第十一話
晴れ渡った青空の下で、木の根本に座り、幹に寄りかかりながら本を開く少年と少女。
「……平和だね」
ミリアンナがふと顔を上げれは、白い鳩が二羽羽ばたいていく。
「こんなにも、穏やかだと……侯爵家を乗っ取られかけてるって思えないよね」
木々の陰に隠れるように建っている東屋。
この場所からは、侯爵家の屋敷は青い屋根くらいしか見えない。
「(……勢いで飛び出して、まずは生き残ることを優先していたけど…………このままで、良いのかな……?)」
正統なるフランソワ侯爵家の長女だと叫んで飛び出したミリアンナ。
侯爵家の屋敷を飛び出してから……すでに二ヶ月。
「(……紫苑くん以外に味方の居ない、十二歳の私に出来ることって…………。
執事長のジョナ爺も……お父様の葬儀が終わってから会えてないし……。)」
時間が経てば経つほどに、ミリアンナは自分の無力さを感じていた。
「(結局……婚約者のはずの王太子様が……いや、最初から王太子様は味方じゃないわ。
でも……難しいことは分からないけれど、フランソワ侯爵家にとって長女の家出は外聞が悪いと思うけど……?
あ……でも、外にバレなければ問題ないのかな……?)」
子供なりに頑張って状況を整理しようとするが、ミリアンナには分からないことも多かった。
少なくとも、十二歳のミリアンナは貴族令嬢であろうとも、親の庇護下での社交経験程度しかない。
複雑な政治模様など、まだ分かるはずもなかった。
「(……私、これから……どうすれば良いんだろう……?
王家の庇護も得られないだろうし……紫苑くんにまで、迷惑をかけちゃったら……どうしよう……)」
まるでネズミの回し車のように、グルグルと思考が空回りする。
「おや……ミリアンナは、平和なことが不満ですか?」
思考が空回りして唸るミリアンナを見詰め、紫苑がクスクスと笑う。
「笑いごとじゃないわ、紫苑くん。
……たぶん、お義母様はリリアーナに言って、王太子様に味方になってもらうようにするはずだもの。
いくら紫苑くんがすごい精霊様と契約していても…………」
ミリアンナの言葉が途切れる。
よくよく考えなくとも、子供のミリアンナにも紫苑がただの精霊と契約しているだけの人間とは思えない。
「(……今更だけど、紫苑くんって……何者……?
フランソワ侯爵家の敷地内にずっといるということは……親族?
まさか…………お父様の隠し子……?)」
本当に今更なのだ。
だが、それだけ屋敷を飛び出した時のミリアンナの心に余裕が無かったとも言える。
「ミリアンナ、僕は君とは血縁関係は有りませんし、隠し子では絶対に無いと断言できます」
「…………紫苑くん、もう突っ込まないからね!」
「おや……それは、残念です」
何故、心の中で考えたことが分かるのか?
それも、紫苑の謎の一つであるとミリアンナはため息をつく。
「今日のミリアンナは、悩みが多い日ですか?
……流石の僕でも、果物程度の植物系統の食べ物ならばまだしも、調理済みの食事は出せないんですよねぇ……」
「あのね、紫苑くん……!
私は一言も食べ物に悩んでるなんて言ってないわ!
それに!
普通はね、植物とか関係なくご飯は出せないの!」
食いしん坊扱いをしないで、とムスッとしたミリアンナを、紫苑は面白そうに観察するように見詰める。
「すみません、可愛いミリアンナ。
……悩んでいる顔も可愛いですが、ミリアンナ一人ではどうしようも無いことは有りますよ」
「っ……でも……!」
「……言っておきますが、"僕"は王太子如きがどう、こう出来る存在ではありませんよ」
本を閉じた紫苑が、泣きそうに歪んだミリアンナの顔に向き合う。
「……紫苑くんは、何者なの……?
どうして、私を助けてくれるの?」
不安でいっぱいになったミリアンナが、身を乗り出して涙目で紫苑へと問い掛ける。
「なんで……紫苑くんは、昔と姿も変わらないの……?」
東屋の近くの小屋に逃げ込み、紫苑に出会ったあの日の問い掛け。
あの日は、誤魔化されてしまって答えを聞きそびれた。
だって、可笑しいのだ。
祖母が亡くなる前に初めて出会った紫苑は、今と変わらない姿だった。
それから五年以上経っているのに…………どうして、紫苑の姿形は変わらないのか?
「んー……それは……」
「それは?」
「内緒です…………と言いたいところですが」
「…………」
紫苑は微笑む。
怪しい色香を纏った人外の微笑みに、ミリアンナは魅了されてしまう。
「答え合わせは明日にしましょう。
明日になれば、ミリアンナを困らせる全てを解決しますから」
「……明日……?
明日は、何かあるの……?」
ニコニコと楽しそうな紫苑とは反対に、ミリアンナは不安そうな表情で問い掛ける。
「明日、王太子とかいう人間の誕生日……成人の発表とかいう舞踏会が開かれるそうですよ。
そこで、ミリアンナと婚約破棄をして、残りの人生を御稚児趣味で楽しみたいとか、何とからしいのでぶち壊そうかと思っています。」
「…………え、えぇぇぇぇぇっっ?!」
明日っ?!と目を見開いて驚き、叫ぶミリアンナに満足そうに笑う紫苑。
「梟みたいに真ん丸なお目々が落っこちそうですね」
「梟扱いしないでって、そうじゃなくてっ!
急にそんなことを言われても……」
小屋の中にあった古着を着回しているミリアンナに、王城の舞踏会へ着て行けるドレスなどない。
ナルシッサに持っていたドレスや宝石の類も、ミリアンナは全部奪われてしまった。
自室のクローゼットに以前に、ミリアンナの自室が屋敷に残っているかも怪しい。
「……参加はしたくないけど、参加しなきゃ……逃げるのは、やだ……」
明日が舞踏会では、仕立て屋に作ってもらうことも間に合わない。
……最も、そんなお金などミリアンナには無い。
「(……小屋の中をもう一度探して……でも、たぶんドレスなんて無いから……いつもの服で行くしかない……!)」
例え嗤われても行くしかない、とミリアンナはギュッと手を握り締めるのだった。
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