第十七話
「ほぅ……?
この僕と精霊契約を結んでやる、と?」
眉一つ動かさない無表情の紫苑に、脈があると唇を歪ませたフレドリック。
「そうだ!
この私と契約すれば、この国の人間は全て思うがままに……」
「人間とは救いようのない生き物だと思っていましたが…………お前は、特別な存在みたいですねぇ?」
「ならば……!」
フレドリックの顔が歓喜に歪む。
そう……そうだ!
フレドリックは、生まれた瞬間から特別な存在なのだ!
「(この私が!
強く高貴な精霊に気に入られないはずがないんだっっ!!)」
王家に生まれ落ち、次期王となるフレドリックに、許されないことなど無い。
フレドリックは、すべてを許される存在なのだ!
「さあ、雷の精霊!
この選ばれた特別な存在である私が、お前と契約を結んでや……」
「本当に…………虫唾が走る」
周囲が閃光に包まれた。
一瞬の無音のあとに、繰り返し空気を振動させて落ち続ける雷光。
「誰がお前のような塵芥以下の愚か者という言葉すら相応しくない輩と、契約など考えるものか」
「ひっ、ひぎいい゛い゛ぃぃぃっっ」
フレドリックの身体に死なない程度の電撃が走る。
「ぃ……ぎぃ……ぁ゛……っっあがが、あ゛ぎゃ……っっ……」
気絶しては電撃で起こされ、また気絶する。
ビクビクと痙攣するフレドリックの体内では、神経伝達の微弱な電気信号さえ滅茶苦茶にされていた。
「きゃあっっ」「ひぃぃっ」
王城の真上で轟音が響き渡り、次々と落ちる落雷に貴族達が悲鳴を上げる。
「せ、精霊様ぁぁぁっっ!
どうかっ!どうか、お許しを……あぎゃっ」
顔面を恐怖で歪めた王が泣き叫ぶ声も気にすることなく、紫苑は心のままに落雷を落とし続ける。
「……紫苑くん?」
ピタリ、と落雷が止まる。
「どうしました、ミリアンナ?」
ぎゅうっと目を閉じ続けていたミリアンナが身動ぐ。
「……もう、怖いこと……終わった?」
「ええ、終わりましたよ」
紫苑の言葉に顔を上げようとしたミリアンナの頭を優しく押さえる。
「紫苑くん……?」
「まだ目を開けてはいけませんよ。
可愛いミリアンナには、少しばかり刺激が強すぎるかもしれません」
蕩けるように優しい微笑み。
あんなにも残忍な笑顔で落雷を落とし続けていた精霊と同一人物とは思えなかった。
「紫苑くんは、怪我をしてない……?」
「……心配してくれて、ありがとうございます。
僕は、あの程度のことで怪我などしませんよ」
「そっか……良かった。」
ミリアンナは、自分のせいで巻き込まれてしまった紫苑が怪我をしていないことを安堵する。
「あのね……私が今、紫苑くんに声を掛けるまで何も聞こえなかったの。
どうしましたって言う紫苑くんの声が聞こえてからも、ずっと周りの人たちの声も、何も聞こえないのは……どうして?
あんなに騒いでいた殿下たちが黙っているのは可笑しいわ。」
紫苑の胸元から顔を上げることなく、その瞳も閉じたままのミリアンナが問い掛ける。
「そうですねぇ……ミリアンナには黙っておく訳にはいきませんね」
優しく藍色の髪を撫でる紫苑の掌。
周囲の人間たちは、紫苑の怒りを買わぬように息を殺して見守っている。
「実は……僕はね、雷を司る準最高位精霊なんです」
「じゅ、ん……さいこうい……せいれっ、ええっっっ?!」
思わず顔を上げようとしたミリアンナの頭を、紫苑が優しく防ぐ。
「ちょっ?!紫苑くんっっ……!
準っていうのはわかんないけど!
最高位精霊って神様みたいなものだよっっ?!
普通に人のことをドジョウとか、馬とか例えて胡散臭く笑う紫苑くんが最高位の精霊様っ?!」
驚いてジタバタと暴れるミリアンナに、紫苑は心から楽しそうに笑う。
「おやおや、まだ目を開けてはいけないと言ったでしょう?
ミリアンナが驚いたように、僕の正体を悟った王侯貴族みんなが揃って…………色んな物を垂れ流した場面なんて見たくないでしょう?」
「え゛」
すごい匂いですよ、と胡散臭く微笑む紫苑に、周囲の人間達の頬が引きつる。
「僕が結界を張っているので、ミリアンナには匂いなどは届きませんけれど……ねえ?
最近の人間は、ミリアンナと違って肝っ玉が小さ過ぎていけませんね」
「……う、そ……え゛……やだ、むり……!」
ミリアンナは、紫苑の言葉に思わず大理石の床の上が、フレドリックやナルシッサの出した物で汚れた光景を想像してしまった。
「教えたくはありませんけれど……王太子とかいう人間は、大勢の人間の前で喜んでズボンを脱ぐような性癖の持ち主ですし……。
ズボンを自分で脱いだクセに、ミリアンナのせいにして正当化しようとしたのでしょうか……?
どちらにしても、色んな意味で汚らしい輩ですね。」
「紫苑くんっ!
守ってくれてありがとう……!
紫苑くんのお陰で、汚過ぎる変態と結婚せずに済んで良かった……!」
ミリアンナは心の底から、フレドリックと婚約を破棄できて良かったと安堵した。
流石に、まだ十二歳のミリアンナには変態、ではなくフレドリックのような性癖の持ち主は重すぎる。
「あと、匂いを遮断する結界の影響で音も聞こえていませんが、人間の王からミリアンナの無罪は理解したと。
ですが、舞踏会の会場で騒ぎを起こしたこと、王太子との婚約破棄の件も含めて、この国から追放だそうですよ」
「……そっか。
……それは……しょうがない、ね……」
フレドリックが出てくる前に、フランソワ侯爵家のお家騒動でナルシッサと口論し、騒ぎを起こしてしまったのだから。
その点については、ミリアンナも反省しなければならないと重々承知していた。
「え゛……余は、そんなこと言ってない……ひっ?!」
紫苑とミリアンナのやり取りを聞いていた王は、告げた覚えのないミリアンナへの追放処分にボソリと呟く。
しかし、その声に気が付いた紫苑が顔面スレスレに落雷を落としたことで、余計な王の口を塞いだ。
「ミリアンナ」
「……うん」
ミリアンナの心に氷塊のように、冷たく重たいものが落ちる。
「(この国を追い出されるってことは…………紫苑くんとも、お別れだよね……)」
紫苑との別れの予感に、ミリアンナは悲しみに暮れるのだった。
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