第十話
王城の中庭。
完璧にリリアーナ好みに準備されたティーセットがテーブルの上に並ぶ。
「むぅ……!」
そして、当然のようにティーセットを前に座るのは、不機嫌そうに唇を尖らせたリリアーナ。
「待たせて済まない、リリアーナ」
頬杖をついていたリリアーナの顔が弾かれたように動く。
護衛を従えて現れたのは、茶髪に青い瞳のやや顔立ちの整った青年。
「遅いですぅ!
フレドリック様ったら、せつかくリリーが会いに来たのにぃ!
すぐに会いに来てくれないなんて!」
「うんうん、ごめんね。
可愛いリリーのためなら、すぐにでも会議を飛び出したかったんだけどね。」
「んもうっ!
リリーの悩みよりも会議の方が大切なんて悲しいですぅ……。
……リリーだって、フレドリック様のお好きなお戯れを受け入れてますのに……」
頬を膨らませるリリアーナの可愛らしさに、フレドリックの鼻の下が伸びる。
「可愛いリリアーナよりも大切なものなんて無いよ。
だから……機嫌を直してくれるかい、可愛いお姫様。」
「きゃっ……!」
つーん、とそっぽを向いていたリリアーナを抱き上げ、当たり前のように膝の上に乗せるフレドリック。
「待たせたお詫びにドレスでも贈るよ。
そうだねぇ……リリアーナは桃色だけでなく、白や水色も似合いそうだね」
「…………」
ニコニコと微笑んでいるフレドリック。
だが、その目はリリアーナの頭から爪先までを舐めるように動いている。
「……ドレスよりも!
リリーの悩みを聞いてくださいませ!」
「ん?リリーの悩み?」
リリアーナを舐めるように見て、フレドリック何を考えたいたのかは分からない。
ただ……幼いリリアーナでもわかることは一つだけある。
「(……気持ち悪い。
でも……我慢して相手をしないと……お母様に叱られる……)」
いつもはリリアーナに優しい母が、絶対に許してくれないこと。
それは……王太子フレドリックの意に逆らうこと。
「(……本当は、子供っぽいドレスなんてヤダ。
膝に乗せられるのも、ケーキを口に運ばれて、口の横を…………!)」
フレドリックの自室へと連れて行かれてされる"お戯れ"。
「(……二人だけの部屋で髪に触られたり、頬にキスされたり。
姉に虐められてないかって、足を触られるのも。
二の腕や肩に触られたり、密着されるのも……ヤダ。)」
周囲の大人たちはこぞって目を逸らして……誰も、リリアーナを助けてくれないのだ。
「……リリー?
もしかして、ミリアンナに虐められたのかい?」
黙り込んで俯いたリリアーナを覗き込むように、フレドリックが様子を窺い、声を掛けた。
「っ……そうなのです、フレドリックさま!
リリーは、フランソワ侯爵家に相応しくないって……フレドリックさまと二人っきりで会うのは可笑しいと……」
リリアーナは心配そうな顔をして、必要以上に顔を近付けるフレドリックを誤魔化すように大袈裟な身振り手振りで話し出す。
「フレドリックさまと二人でお茶をするだけなのに……。
諌めたお母様にも、怒って屋敷を飛び出してしまったのです。
自分が正統なるフランソワ侯爵家の娘だから、私とお母様は必要ないって……。
もしかして…………姉は私とお母様を追い出す気でしょうか……?」
悲しげな表情でフレドリックを上目遣いに見詰めるリリアーナ。
「…………可愛いリリーが、侯爵家に相応しくないなんてあり得ないよ。
ミリアンナは、リリーの可愛らしさに嫉妬しているのかな?」
緩やかに波打つ金髪に、大きな青い瞳。
凹凸の少ない華奢な体。
くるくると変わる表情に、子供らしい可愛い我が儘。
「(…………あと、二年……いや、三年くらいか?
このリリアーナを手放すのは惜しい……)」
ミリアンナも十歳くらいまでは可愛かった。
成長しなければ良いのに、と何度思ったことか。
「(……私が他の子に目を向けても文句を言わないから婚約者にしていたが……嫉妬するならば、面倒だな。
そろそろ婚約を破棄しても良いかもしれない。)」
そして、王家に文句を言えない貴族で、ギリギリ王妃になっても問題のない家の娘を婚約者に据えても良いだろう。
「……もうすぐ私の成人を祝う舞踏会が開かれる。
その時に、ミリアンナとの婚約を破棄することとしよう。」
家出したというミリアンナにも知らせが届くように、国中に必ず出席せよとお触れを出せば良いだけのこと。
「可愛いリリー。
君のために私は頑張ろうね」
だから……舞踏会が終わった、その日に……。
数日後の楽しみを決めたフレドリックの目が弓なりに嗤う。
「……フレドリックさま……」
リリアーナの背筋に寒気が走る。
フレドリックの表情に、もの凄く嫌な予感がしたのだった。
そんな王城の一幕を極寒の眼差しで眺める影が一つ。
誰にも見咎められることなく、消え去った。




