第四話
ミリアンナが一人暮らし……二人暮らしを初めて数日。
「……ねえ、何で誰も探しに来ないのかしら?」
お昼ご飯代わりの果物を食べながら、ミリアンナは首を傾げる。
「おや?
難しい顔も、可愛らしいですね。」
「っ……紫苑くん!
私は真面目に言ってるのっ!」
両親、祖父母以外から可愛いと言われ慣れていないミリアンナ。
一瞬だけ口篭るが、頬を赤く染めながら言い返す。
「まぁ……僕にとっては、不思議でも何でも有りませんので。」
にっこり。
この数日で見慣れてしまった紫苑特有の妖しい微笑み。
「理由……知ってるの?」
ミリアンナの顔が不安に歪む。
あの義母や異母妹は、執念深そうだから……
「(使用人達に私を見つけ出せって…………折檻するとか、言ってそう……)」
痛いのは嫌だ。
でも……アイツらに負けるのは、もっと嫌だ。
「おやおや……この僕がいるのですよ?
僕の大切なお嫁さんを、人間如きに折檻などさせませんよ。」
「…………今、思ったことを口に出していないんだけど……」
目を瞬かせる。
そう言えば……この数日間。
口に出していない、心の中だけで呟いたことに普通に返答されていたような……?
「愛の力かもしれませんね。」
「あい?」
……あい?
心を読める……あいって何?
「……そう、真面目に捉えられると困りますね。」
珍しく紫苑が苦笑する。
「そうですねぇ…………此処は、資格がなければ入れませんから。」
「資格……?」
紫苑は、微笑む。
「そう、資格です。
……元々、君の血筋……ミリアンナの母親側の血筋を好んでいたもので。
……お気に入り以外の人間に価値を見いだせませんし……ね?
増してや、塵屑以下の劣等種など興味を持つ以前の話です。」
邪気のない笑顔。
「……要するに……フランソワ侯爵家の血を継いで無いとダメってこと?」
「ちょっと違いますが、概ねそんな感じですよ。」
不思議そうなミリアンナに優しく微笑む紫苑。
「それよりも、昼からは東屋の周囲に畑や洗濯物干し場を作ると言ってませんでしたか?」
「あ……そうだった!」
簡単に誘導できる素直な魂。
「…………貴女が、此処にいることは伝えていますしね。」
紫苑の瞳に仄暗い炎が燃える。
月のない闇夜のように暗い微笑み。
王太子だとかいう、くだらない人間の相手をミリアンナがする必要もない。
――劣等種は劣等種同士、乳繰り合ってろ。
「紫苑くん……?」
「……ミリアンナは、果物を食べる姿も頬袋にドングリを詰める食い意地が張った栗鼠みたいで可愛いですね。」
「誰がっ食い意地が張った栗鼠よっ!」
頬を膨らませる純粋無垢な乙女。
「可愛いって褒め言葉ですよ?」
微笑む。
幼い人間の雛は、壊れやすい。
今はまだ……真綿で包み込むように大切にしておこう。
フランソワ侯爵邸。
当主だった亡き夫グランジスの部屋に、後妻であるナルシッサはいた。
「どうして小娘一人みつからないのっっ?!」
手元にあった置物、本。
ナルシッサはヒステリックに叫びながら、役に立たない使用人達に投げ付ける。
「おっ、恐れながら、私共も昼夜問わず探し回って……」
「言い訳は聞きたくないわっ!」
ナルシッサは持っていた扇で執務机を激しく叩いた。
「だいたいっ!
侯爵邸の壁いっぱいに消えないインクで落書きをした犯人も見付かってないじゃないっっ!!」
数日前。
それこそ、ミリアンナの行方が分からなくなった日。
玄関ホールの壁いっぱい。
"精霊に愛されし、フランソワの血筋は東屋にあり"
血のように赤いインクで殴り書きされた文字、文字、文字っ!
「だいたいっ!
この屋敷に東屋なんて無いでしょう!!」
「…………御座います。」
「は?」
年嵩の執事が静かに答える。
「ただ……その東屋に行けるのは、今は亡き大奥様と前奥様……そして、ミリアンナお嬢様だけに御座います。」
「っ……それ、は!」
フランソワ侯爵家。
その正当な血筋を継いでいたのは、ミリアンナの母親。
フランソワ侯爵を名乗っていた亡きグランジスは……入婿の立場だった。
それ故に、ミリアンナの異母妹であるリリアーナはフランソワの血を継いでなどいない。
「おのれっ……!」
ナルシッサは唇を噛みしめる。
「必ず!
必ずや、リリアーナを王妃にっ……!」
あの小娘の全てを奪ってやる。
ナルシッサは、心の奥底から怒りと憎しみの炎を燃え上がらせるのだった。




