第十三話
シャンデリアの明かりが夜の闇を照らし、権力を誇示するように整えられた舞踏会の会場。
次々と爵位と名前を読み上げられて、舞踏会の会場へと入場していく貴族達。
「ナルシッサ・フランソワ侯爵夫人並びに、リリアーナ・フランソワ侯爵令嬢、ご来場!」
会場の空気がざわりと揺れる。
『あれが噂の王太子様のお気に入りですの?』
『……十歳にならない少女がお好みというのは……可哀想に……』
『たかが男爵令嬢だった女が、今やフランソワ侯爵家を乗っ取って……よくやるな』
『……少し前にフランソワ侯爵が亡くなったのでしょう?』
『直系長女を差し置いて……王太子殿下との婚約もフランソワの血を継がぬ次女に渡すつもりなのだろう』
さざ波のような声が会場に広がる。
好奇心や侮蔑、噂好きの貴族達が面白可笑しく嘲笑う。
「……お母様」
はっきりと声は聞こえずとも、哀れみや蔑んだ視線がリリアーナを刺す。
まるで、幼女が着るようなフリルとリボンで溢れた桃色のドレスを纏ったリリアーナが、不安そうにナルシッサを見上げた。
「ふふ……気にしなくていいのよ、可愛いリリアーナ。
彼らはみんな貴女が羨ましいの。」
ナルシッサは、晴れやかに微笑む。
なぜならば、ずっと悩ませられていたナルシッサ目掛けて金属が飛んでくるという謎の現象から、久しぶりに解放されたからだ。
「(ふふ、ふふふ……!
久しぶりにあの妙な現象から解放されたわ……!
本当に、アレは何だったのかしら……?)」
この晴れの日にまで、あの謎の現象が続いたらどうしようと悩み続けていたナルシッサ。
一度、誰かに相談をと考えたこともあった。
だが、自分に目掛けて鉄製の物が飛んでくるなど……誰に相談すれば良いのか?
「(まあ、いいわ。
今夜で全ては上手くいくもの。
王太子殿下より、今宵一晩リリアーナを預かりたいと手紙が来たときの喜び……!
必ずや王太子殿下は、リリアーナの虜になるに決まっているわ……!
そうすれば!
私は未来の王妃の母親という絶対の地位を得ることができるのね……!)」
仄暗い笑みがナルシッサの顔に浮かぶ。
ナルシッサにとって、リリアーナの純潔よりも素晴らしい権力の方が遥かに魅力的だった。
「御機嫌よう、フランソワ侯爵夫人。
今宵のリリアーナ嬢は素晴らしく可憐ですわね!」
「あら、グリンダ伯爵夫人。
ええ、ええ!
私の自慢の娘ですもの!」
「桃色の可愛らしいドレスも、リリアーナ嬢の魅力をより際立たせていますわね」
「そうでしょう!
畏れ多くも王太子殿下より、是非にとリリアーナに賜りましたのよ!」
「まぁ……!
王太子殿下は、リリアーナ嬢の可愛らしさに虜になってらっしゃるのね」
グリンダ伯爵夫人と呼ばれたふくよかな貴婦人が、口元を扇で隠して微笑む。
「でも……王太子殿下の婚約者であるミリアンナ嬢の姿がないようですけれど……?
もしや、フランソワ侯爵が亡くなった悲しみがまだ癒えていらっしゃらないのかしら。
私だけでなく、他の皆様も大層心配しておりますのよ」
どの国にも一人や二人と言わずに、それなりに居るだろう噂好きの拡声器。
此処だけの話、と語った数分後には、社交界中の噂となること間違いなし。
「……ミリアンナには、婚約者である王太子殿下の成人を祝う舞踏会だからと出席するように促してはいますけれど……。
やはり、私が義母という立場だからあまり強くは言えませんの」
恥ずかしい話ですわ、とナルシッサは悲しげに目を伏せる。
「んまぁ……!
フランソワ侯爵夫人は、よく家中をまとめて頑張っていらっしゃる夫人の鏡だと評判ですわ!
だからこそ、リリアーナ嬢も王太子殿下の覚えがめでたいのでしょうねぇ……?」
グリンダ伯爵夫人の目がギラギラと獲物を逃すものかと光る。
こんなにも、面白いネタは最近なかったのだから、骨の髄までしゃぶらなければ勿体ない!
「ふふ……百五十年以上続く王家の覚えめでたきフランソワ侯爵家の令嬢として、リリアーナは恥ずかしくない娘ですもの。
……ミリアンナも、もう少し侯爵令嬢として……王太子殿下の婚約者としての自覚が有れば良かったのですけど……」
「あの……お母様、私……」
グリンダ伯爵夫人との会話に夢中なナルシッサのドレスの裾を、控えめな仕草でリリアーナが引っ張る。
「リリアーナも、姉のことを心から心配していますの」
しかし、ナルシッサはチラリと視線をリリアーナに向けただけで、すぐにグリンダ伯爵夫人との会話を続けた。
「では、今宵は王太子殿下の婚約者でありながら、ミリアンナ嬢は参加なされないのかしら?」
「……それが、わかりませんの。
主人が亡くなってからというもの……私の言葉が届かなくて……」
義理の娘との関係に悩んでいますとばかりに、ナルシッサは儚く微笑む。
「それは……」
面白いネタに喰い付こうと、グリンダ伯爵夫人が前のめりに問い掛けようとした……その時。
「ミリアンナ・フランソワ侯爵令嬢、ご来場!」
「「「っ?!」」」
ミリアンナの来場を告げる声が、高らかに響いたのだった。
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