第七話
紫苑の結界に守られた東屋。
この東屋の側でミリアンナが暮らし始めて数ヶ月。
「……紫苑くんが眠っている姿って……初めて見たかも……」
東屋の側にある大木に寄りかかり、目を閉じている紫苑。
お昼寝をしているのかな、と起こさないようにミリアンナは静かに近寄ってみる。
「(……目を閉じていると、起きている時よりも子供っぽい気がする。
でも、顔の綺麗さは変わんない……てゆーか、女の私よりも綺麗。
何だろうなぁ……昔、お母様が言っていた"砂糖菓子みたいな甘い声音だけで異性を腰砕けにする文学青年の皮を被った雷様"って紫苑くんみたいな人のことかな?)」
ふむふむ、と紫苑の顔を見詰めながらミリアンナは考える。
「(……王太子さまより整った顔立ちだし……んー……王太子様って幼女趣味らしいからなあ……)」
屋敷の使用人たちが話していた噂をミリアンナは思い出す。
話の半分も成人前のミリアンナには理解は出来なかったが、王太子は相手が幼ければ幼いほどに好きらしい。
「(……だから……私よりも五つ下のリリアーナがお好みらしいし……)」
もうすぐ十三になるミリアンナよりも五歳年上の王太子フレドリック。
「(お父様が生きていた頃から、私を王城に呼ぶ時は絶対にリリアーナを連れて来るように厳命されていたっけ。)」
ふわふわの金髪に青い目、色白な肌。
ちょっぴり……ちょっぴりでは無いけれど、我が儘な女の子らしい女の子、リリアーナ。
そんなリリアーナを嬉しそうに膝の上に座らせて。
一応なりとも婚約者のミリアンナの目の前で、その手ずからリリアーナの口へとケーキを運ぶフレドリック。
「アレで……婚約者って言われてもなぁ……」
「寝起きにもの凄く気持ちの悪い記憶を、繊細な僕の頭に叩き込むのはやめてくれませんか。」
「うわっ……?!」
唐突に開いた紫苑の目に、ミリアンナは驚きに肩を揺らす。
「え、え?
ごめんなさい、起こしちゃった?」
「……ミリアンナは、悪くありませんけど…………寝起き一番に幼女趣味の気色の悪い野郎の絵面なんて見たくありませんでした。」
「……紫苑くん……私は言葉にしてないし、見せてもないよ?」
気色の悪い絵面を見たくないと言われても、ミリアンナは困ってしまう。
だって、ミリアンナは頭の中で思い出しただけで、実際に絵を見せていないのだから。
「そうですねぇ…………愛の力です♡」
「なんか……誤魔化し方が雑だよね」
呆れたというよりは、変な人だとミリアンナは笑ってしまう。
この数ヶ月の間に、紫苑の変な言動にはだいぶ慣れてしまったとミリアンナは悟っていた。
「……紫苑くんって、見た目は綺麗な顔をした妖しげな本好きって感じだけど、時々変だし、性格が悪そうな感じがする……」
『雷様って言うから、どんな毛むくじゃらの山男みたいな奴かと思っていたんですけど。
見た目は何か……女を虜にする妖しげな色香を纏った文学青年っていうか……?
めっちゃ綺麗な顔だけど、性格悪そうな感じですね!』
重なる。
「っ…………性格が悪そうなんて、こんな優しい僕を捕まえて酷いですよっ!
僕が泣いたら、ミリアンナが責任持って泣き止ませてくださいね」
「え?
紫苑くんは、このくらいで泣くような性格じゃない気がするけど……」
正解です、と小首を傾げて微笑む紫苑に、ミリアンナが手を伸ばす。
「……でも、紫苑くんが悲しくて、辛くて泣いた時は、私が側にいるよ」
「……っ……」
過去に思いを馳せていたからだろうか?
頭を撫でるミリアンナの手の温もりに、紫苑の心がざわつくのは。
「……そういう君も……変な所で似ていますね」
「誰に?
私の知っている人?」
過去に喪った人間と同じ藍色の髪が風に揺れる。
顔立ちは瓜二つでは無いのに、小さな仕草がミリアンナは似ているのだ。
「そうですねぇ……百五十年ほど前に出会ったお馬鹿な人間にです。」
「えー……紫苑くんは、お爺さんじゃないよ?
それに、人間は百五十年も生きられないと思うの」
からかっているのかと唇を尖らせるミリアンナに、紫苑は妖しく微笑む。
「言質は取りましたよ、ミリアンナ。」
……特別と思った……大切な人間を喪うのは、一度きりで良い。
「僕はミリアンナが側に居てくれないと、辛くて辛くて。
悲しくて、苦しくて、すぐに泣いてしまいます。」
自分という……強大な力を持つ精霊の前で誓った言葉。
「……だから、ずっと僕の側に居てくださいね」
怖がらせないように。
脆い人間を壊さないように。
細心の注意を払って、ミリアンナの小さな手に紫苑の手を重ねる。
「紫苑くんは寂しがり屋さんなの?
出来る限り恩人の紫苑くんの側に居たいとは思うけど…………フランソワ侯爵家や王太子との婚約の件もあるし……」
困った表情を浮かべつつも、ミリアンナは紫苑を拒絶しない。
「うん……出来る限り側に一緒に過ごせるように頑張る!」
どんなに大人びたように振る舞いながらも、まだ十二歳のミリアンナは笑顔で応えた。
「……約束、ですよ」
「約束ね!」
その約束の重さをミリアンナは、まだ知らない。
「…………」
喪う気は無いのだと、妖しく紫水晶の瞳を輝かせる紫苑の執着心。
その危険性を教える大人も、ミリアンナの側にはもう居なかった。
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