第一話
追悼の鐘が鳴る。
「……お父様……」
病気で儚くなってしまった父、グランジス。
フランソワ侯爵家の長女として、黒い喪服に身を包んだミリアンナ。
涙も枯れ果てたミリアンナの背後で、後妻と腹違いの妹が嗤った。
「今日から此処が、お前の部屋です。」
侯爵である父親の葬式が終わった夜。
父親の後妻であるナルシッサに、手首を掴まれ無理矢理に引き摺られていた。
「お義母さま……?!」
生みの母の形見の宝石も何もかも。
取り上げられたミリアンナは、薄暗い屋根裏部屋に叩き込まれた。
「そんな……酷い!
どうか、母の形見だけでも返してくださいっ!!」
「煩くってよ!
お前のような美しさの欠片もない娘よりも、私の可愛いリリアーナの方が似合うと思いませんの?」
まだ十を過ぎたばかりのミリアンナを冷たく見下ろす義母、ナルシッサ。
「お母様っ!
みてみてっ! この髪飾り似合うかなぁ?」
フリフリのドレスを纏った女の子、異母妹であるリリアーナが楽しそうにくるくると舞う。
「まぁ!
リリアーナ、とても可愛らしいわ。
流石は私の可愛い娘、このフランソワ侯爵家の正統なる令嬢です。」
「わぁいっ!
お母様、ありがとう!」
砂糖菓子よりも甘い笑顔のリリアーナ。
「お義母様、フランソワ侯爵家の長女は私っ……い゛っ?!」
ナルシッサの持っていた扇が、ミリアンナの頬を打った。
「お黙りなさい。
旦那様が亡くなった以上、この家を守るのは侯爵夫人たる私ですわ。
……本当は叩き出したい所ですが……」
ナルシッサは、ニヤリと嫌な笑いを扇の影で浮かべる。
「……一応なりとも王太子殿下との婚約が有るから置いてあげましょう。
それも、いつかはリリアーナのものとなるでしょうけれど。」
高笑いをしながら踵を返すナルシッサとリリアーナ。
「…………お父様……」
父を亡くしたばかりのミリアンナは、ただ震えて涙を堪えるのだった。
父親を喪った、その日から……ミリアンナの生活は変わった。
「あら?
お前のような役立たずは、使用人と一緒に働きなさいな。
居候をさせってもらっている身で、タダで食事をしようなど……片腹痛くてよ。」
「ああ、美味しい!
でも、こんなに食べ切れないから……捨てちゃおうっと!」
床にボトボトと落とされた食べ物。
「あ、床に落ちちゃったぁ!
お母様!
ミリアンナに、床の上を舐めて綺麗にして貰ったらどうかな?」
「まぁ……!
それは良い案ね!」
微笑み合う母娘を前に、ミリアンナの心は冷えていく。
「何をしているの?
リリアーナの優しさに感謝して、床の上をさっさと舐めて綺麗にしなさい。」
「ほらほら……お腹減っているんでしょう?」
ニヤニヤと。
嫌な微笑みを浮かべる母娘。
巻き込まれたくなくて、見て見ぬ振りをする使用人達。
「…………」
静かに床に膝を付くミリアンナ。
「ふふ……!」
「あはは!」
今か、今かと。
ミリアンナが床を舐める姿を想像して、湯悦に浸る母娘。
「きゃあっ!」
……しかし、ミリアンナが床を舐めることはなかった。
「ごめんなさい?
貴女が落とした食事を拾ってあげたのだけど……上手くお口に入らなかったみたいだわ。」
床の上に落ちていた食事を掴んだミリアンナ。
そのまま思いっきり……リリアーナに向けて投げ付けたのだ。
「お前っ!
何をするのっ?!」
目尻を釣り上げて叫ぶナルシッサ。
「……わかりませんの?」
怒り狂った義母を前に、ミリアンナは微笑む。
「侯爵令嬢たるもの、床を舐めるなど恥知らずな真似は出来ませんわ。
……たかだか、男爵家の血筋でしかない貴女には理解できないことでしょうが。」
微笑んでいるミリアンナの指先が、微かに震えている。
力では叶わない、味方もいない状況が恐ろしくない筈がない。
「私は、ミリアンナ・フランソワ!
フランソワ侯爵家の血を継ぐ正統なる侯爵令嬢です!」
叫ぶ。
「お前の施しなど入りません!
私は、私自身のことくらい何とでもしてみせますわ!」
言いたいことだけ言って、さっさと背中を向けて走り出す。
背後で聞こえたナルシッサの怒声に唇を噛み締める。
「私は……一人でもっ生き抜いてみせますわっっ!」
こうして……侯爵令嬢ミリアンナのサバイバル生活は始まったのである。




