第六話
……人間とは、儚い生き物だ。
「雷様!
今日は、機嫌が良さそうですね!
なんか高い塔の上から笑顔で誰かを突き落とした感じっすか?」
「……君が僕のことをどんな風に見ているのかが、よく分かりました。
お望みならば、高い塔と言わずにお空の上から落として差し上げますよ」
「ひっ?!
すんませんっ!マジですんませんっっ!!」
……まるで、一夜の夢。
「……何をしているんですか?」
「へ……?
雷様、こんちわっす!
見ての通り、雷様についての取扱説明書を子孫に残そうかなって」
「"妖しい色香を纏った文学青年風の絶世の美男子の皮に騙されるな。
中身はドS、独占欲強め、執着心強めの三重苦の年齢四桁以上の爺さんだ。"」
「あ……あは、あははは…………か、雷様って人間の文字を読んだり……」
「初対面の時に読書をしていましたが?」
「……………すっ、すんませんすんませんすんませんっっ!!
地面にめり込む勢いで謝りますんで!
その手に握ったバチバチ光る雷は勘弁してくださいっっ!!
俺っ!もう若くないんで死んじゃいますぅぅぅぅっっ!!!」
……青年が中年親父となり、番を見付け、子を成した。
「見てくださいよぉ!
妻に似て、めっちゃ可愛いこの笑顔!
マジで世界の宝だと思いませんか?!」
「人間にしては整っているとは思いますよ。
でも、それだけの生き物ですね。」
「えーっっ?!
なんてことを言うんですかっ?!
この可愛さが分からないなんて、モグリっすよ!
それに、顔は妻似ですけど、中身は俺似らしいっす!」
「……そう、ですかねえ?」
「そうっすよ!
……俺似だから、きっと……雷様、紫苑様も気に入りますよ。」
「…………」
「俺が…………いえ!
俺、子だくさんが夢ですからね!
賑やかな子供達が増えれば、寂しいなんて言う暇もないくらい楽しい毎日っすよ!」
「……まぁ、楽しみにしておいてあげますよ」
……子だくさんなんて言っていたクセに。
あんなにも幸せそうに、笑っていたクセに。
「……雷様……すんません。
妻が……死んじゃいました。」
「…………」
「俺……妻以外を嫁に迎える気はないんです。
だから……子だくさんの約束は守れそうにないっす……」
「……子だくさんを求めてなどいませんよ。
僕は、お前が面白いから眺めているだけですからね。」
「……ありがとうっ……ございます……っ……」
「……待ちなさい。
何で僕に引っ付くんですか?
顔面から色んなものを垂れ流して…………好きにしなさい」
……番を喪って、顔面からあらゆる物を垂れ流して泣いて。
いつしか、中年オヤジは……年寄りになった。
「雷様……」
「……何ですか?」
「……ずっと……側にいて下さって……ありがとう、ございました……」
「急に、何です?
気持ち悪いことを言わないで貰えますか?」
一日の大半を寝台の上で過ごすようになった人間。
若かった頃の藍色の髪は真っ白になり、張りの有った皮膚には年輪のようなシワが刻まれていた。
「……雷様……儂の、俺の子も、孫も……俺にそっくりの……騒がしさと、面白さでしょう……?」
「…………お前ほどでは、ありませんよ。」
「紫苑様……俺が居なくなったら、泣いてくれますか……?」
「泣きませんよ。
お馬鹿なお前との約束が終わって、馬鹿な雷様の僕がまた雷を無駄撃ちするだけです。」
「……それは、困ったすねぇ……」
青年、いや老人は若い頃の喋り方を意識して語り、目尻を下げて困ったように笑う。
「……だから、死んでいる暇などお前には有りませんよ。
これからも、生き続けて……ずっと、僕を楽しませろ」
「それは……無理っす……俺は、人間ですからね……命の終わりは、くる……。
永遠なんて……俺の、性に合いません……から……」
老人の命は尽きかけている。
その証拠に、胸が苦しく声が掠れてしまうのだ。
「……し……ぉ、ん……さ……」
生命の終わりは……すぐ其処だ。
「……ぁ……っ……」
老人はぼやけた視界の中で懸命に紫苑の姿を探し、くぐもった音を拾い上げようとする。
「………………」
老人の乾いた唇から音が消え、代わりに心の中で呟く。
「(……雷様……紫苑様……。
綺麗で穏やかそうな顔をしているくせに、意地悪で気難しい精霊様。
昔みたいに、馬鹿みたいに雷の無駄打ちはしないでくださいね……。
どうか……俺の子孫を、子供や孫を宜しくお願いします。)」
弱くなっていく心臓の鼓動。
「(……紫苑様は、寂しがり屋なところがあるから……心配です……。
儂なんかの死で、泣かないといい……。
いや……泣いてくれたら…………せめて、名前を呼んでもらえたら…………)」
遠くなっていく意識の中で、老人は苦笑する。
紫苑と出会ってから数十年。
老人にとっては短くない生涯の中で、ただの一度も呼ばれたことのない名前。
きっと忘れている……だから、呼んで貰えることなど……
「……ジオラルド」
「っ……」
目を見開く。
今、確かに……確かに聞こえた……!
「………………」
老人の、ジオラルドの口元が幸せそうに綻ぶ。
「…………やはり、お前は……お馬鹿ですよ……」
紫苑が呼んだ己の名前を抱いて。
今宵、一人の老人が天へと帰って逝った。
遺されたのは……変わることのない、いや……心の在り方を変えられた雷様。
老人が居なくなっても、時は流れ続ける。
「…………」
ジオラルドと初めて出会った大木の側で、変わらぬ紫苑は天を仰ぐ。
「お前の子孫は、元気ですよ」
近くの茂みが揺れ動き、赤いリボンが見え隠れする。
「…………雷、日和ですねぇ……」
なんとなく。
白い雲が浮かぶ青空に、雷を走らせたくなる。
「……約束は、守ってますよ」
しかし、その青空に似た笑顔を思い出し、雷を走らせることなく手元で紫苑はバチバチと静電気を起こし、火花を散らせる。
「かみなり、しゃまだっっ!!」
近くの茂みに、数年前に生まれた子孫の一人がいることには気が付いていた。
「…………っ……」
紫苑の弄んでいた静電気に目を輝かせた赤いリボンの幼子が飛び出した。
まん丸な目をキラキラと輝かせ、無邪気に喜ぶ笑顔は…………ジオラルドにそっくりで。
「かみなり、しゃま?」
「……っ…………」
「かみなり、しゃま……いたい?
えんえん、する?」
「っ……僕は、泣きませんよ……!」
抱き寄せた小さな幼子の温もりは、確かに…………大切に想ってしまった人間との繋がりが刻まれていた。
「……小さなお嬢さん。
君のお名前は何ですか?」
「ん……?
みりぃは、みりぃだよ。
みり、あんなでしゅ……!」
藍色の髪に赤いリボンの幼子が紫苑を見上げて微笑んだのだった。
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