で。


ラバァルは声ひとつ発さず、ただ静かに佇んでいた。

『紅の波長を宿す深闇の隻眼』には、

真っ新な“暗落の火種インココア・ビジョナリー”だけが灯り、

冷え切った静観のまま、すべてを見据えていた。




――そしてその同刻、反対側の地上では。


荒波から引き抜いたような粗末な造りの「海辺仮設指揮棟屋」。

フェルスタット港の再築整備のため、簡易な作りで建てただけの仮拠点だ。


その建物の中では、タロッチ、リリィ、カリーナが、

作業員の割り振り、必要物資の一覧、各エリアの作業計画を

一枚一枚の紙に書き込み、

それをキッコリー、スパイク、ダイソンらに渡して指示を飛ばしていた。


スパイクたちはその指示書を抱えて担当エリアへ走り、

必要な資材を調達し、持ち場へ運ぶ。

地上では、港町の整備だけでなく、

農地の開拓、林業地帯の伐採、建築資材の運搬など、

広大なエリアの作業が同時進行していた。


働いているのは、かつての山賊や盗賊だった者たちだ。

ラバァルたちの開拓団によって長い年月をかけて従属化され、ヴァルミナス環へ 編入されていた、

今では万単位の労働力となって日々、賊事態とは違い、汗水垂らして労働していた。


彼らは飢えない食料と、夜に飲める一杯の酒という待遇に満足し、

独自の規律を作って生き延びていた。

反抗すれば次は即座に命を落とすことを理解していたからこそ、

彼らは黙々と働き続けているのだ。



そんな通常任務中のやり取りの中、海上の見張り役の仕事をしている

報告係のリップスが息を呑んだまま駆け込んできた。



「団長ッ! タロッチ団長!

黒い船が一隻、フェルスタット港へ向かってきてます!

しかも……ただの船じゃありません!」


タロッチは眉をひそめる。


「ただの船じゃねぇだと?」


「はい!

まだ遠いんですが、どんどん大きくなってきてます。

あれは間違いなく……今まで見たどんな船よりもかなりデカいんです。

沖の深みを、まっすぐこっちへ向かって進んで来てます!」


タロッチは書類を置き、

落ち着いた声で短く問い返した。


「デカいだけじゃ分からねぇ。どれほど離れてるんだ?」


「まだ1カイリ以上は、先ですね!

けど……単眼鏡でしっかり目視しました。

“形と大きさ”が分かるんです!

普通の船なら、まだ指先ほどにしか見えねぇ距離なのに……」


技師は息を整え、続けた。


「黒い船体が、海面の反射で揺らぐ“陽炎かげろう”越しに

ゆっくりと輪郭を押し出してきて……!

あの揺らぎの奥から、はっきり“巨大さ”が見えるんです!」


リリィとカリーナの顔も話を聞いて真顔に変化していた。


タロッチは即座に判断し、

「行くぞ」

と短く言い、数名を引き連れて小さな船着場へ向かった。


波止に出ると、

沖の深みに“黒い船影”がゆっくりと大きくなっていくのが見えた。

海面の反射が陽炎のように揺らぎ、

その揺らぎ越しに黒い船体の輪郭が押し出されてくる。


「……デカいな、やっぱり」

タロッチが呟く。


横でスパイクが単眼鏡を差し出す。

「タロッチ団長、これで見えるよ。」


タロッチはスパイクから単眼鏡を受け取ると、目にやり覗き込んだ。

そして船を見る、大きな黒い船を色々と見回り、マストの上部へと向かう、そしてその瞬間――


「……ん?」


黒船のクロウズ・ネストに、

こちらをじっと見ている影があった。


次の瞬間、

その影は大きく手を振り始めた。


タロッチがメロディが手を振ってるぞ!  と言うと、


スパイクがその単眼鏡を受け取り、どれ? と見た。


「……本当だ、団長の言う通りあれは……メロディだ。」


スパイクが吹き出す。

「団長、あいつ……めっちゃ全力で手ぇ振ってますよ!」


リリィも受け取った単眼鏡を覗き込み思わず笑ってしまう。

「メロディさん、あんな高いところで……落ちませんよね?」


カリーナは見る事もなく呆れたように肩をすくめた。

「相変わらず元気すぎるわね、あの人……」


タロッチは、口元にわずかな笑みを浮かべ。


「……無事で帰ってきたなら、それでいいじゃねぇか。」




だが、黒船はフェルスタットの浅瀬に阻まれ、

港へ近づく前にゆっくりと停止した。



「……やっぱり、あの辺りまでか」

タロッチは、沖で停止した黒船の様子を見つめながら呟いた。



スパイクが横で言う。

「団長、小舟を出しますか?」


「出すしかねぇな。

ラバァルたちを迎えに行って貰わないと、何時までも待たせちまったら後で文句言われちまうよ!


荷物も人も、全部ピストンで運ぼう。

有りっ丈の漁船に手伝ってもらえ!」


タロッチの声が港に響くと、

船着場にいた漁師たちが一斉に動き出した。

普段は網を扱う手で、今は櫂と縄を掴み、

小舟を次々と海へ押し出していく。


「船底に海藻絡んでねぇか見ろ!」

「櫂は全部持ったか、予備もだ!」

「潮が変わる前に出すぞ、急げ!」



荒れた港町の男たちが、

慣れた手つきで小舟を操り、

沖の黒船へ向けて漕ぎ出していく。


フェルスタットには、海を専門に扱える技師などほとんどいない。

今いる陸の技師たちも、住居や道の整備に追われ、

港湾にまで本格的に手を回す余裕はなかった。


だが――

この海で生きてきた漁師たちの動きは、

それだけで十分に頼もしかった。


潮の癖を読む目。

波の揺れに合わせて櫂を入れる勘。

浅瀬を避けるための、長年の“身体の記憶”。


技師の理屈とは違う、

海と共に生きてきた者だけが持つ確かな技が、

小舟を迷いなく沖へと運んでいった。




ようやく小舟で陸へとやって来たラバァルたち、


――その少し後ろで。


黒船から降りてきた技師たちが、

港の形、潮の流れ、浅瀬の広がりを

無言で観察していた。


(……この港、敵を寄せつけないには理想的だが、

味方の大型船も近づけねぇ構造か……)


(深みを引き込む“水路”を作るか、

潮の流れを変える“導流杭”を打つか……

いや、地質がどうだ……)


彼らはまだ口を開かない。

今はただ、

“どうすればこの港を大型船でも使えるようにできるか”

その構想を頭の中で組み立てている段階だった。


やがて、最初の小舟が戻ってきた。


ラバァルが無言で上がり、

次にファングが荷物を肩に担いで続く。


最後にメロディが、

ひょい、と軽い動きで船縁を越えた。

影が滑るように、重さを感じさせない着地。


本人は普通の顔で

「ただいまー!」

と手を振る。


スパイクが小声で呟く。

「……団長、あれ……なんか軽くねぇですか?」


カリーナはため息をつく。

「昔からああよ。気にしたら負け」


タロッチは肩をすくめた。

「無事ならそれでいい」


その横で、技師たちは

港の全体像を静かに見つめ続けていた。


――この港をどう“作り直す”か。

その議論は、後で必ず必要になる。




翌日、正午。

塩を大量に含んだ荒い海風が、フェルスタットの波打ち際に急造された木造の『仮設指揮所』を絶え間なく揺らしていた。

小屋の中は、生乾きの木材の匂いと、敷き詰められた羊皮紙やインク、そして男たちの濃密な体臭と熱気によってむせ返るような状態にある。


部屋の中央では、タロッチ、リリィ、カリーナの三人が、目の前で繰り広げられる常軌を逸した「絵図」を見せられ、ただ息を呑んで立ち尽くしていた。

卓を取り囲むのは、西の血の海からこの地へ降り立った四人の「技術の異端児」たち。


老練で分厚い背を曲げ、図面に鷹のように鋭い目を落とす技師長・ゴラン。

油で真っ黒になった分度器を指先で弾きながら、熱っぽい目で計算を追う若き技師クランク。

そして腕を組み、防衛ラインとしての赤い印を地図へ乱打している火薬統括長・ボウルダー。


さらに彼らから少しだけ離れた卓の端。

そこには、乾いた白木の板に、先の尖った鋭利な鉄筆スタイラスを使って、只ひたすらにカリ…カリ…と深い溝(曲線)を彫り刻み続けている男がいた。

船体構造設計技師ハル・アーキテクト――“曲線師カーヴァー”のシェルドである。

無精髭を生やし、濡れたような暗い目をしたこの男は、船の帆や甲板など空に見える構造には一切の興味がない。彼のみている世界は、常に「水面に沈む船底と、波の圧力」だけで構築されていた。


「……海岸線から沖へ八百ヤード。そこが、この港に近づける限界の海溝ドロップオフだ」

シェルドが、鉄筆の動きを止めずにボソリと呟いた。

「そこから岸へ向かって急激に浅くなり、隠れた岩礁と分厚い流されやすい砂礫されきの丘が横たわっている。船の揺れ方と波の立ち方だけで分かる。どんなに優れた操船技術があろうと、あの八百ヤードの境界線を越えて船体をねじ込めば、必ず腹の竜骨を岩に食いちぎられて座礁する。天然の大城壁だ」


その言葉に、ボウルダーが自慢の髭を撫でながら不敵な弧を口元に引いた。

「そこだ。そこがこのフェルスタットの持つ、恐ろしい『牙』の正体よ」

彼は大きな指で、地図上の八百ヤードの境界線を叩いた。

「敵国が巨大な戦列艦を何十隻並べて攻めてこようが、あそこの手前で必ず腹を止めて横を向けざるを得ない。そして、彼らが積んでいる艦載の大砲……一般的なカルバリン砲では、揺れる波の上からこのフェルスタットの陸の重要拠点までは弾が届りゃしねえ。威力が風に散るからな」


タロッチが喉をゴクリと鳴らした。

「……我々の港には、敵の弾が届かない?」


「そうではないが、狙いは大きく外れるし、威力もかなり削がれることになる。」ゴランが重い声で応じる。「だが、陸から撃つ場合は話が別じゃ」

老技師長は丘の上のポイントを示した。

「揺れのない陸地の大岩盤を削り、巨大な曲射式の重砲ボンバード群を据え付ける。弾丸の重さも、火薬の量も、船に乗せる必要がない陸の砲なら制限なく大型化が可能だ。あらかじめ測量し、あの『敵が立ち止まるしかない八百ヤードの境界線』へ、巨弾が正確に降り注ぐように角度と発条バネを固定しておく」


クランクがニヤリと笑い、言葉を継ぐ。

「つまり……敵さんが何も知らずにあの境界線で急ブレーキをかけた瞬間に、こっちからは絶対に届かない射程から、一方的に致死量の鉄と火の雨を何百発も浴びせ続けることができるってわけだ。盤面で言えば、【完璧なはめ殺し(キルゾーン)】の防衛網の完成だ」


圧倒的な軍事構想。

しかし、この夢のような要塞図面を描き上げる前に、立ちはだかる決定的な現実があった。


「盤を見通すのは良いがな」シェルドが鉄筆の木屑をふっと息で吹き飛ばす。「その八百ヤードの海溝があるせいで、俺たちの持ってきた巨大な黒い船も近づけない。武鋼の積み荷と人材を小舟で往復させてりゃあ、何ヶ月経っても恩恵は陸に上がらんぞ。あの八百ヤードの荒波の上に、重い船と結ぶための巨大な『大桟橋』を架けなきゃ、この壮大な計画は一歩も始まらない」


その言葉が落ちた瞬間だった。


――バァンッ!!

仮設指揮所の薄い板扉が、外れるほどの勢いで乱暴に蹴り開けられた。

吹き込む潮風と共に、革の作業着に硬い土の粉をこびりつかせた屈強な男がズカズカと踏み込んでくる。


「……随分と気楽な寝言が聞こえてきたが、素人どもが。波の力ってもんを知らねえのか」


このフェルスタットの再開発と港湾土木を一身に任されている『ゴブリンズ・ハンマー』の若き親方――ビンゴ(三十歳)だった。

彼は卓まで歩み寄るや否や、腕を太く組み、海の職人たちを傲慢な目つきで睨み下ろした。


「さっき使いの者から話を聞いたぜ。沖の八百ヤード先からこの波打ち際まで、たった数週間で一時的な『木造の大桟橋』を突っ切って架けろだと? 馬鹿も休み休み言え。冬の海流が荒れ狂うこの海に木を刺したところで、三日で波に木っ端微塵に折られるのが落ちだ!」


「その橋は、純粋に海と陸の血流を繋ぐためだけの強靭な【流動の道】じゃ」

老練なゴランは、怒鳴り込んで来た若獅子の血気にも顔色一つ変えなかった。彼は静かな動作で、油紙に黒鉛で緻密に引かれた一枚の図面を広げた。

「……若造、吠える前にこの図面を見てから言ってみろ」


ビンゴが鼻で笑いながら油紙を見下ろす。

しかし、その網膜に図面が焼き付かれた瞬間、彼の粗野な笑みはピクリと凍りついた。

そこに描かれていたのは、ただ丸太を海底に突き刺すだけの無骨な橋ではない。幾重にも木材を歪曲させてしならせ、波の打ち付ける圧力を個々の柱ではなく『構造全体へと曲線で逃がして分散させる』という、異常なまでに天才的な水力学の編み込み絵図だった。


「……な、なんだこりゃ。この網の目のように絡めた斜め梁の張り方……波(水)そのものをいなすのか……」

「海は形で語るんだよ。親方さん」

シェルドが白木からわずかに視線を上げ、暗い目で言った。

「海では『固定すること』は死を意味する。そこにあるのは、俺が測量した波の周期に合わせ、構造自体をゴムのように『呼吸』させるための解答だ」


ビンゴの目が驚愕に見開かれ、純粋な職人としての直感が警鐘を鳴り響かせる。

「……恐ろしい力学計算だ……だがな、爺さん! 水の逃がし方が天才的でも、足元ベースがお留守だ!」

ビンゴは瞳に再び「大地の主」としての反発の炎を燃やし、汚れた太い指で、図面の下部の基礎杭を強く叩きつけた。


「このフェルスタットの浅瀬の底は、ただの岩盤じゃねえ。波で常に形を変える『分厚い砂礫と流砂の層』が覆ってやがるんだ! 波を逃がすだけの構造で浅い杭を組んだら、足元の砂礫が波にさらわれた瞬間、自重のバランスが崩れて片舷に沈み込むぞ!海は読めても、大地の底力と地盤を舐めすぎだ!」


激しいジャブの応酬。

クランクが肩を怒らせるが、ゴランの分厚い手がそれを無言で制した。老技師長の深い眼窩には、自分が残しておいた極小の「欠陥」を突き破ってきた若き才能への、純然たる評価の炎が灯っていた。


「……見掛け倒しの土砕きではないようじゃな。ならば若いの、お前なら波で崩れる砂礫の下へ、どう強固なくさびを食い込ませるのだ?」


「俺たちゴブリンズならこうする。基礎杭はまっすぐ落とさねえ。波の影響を受けない深さの真の岩盤層まで届くよう、『鉄の楔』を被せた重し材を外角から斜めに突き刺す! そしてその足元の砂礫が流されないように、周囲に何トンもの『捨て石』をすり鉢状に投下して波の浸食を殺す! 木の粘りと大地の重さを鎖で結び合わせるんだよ!」


二つの全く異なる職人の流儀が激突し、目に見えない火花が机上で千切れるように散り続ける。しかし、その激突の中で放たれる言葉たちは、互いの死角を埋め合わせる『一つの強靭な設計』へと融け合い始めていた。


やがてゴランがゆっくりと油の染み込んだ革手袋を取り、生の手のひらをビンゴへと差し伸べた。

「お前たちの大地を縛る剛の知恵。ワシらの波の知識と理論。……どうじゃ若いの、ラバァルという男の足元で、一つ大陸の歴史の盤面を根こそぎ書き換えるような大事業の幕明けをやってみんか?」


ビンゴは、差し出されたその圧倒的な職人の年輪の刻まれた手を静かに見つめた後、タコだらけの分厚い手を振り上げ、岩と岩がぶつかるような音を鳴らして力強く握り返した。


「……面白い! ゴードックの親父の名看板に懸けて、やってやろうじゃねえか。海の爺さんたちよォ!」


異質な専門性。決して交わるはずのなかった陸と海という二つの世界が、共通の熱量の下で、初めて融合の楔を打ち込んだ瞬間だった。


その荒々しくも美しい「創造の火花」を前に、陸の防衛責任者であるタロッチは、額から流れ落ちる汗を拭うことすら忘れ、広げられた設計図面と荒くれ者の顔を交互に凝視していた。


「……信じられん」

タロッチはかすれた声を絞り出した。彼の手元の集計板には、フェルスタットの無力な資源だけが書き込まれている。

「ただの朽ちたこの漁港を……何年もかけて『敵の重砲を完全に封殺し、一方的に沈めるための巨大要塞陣地』に変えるというのか。その途方もない大事業の第一歩として、まずは数週間で、この波打つ海へ巨大な桟橋を架けると……」


西の海から生還した彼らが持ち帰ったのは、武鋼や人材だけではない。『世界を盤面ごと裏返して書き換えるための構想力』そのものだった。


その時、壁際に寄りかかっていたファングが、静かに一歩前に出た。

「……数週間の突貫で作るのは、海と繋がる桟橋だけ。そして要塞化には年単位の時間がかかる。その理論はよくわかった。俺もあんたらの技術には、一滴の疑いも持っていない」

海部隊の長たるファングの重い声が、むせ返るような小屋の空気を引き締める。

「だが、一つ確認させてくれ。要塞として完成するまでの間……敵国の重装甲艦が、素直にその防衛ラインの外で待っていてくれる保証はあるのか?」


「鋭いな、海の頭領ボス。……保証なんてものは、火薬樽の中には初めから一個も入っちゃいねえ」

ボウルダーが太い指で海面を指す。

「連中の大砲の玉が、この陸の集落や我らが作ろうとしている砲台まで『絶対に届かない』わけじゃあない。自爆覚悟の狂人に舵を握らせ、砲身の限界まで火薬をパンパンに詰め込んで追い風でぶっ放してきやがったら……何発かは手前の防壁を越えて、村の屋根に降り注ぐ可能性がある」


その言葉に、部屋の空気が微かに凍りついた。

安全圏など、この血の臭いのする世界には存在しない。


「……なるほど。だからこそ、桟橋と並行して『ベース』の建築が必要になるわけか」

壁際で酒瓶を弄っていたセラが、低く喉を鳴らす。

海賊部隊の指揮官としての凄みをはらんだ彼女の視線が、ビンゴを真っ向から射抜く。

「敵のマグレ当たりの凶弾が村の急所に直撃したら、要塞が完成する前にこの土地自体が崩れちまう。……あんたたち陸の土建屋ゴブリンズは、この数週間で橋を架けるのと同時に、その敵の凶弾を跳ね返せるだけの分厚い盾……基礎防波堤や、初期の投石機トレビュシェットの陣地くらいは、今すぐ村の背に築き始められるってことでいいんだね?」


ビンゴはセラの視線を真正面から受け止め、狂暴なまでに若々しい破顔を浮かべた。

「当たり前だ、姉ちゃん。……港湾全体を要塞化するには何年もかかる大工事になるがな。当座の波と弾を凌ぐ防波堤の基礎と、初手の投石機用の石の陣地くらいなら、桟橋工事と並行して今すぐぶっ建ててやるよ!」


ビンゴは己の太い親指で、自身の胸を強く叩く。

「ただの岩じゃない。大岩を鎖で縛り上げ、その網目の間に俺のギルド秘伝の『粘土と石灰の緩衝材』を山のように詰めて叩き固める。鉄球が直撃しても、岩が砕ける前に後ろの粘土層が衝撃を食い潰す防弾の盾だ」


「海は形で語り波をいなし、陸は重さで作られ衝撃を飲み込むというわけか」シェルドが図面の片隅からボソリと補足する。


「そういうことだ、曲線の兄ちゃん」


彼らの果てなき泥臭い覚悟に、ファングは満足げに頷いた。

「いいだろう。……タロッチ、お前の部隊は村の避難経路の再定義と、この長期に渡る建築資材の確保分配に回ってくれ。技術は俺たちと彼らが束ねる。だが、それを何年も滞りなく回すための『血流(物資と人の流れ)』の管理は、地の利を知る陸の団長やカリーナたちにしかできねえ」


「承知した。フェルスタットの命運、このタロッチの全てをかけて支援する!」

あっけらかんとした、顔役は、すでに目の前の巨大な熱量にあてられ、凄みのある覚悟を決めた顔になっていた。


その場に交錯する濃密な言葉の一部始終を。

梁の上から逆さにぶら下がりながら、メロディはただ静かに、その猫のように細めた暗い瞳で観察していた。

彼女の視線の先は、熱く議論を交わす男たちではない。その部屋の最も深い影の奥に、さもそこにははじめから誰も存在しないかのように、微動だにせず座り続けている男――ラバァルであった。


(……一言も、発していない)


これほどの気の遠くなる年月に及ぶ大事業の青写真が引かれようとしているのに。その設計図が、彼という存在の足元を堅牢な岩盤に叩き直そうとしているのに。

軍談の最中、ラバァルはただの一回の瞬きすらせず、口の端の筋肉すら動かしていなかった。


ただ、彼の**『紅の底に色濃き影を宿す瞳』**だけが、部屋の中で蠢く男たちの熱気を、まるで冷たい井戸の底へ一滴ずつ零れ落ちる水滴を数えるように、底なしの暗黒の奥へ吸収し続けている。


ラモンが、その視線の重さに耐えかねたように小さく息を呑む音がする。

メロディの背筋に氷のような戦慄と、内臓の底が甘く痺れるような熱が同時に走った。


彼は、指示などしない。

しかし、彼がその静謐せいひつな瞳を開いて奥に座っているという事実そのものが、この職人たちの魂の奥底にある【揺るぎない価値】を強引に引きずり出し、己の命を削ってでも到達点を見せつけなければならないという、重圧を与え続けている。


命令で動く人間など、たかが知れた限界しか出せない。彼らを極限まで駆動させるのは、職人たち自身が己の狂気と誇りを証明したいという内側の炎だけなのだ。


「……たまんないわね。本当に」


メロディは誰に聞こえるでもない微小な呟きを漏らし、影の中へと融けるように己の気配を薄くした。

海と陸。全く相容れないはずの二つの頂点が強固な握手を交わしたこの仮設指揮所から、フェルスタット港の絶望的な地形を『不落の拠点』へと作り変えるための、途方もない年月と熱量に及ぶ大工事が、今、確かな鋼の槌音と共に産声を上げようとしていた。


        *


あの強烈な誓約の握手が解かれ、荒々しい余韻が小屋の空気に溶けきるより早く。

中央の卓を囲む四人の男たちは、極度の興奮を下腹に押し殺し、すでに冷徹で狂的な「職人の眼」へと完全に切り替えていた。


「さあ、そうと決まれば悠長に酒の算段をしてる暇はねえぞ! おい、海の爺さん、この図面の三番目の構造の継ぎ目だ!」

ビンゴが卓上の油紙を乱暴に手繰り寄せ、削りかけの黒鉛で木材の連結箇所へ太く幾重もの斜線を書き込む。紙がゴリゴリと削れる音がした。

「この“しなり”を持たせる波除なみよけはりだがな、陸の手法じゃここは太い銅のびょうで固定する。だが海風と塩分に晒されりゃ、数ヶ月で緑青ろくしょうを吹いて中から木ごと腐り折れちまう。だから俺のギルドに伝わる、木材そのものを極細の蒸気で煮込んで反らせる『曲げ木』の工法と、硬木の留めダボだけで網の目に編み上げるやり方に変えるぜ!」


「……ほう、かなめの接着に鉄釘も金輪すら一つとして使わんというのか」

ゴランが深く皺を寄せ、ビンゴの引いた黒鉛の線を鋭い目で見つめたのち、図面の端を太い指で弾いた。

「老練な判断だ。だが、冬の海の容赦ない引き圧に耐えさせるには、お前さんの言う木留めだけでは構造の弾性が足りん。クランク! 木の栓の隙間に、西で仕入れた『鯨のけん』を油でなめた筋糸を一重に結び絡ませろ。張力が三倍に化けるぞ!」


「おうよ、オヤジ! ついでに、この基礎杭の真上だ!」

ビンゴよりひと回り若く、血気盛んな造船技師クランクが、歯車と滑車の専門家としての直感で図面に割って入った。木炭の先で、基礎図の石壁の一部を乱暴に塗りつぶす。

「ビンゴのあんたが海底の岩盤に鉄杭を直打ちしてくれるのは死ぬほど頼もしいが、ただの重い『捨て石』を盛るだけじゃ、波の抜ける場所がねえ。石の壁の隙間に数カ所、海水をわざと内側に通してから流す『水抜き穴』を細工してやらねえか? 内部で水圧を殺して分散させりゃあ、大元の岩盤へのダメージは劇的に減るはずだ!」


「……なるほどな。分厚い石の壁を全部塞ぎ切るんじゃなく、あえて海流に通り道を作っていなすのか」

ビンゴが大きく頷き、石灰で汚れた親指で硬い顎を擦る。

「さすがは海の野郎どもだ、水との付き合い方に理不尽な執念ハングリーがありやがる。よし、外殻の基礎石積みは俺たちゴブリンズの筋肉で完璧に組み上げる。だが、底のどの方角に、どれくらいの角度で穴を開けりゃ波の力が相殺できるかは、俺たち陸の人間じゃ計算できねえ。どうする?」


「海は形で語る」

ボソリと、卓の隅からシェルドが口を開いた。彼の乾いた白木には、鉄筆の削りカスが積もり、フェルスタットの海底地形と潮の満ち引きが、異様なほど生々しい高低差の曲線となって刻み込まれていた。

「……満潮と干潮、そして冬特有の北東から来る重いうねり。俺が波の圧力がゼロになる『抜け穴の角度』の数字を全部出してやる。あんたたちは、俺の指定した水深と角度の通りに、ただ正確に岩を沈めて組めばいい」


「ゲハハハ! 最高にイカれた算段じゃねえか!」

火薬長ボウルダーが図面の上に分厚い拳を叩きつける。

「波の衝撃を食い潰す橋の基礎がそれだけ強固に定着するなら、海岸の斜面に掘り込む重砲ボンバードの陣地も、限界よりさらにヤードの半分だけ前にせり出させることができる。敵の船が八百ヤードの境界線で立ち止まった瞬間、完璧な真上の角度から、五十貫の石の雨を甲板ごとブチ抜いて落としてやれるぜ!」


黒鉛と赤インク、木炭まみれの指先が、次々と一枚の図面の上で交差しては古い計算式を塗りつぶしていく。

陸の建築理論が海の弱点である『足元の不安定さ』を大地の重さで縛り付け、海の造船理論が陸の弱点である『波の流動への脆さ』を柔らかな曲線で受け流す。


「おら陸の若大将、ここの木組みの幅はもっと寄せろ! 海のうねりを舐めるな!」

「うるせえ造船小僧! こんだけ砂礫が厚れぇんだ、重しを限界まで入れねえと浮力で浮いちまうだろうが!」


22歳のクランクと30歳のビンゴ。強烈な我と若き情熱を持つ二人が額を突き合わせて野犬のように吠え合い、それを老練なるゴランとシェルドが、冷徹な物理の方程式によって寸分の狂いなく編み込んで繋ぎ止めていく。

荒々しい罵声とジャブの応酬の底に流れているのは、敵対心ではない。互いの技術の極限を理解し、相手の力量を骨の髄まで認め合った者たちだけが共有できる、極上の誇りと連帯感であった。


その光景――紙の上で異なる二つの法則がドロドロに溶け合い、新たな概念へと変異していく熱量の渦を。

仮設指揮所の暗がりの奥から、ラバァルは声一つ立てずに静かに見つめ続けていた。


物質の結合を紐解き、理不尽に塵にして世界から消し去ることは造作もない。彼に宿るその特異な力は、ただ一瞬の冷徹な意志だけで完了する。

だが、『創造』は困難を極める。

破壊された虚無の跡地に、何か新しく巨大な意味を形作ろうとすれば、これほどの血と泥に塗れた摩擦や、真逆の魂同士の衝突という、気の遠くなるような“人間の熱”を不可欠の触媒としなければならないのだと。


ラバァルは、紅い瞳を微かに細めた。

彼は知っている。この熱に浮かされた知恵の融合と、互いを信じて技術を骨が折れるほど叩きつけ合う泥臭い営みこそが、己が持つ破壊の力を、真に意味のある『次なる世界線』へと転換させるための唯一の歯車であることを。


老練で柔軟な海の知識と、大地に根差した陸の剛力の結合。

それは、魔法のような奇跡で卑金属を黄金に変える御伽噺の術ではない。

人間が個々に持つ矮小な技術を極限の圧力で結び付け、不可能とされた絶望の地形を、大陸全土を飲み込む血の拠点へと変質させる――これこそが、人間の内燃を用いた純然たる【真の錬金術アルケミー】だと言えたのだ。


やがて、分厚い扉の外。海風が吹き荒れる砂礫の波打ち際から、最初の一本となる巨大な「防波堤の鉄長杭てつながくい」が、地盤深くへと打ち込まれた。

大地を穿つその重く鈍い鋼の轟音は、フェルスタットの空を震わせ、新しい時代の基礎が打たれたことを告げる産声となって世界へと響き渡った。




長く空けていました、暫くは、あまり出せません、が、引き続き先の荒書きはあるので、なんとか最後まで書きとおすつもりです、今回もさいごまで読んでくださった方たちに感謝します、続きを見かけたらまた読んでみてください。   

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ