第十四話
舞踏会の会場の入り口に、貴族達の注目が集まる。
白と紫の生花で結い上げた艷やかな藍色の髪。
薄い紫色が基調のAラインのドレスは緩やかに広がり、大粒のアメジストが彩っている。
大人の女性と少女の間にいるミリアンナの可憐さをより際立たせている。
『……まぁ!なんて、可憐なのかしら!』
『あのドレス……とても綺麗……!
しかも、あの大粒のアメジスト!』
『しかも……あれは、銀じゃないわ!
白金細工でしてよ!』
『白金細工など、大国の王侯貴族ならば兎も角……こんな小国の王族では、手に入れるのは困難な代物ではないか!』
『まさか、王太子殿下が贈ったのか……?』
『いや……王太子のお気に入りは、あっちの幼い令嬢の方だ。』
『では、いったい誰が……』
着飾ったミリアンナを見て、目の肥えた貴族達は驚き、囁く。
あんな豪奢なドレス一式を、小国の王太子が贈れるはずがないと!
「(……紫苑くん……)」
驚愕に満ちた貴族達の視線を集め、ミリアンナは一人で堂々と歩みを進める。
ミリアンナの脳裏には、紫苑との一幕が浮かぶ。
『おや……想像していたよりも、とても似合っていますね。』
『……本当?』
牡丹と桜の手により、美しく着飾らせて貰ったミリアンナ。
その姿を見た紫苑は一瞬だけ目を丸くして、すぐにいつもの底しれない微笑みを浮かべた。
『本当ですよ。
そうですねぇ……昔読んだラプンツェルみたいです』
『……ラプンツェル?』
『悪い魔法使いに高い塔の上に閉じ込められた美しいお姫様のお話ですよ。』
『……私は、ラプンツェルじゃないわ』
『おや?
ミリアンナは、動物に例えられると嫌なんでしょう?』
『……だって、私は美しいお姫様じゃないもの。
それに、お姫様は王子様と結ばれるでしょう?』
『得てして、お伽噺の結末は大概そうですね』
不思議そうに首を傾げる紫苑。
『私は、絶対に王子様となんて嫌!
それなら……魔法使いの方がいいもの』
『っ……』
微かに頬を染めたミリアンナの言葉に、紫苑はすぐに言葉を返せなかった。
『ミリアンナ、さっきのラプンツェルは撤回します。
無知で無垢な小兎みたいで可愛いですよ』
『小兎……お姫様よりは、嬉しい……かな?』
林檎のように頬を染めるミリアンナの手を握り、紫苑が微笑む。
『ミリアンナ、僕は舞踏会へ招待されていませんので一緒には行けません。』
『……うん』
『ですが、必ずミリアンナの危機には駆け付けますので安心してくださいね』
『うん……!
ありがとう、紫苑くん……!』
舞踏会へと向かう前の紫苑の言葉。
「(……流石の紫苑くんでも、いつもより警戒している王城に忍び込むなんて出来ないよね……。
私の危機には駆けつける、なんて……私を元気付けるために言ってくれたんだろうなぁ……)」
ミリアンナはクスリと微笑む。
だって、ミリアンナにだって分かっているのだ。
どんなに着飾っても、ミリアンナはお姫様にはなれない。
……絶対に、あの王太子が相手ならば……なりたくない。
「(紫苑くんは、きっと……すごい精霊の契約者だもん。
そんな紫苑くんだから、歳も取らないのかも……?)」
紫苑と過ごした短い時間。
その時間のお陰で、ミリアンナは心の整理を付けることが出来た。
……だから、もう……追放されても、有りもしない罪を理由に処刑されても…………泣いたりするもんか!
「(あんな性格の悪い上に、御稚児趣味な王太子の
妻なんて死んでも御免だわ!)」
だから、顔を上げて。
涙も見せずに、強く床を踏みしめて歩くんだ。
「御機嫌よう。
ナルシッサさん、リリアーナさん。」
ミリアンナを見て目を見開く義母や義妹、ナルシッサとリリアーナにも微笑む。
「っ……何ですか、仮にも母親に対する言葉ではありま……」
「あら?
私から全てを奪って追い出すのでしょう?
ならば、私がお前を母と呼ぶのは可笑しいと思いませんか?」
クスクスと扇で口元を隠して微笑むミリアンナに、ナルシッサはわなわなと震え、言い返す言葉を探す。
「私はすべてを奪われるらしいから悲しいけれど、汚されたフランソワ侯爵家の体面など気にする必要もありませんわね」
「なんと酷いことを言うのっ?!
私はあんなにも貴女を実の娘のように可愛がっていたというのに……!」
大袈裟なほどに顔を覆ったナルシッサが出てもいない涙を拭うフリをする。
「ミリアンナ!
幾らなんでも家族であるお母様に酷いですわ……!」
「ふふ……」
「何が可笑しいのっ……!」
「私の名前を呼び捨てる時点で、どう思っているかなど……火を見るよりも明らかだと思いませんか?」
「っ……」
優雅に微笑んだミリアンナの言葉に、リリアーナの頬が怒りに赤く染まった。
「それにね、実の娘のように可愛がっていたというならば……リリアーナ、その首飾りは私の実母のもの。
正統なるフランソワ侯爵家の血筋である私の母が、その血を継ぐ私へとくださったもの」
「これはっ……」
リリアーナとミリアンナ。
二人のやり取りを興味満々に見守っていた貴族達。
「確かに……生前のフランソワ侯爵前夫人が、その首飾りをされている姿を見かけたことはありますわ……!」
グリンダ伯爵夫人が肉に埋もれた小さな目を、限界まで丸く開いて口元を手で覆う。
「何を言うのっ?!
これはっ……私がリリアーナにあげたもので……」
「私から奪って渡したの間違いでしょう、ナルシッサさん?
たかが男爵家の娘である貴女に、そんな高価な首飾りなんて持っていなかったでしょう?」
「っ……?!」
ナルシッサを冷たく見据えて微笑んだミリアンナの顔。
その顔に、ナルシッサの大嫌いだった……世界で一番憎たらしい女の顔が重なった。
「お黙りなさいっっ!
あの女の血を引くお前がっ!
侯爵家から無様に逃げ出したお前などがっ!
この私を見下すなっっ!!」
狂ったように叫んだナルシッサの腕が高く持ち上がる。
「っ……」
そのまま振り下ろされそうになったナルシッサの腕から、目を逸らしてなるものかとミリアンナは腹に力を込める。
「国王陛下、並びに王妃殿下。
王太子殿下のご来場です!」
まるで機を測ったように、王族の入場が告げられたのだった。
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