第三話
ミリアンナの驚きの叫びが響き渡った東屋。
叫び声を目の前で聞いてなお、ニコニコと笑顔が消えることのない紫苑。
「なっ……何言ってるの?!」
「え? 僕、何か変なことを言いましたか?」
小首を傾げて、頬を掻く紫苑。
本気でミリアンナが驚く理由がわかっていなかった。
「お嫁さんって……!」
「ええ。
ミリアンナが三歳の頃に僕のお嫁さんになると約束してくれました。」
まるで池の鯉のように口をパクパクさせるミリアンナ。
「おやおや、お山の上の沼に住むドジョウみたいですね」
「誰がっドジョウよっ!!」
コイツっ!
絶対に私で遊んでるに決まってる!
「可愛いってことですよ?」
「……普通ね、女の子がドジョウとか言われて喜ぶはずないでしょっ!」
頬を膨らませるミリアンナにクスクスと笑う紫苑。
「…………っ!」
「そんなに頬を膨らませても、可愛いだけですよ。」
ニコニコ。
「あ! 膨らんだほっぺを突付いても良いですか?」
「っ……駄目に決まってるでしょ!」
本気で無視してやる!
私はっ!
明るい内に食べれる物と火を確保しなきゃ……
「おやおや?
食べ物ならば……こんなところで如何ですか?」
紫苑が外に向かってパチリと指を鳴らす。
「えっ……えぇぇぇっっ?!」
ニョキニョキと。
林檎、蜜柑、桃……。
季節を問わない果樹が、たわわに実を実らせる。
「あとは……ああ、人間は飲水も必要ですね」
再び指を鳴らせば、硬い地面から清らかな水が湧き出す。
湧き水の周辺に石が集まったかと思えば、美しい彫刻の施された水くみ場となった。
「なっ……は、えっ……?!」
目を白黒させるミリアンナ。
「うーん……やはり、担当では無いので……今ひとつですね。」
「た、担当……?」
「ああ、此方の話です」
笑顔で誤魔化す紫苑。
「(……え……これって、魔法?
いや……でも、本に載っていた魔法とは……なんか違う……?)」
もう何年も前に亡くなった祖母の言葉が蘇る。
『良い子ね、ミリアンナ。』
眠る前に絵本を読み聞かせるように。
『この世界にはね、精霊様がいるのよ』
『せいれいさま……?』
幼いミリアンナの髪を撫でる優しい手。
『そう……精霊様はね、気に入った人間と契約をして力を貸してくださるの。』
『けーやく……?』
優しい祖母の声。
『魔力を持った人間はね、精霊様と契約して初めて魔法が使えるようになるの。』
『お祖母様、みりぃもけーやくできるかなぁ……?』
髪を撫でる祖母の手が止まる。
『……そうねぇ……貴女は、もう……』
「ミリアンナ?」
ぱちんっと泡が弾けるように。
ミリアンナの意識が現実に戻る。
「……紫苑くん……貴方は、精霊様と契約しているの?」
ミリアンナの猫目が紫苑を真っ直ぐに見つめる。
「契約?」
紫苑はクスリと妖しく微笑む。
「まぁ……似たようなものですよ。」
「本当っ?!
紫苑くんが契約している精霊様はどんな方なの?」
ミリアンナの瞳が好奇心に輝く。
「果物の木を出したから、植物の精霊様?
それとも……水かしら?」
「んー……残念。
植物でも、水でも有りませんよ。
……僕の担当は"雷"ですから。」
「雷……?」
ミリアンナは首を傾げてしまう。
「紫苑くん、それは……」
なんとなく。
なんとなくだが……"人間ならば、それは可笑しい"と口にすることを躊躇った。
……それに、契約を"担当"というのも……
「ふふっ……正解ですよ。
……まだ、幼い君は……其処には踏み込まない方が良いでしょう。」
……だから、と紫苑は妖しい色香を纏った口元を三日月のように吊り上げる。
「だから…………まだ、内緒です」
ドキリ。
ミリアンナの心臓が大きく鼓動を打つ。
ゴクリと喉が鳴る。
「……紫苑くん……ものすごーく!
怪しい人みたいだわっ!
なんか言葉が怖いものっっ!!」
「おや……これでも、優しくしているとつもりでしたが……?」
妖しい色香を消し去り、紫苑は困ったように微笑む。
「人間の雛とは……扱いが難しいですねぇ」
「雛じゃないわ!
もう十を過ぎたから、立派な淑女よ!」
「ふむ……これは、失礼を致しました。」
流れるような仕草で、ミリアンナの手を取り口付けた。
「ひゃうっ?!」
上目遣いで色っぽく微笑む紫苑に、ミリアンナの口から変な声が漏れた。
「……これから、よろしくお願いしますね?
僕の……僕だけの可愛いお嫁さん?」
ミリアンナは、顔を真っ赤に染め上げて座り込んでしまうのだった。




