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3-06 魂、ふたつ

「悪霊と生霊、どっちの方が強いと思う?」

久しぶりに居酒屋で呑んだ友人、坂本がいきなりそんなことを言い出した。

話を聞くと、どうやら彼の知り合いが生霊に悩まされ、解決策として悪霊を用いたらしい。

そんな話の最中に届いたメールに顔色を変えた坂本。

慌てて出ていったその日を境に、彼は消息を絶った。

坂本に何があったのか、彼の事務所を訪れたわたしは残された資料を見つける。

資料の不可解さに困惑していると、事務所に悪霊と生霊を背負ったと思わしき青年、金森が訪ねてきた。

二人で坂本の行方を探るうち、金森に取り憑いた霊の影響がわたしの周囲にまで及び始め……。

 兄が、死んだ。


 そう聞かされたのは、全てが終わった後だった。

 通夜も、葬式も、初七日も、四十九日も、何もかもが終わった後だった。


 わたしに電話を掛けてきた母は、『春馬(はるま)が死んだわ』と、それだけ言って通話を切った。

 わたしの返事も待たずに、ただ事実だけを述べて。


 実家に行っても、家の中には入れなかった。

 線香をあげることはおろか、遺影を見ることもできなかった。


 ただ、そのことについて怒りを覚えることはなかった。

 むしろ当然のように思えた。


 何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()


 だから、兄を溺愛していた家族がわたしを許さないのも当然だろう。

 彼らは兄の死の原因について確信しているわけではないだろうが、全てをわたしに押し付けることに対して疑問を抱くような人たちでもない。

 確信があろうとなかろうと、兄が死んだのはわたしのせいだと思い込むことで精神の均衡を保つのだ。


 わたしにとって、それはただの事実で。

 だから何を言われようと、どんな目で見られようと、問題はない。


「そうだよね、春馬」


 ぽつりと呟くわたしを、(かたわら)に立つ半透明の春馬が優しく見つめていた。



§



悪霊(あくりょう)生霊(いきりょう)、どっちの方が強いと思う?」


 一杯目のビールを一気に飲み干した坂本(さかもと)は、いきなりそう言った。


「久しぶりに会ったってのに、一発目の話題がそれか?」

「いや、これが俺ン中で今一番ホットな話題なのよ」

「はぁ」


 金曜日の夜だけあって混み合う店内はザワついていて、わたしたちの会話を気にするような人間はいなかった。あまりこの手の話を大勢の人間がいる場所でしたくはなかったが、やめてほしいと言っても聞き入れてはくれないだろうなと諦める。


「で、どっちだと思う?」

「んー、悪霊と生霊ねぇ……てかそれだけじゃ判断できないっしょ。悪霊生霊だってピンキリだろうし」

「双方、持ってるポテンシャルは同等だとしたら?」

「えー……生きてる人間の方が強いんじゃない? たとえ負けて死んだとしても、悪霊になれるじゃん」

「そしたら悪霊バーサス悪霊になっちゃうだろ」


 悪霊バーサス悪霊、数年前にそんなようなホラー映画を観た記憶があるな、などと思いながら、テーブルに運ばれてきた塩ダレキャベツやたこわさを口に放り込む。半分ほど残っていたビールを飲み干し、通りかかった店員におかわりを頼んだ。


「つーか何、いきなり。なんで生霊と悪霊の戦いが一番ホットな話題なわけ?」

「いや実はさ、今まさに生霊と悪霊が戦ってんだわ」

「は?」


 思わず坂本の顔をまじまじと見る。彼の背後に何かが見えるような気がして視線を向けたが、壁に貼られたメニューが見えるだけだった。


「あー、俺じゃない俺じゃない。俺の知り合いの話ね」

「なんだ」

「おい、ガッカリすんな」


 別にガッカリしたわけではなかったが、拍子抜けしたのは確かだ。

 そんなわたしの心を読んだように、割り箸を振りながら坂本が言う。


「俺の知り合いがさぁ、ストーカーに遭ってるっつーんだわ。あ、知り合いって男ね?」

「はぁ」

「最初の内はハイハイって聞き流してたんだけど、日が経つにつれて、アレ? これってストーカーっていうか生霊案件じゃね? って。どう考えてもいるはずのない時間帯に声を聞いたりとか、入ってこられるはずのない場所からその女のっぽい髪の毛が出てきたりとかさ」

「こわ」

「ヤバいだろ? だから色々とアドバイスしたんだよ。でもかーなり執着強めの女らしくて全然ダメなんだわ」


 坂本は、それなりに腕のある霊能力者らしい。

 らしいと言うのは、こうやって色々と話を聞かせてくれる割に、名刺の一枚もくれないからだ。

 違う名前で活動しているそうだが、泥酔した時ですら匂わせるようなことを言うだけ。わたしの前で除霊をしてくれたこともなければ、そこに幽霊がいるよと言うこともない。


 だから、わたしはいつも話半分で聞いている。

 そしてそんな私のスタンスを、坂本も気に入っているようだった。


「しょうがないから、悪霊くっつけてやろうかと思って」

「しょうがないからじゃないわ」

「いや、だって警察も役に立たない、生霊を(はら)っても復活してくる、相手を物理的にどうこうしたらこっちが加害者になっちゃうし、無理ゲーじゃね?」

「まぁ……確かに」


 生身の状態で何かしてくるならまだ対処のしようがあるかもしれないが、生霊を相手にするとなると正攻法ではどうしようもできないだろう。

 となると、特殊な方法で何とかするしかない、のか?

 納得できるようなできないような、微妙な気持ちになりながらテーブルに並ぶ焼き鳥へ手を伸ばした。


「悪霊つっても、あれよ? 由緒正しいガッチガチのやつじゃなくて、その辺で見つけられるレベルのやつな」

「え、悪霊ってそんな気軽な感じで存在してんの?」

「質を気にしなきゃ結構いるぞ」


 そんなことを言いながら、坂本がわたしの背後に視線を向ける。不安になってその視線を追いかけるように振り向くと、そこには釜飯を持った笑顔の店員がいた。

 蓋を外した釜から立ち上る湯気越しに坂本を(にら)むと、目の前の男は悪びれもなくケラケラ笑った。

 

「ヤバい店には呼ばないから安心しろよ」

「どうだか」


 釜飯を混ぜてお椀に盛り付ける。自分のお椀に多く具材を盛ったのは、あまりにささやかすぎる仕返しだった。

 案の定、わたしの盛り付けの不公平さにまったく気付くことなく、坂本は礼を言ってお椀を受け取った。


「ちょっと探したら知り合いの家からそこまで遠くないところにいい感じのやつがいたからさ、今、それ関連の遺品を知り合いに持たせてんのよ」

「不謹慎すぎる」

「え〜、広義では立派な人助けだろ」


 生霊に悩んでいる人間に悪霊を取り憑かせることの、どこが人助けなのかと思う。


「それ、もし生霊が勝っちゃったらどうすんの?」

「もうちょっと強い悪霊を探す」

「そういう感じなんだ……」


 失敗したら知り合いが死ぬとか、そういう話ではないことに安心したが、だからなんだという話である。

 当人は今も神経をすり減らしているだろうに、坂本はまるで新しいおもちゃを見つけた子供のように楽しげだ。


 ビールと釜飯のお椀を空っぽにした坂本が店員に生中を頼んだ時、卓上に置かれていた彼のスマホが振動した。

 電話ではなく、メッセージを受信したらしい。

 表示された名前を見て、坂本の目が輝いた。


「噂をすれば何とやら、だぜ。結果発表か?」


 嬉々としてスマホを見た坂本の顔が、一気に真剣なものに変わった。

 坂本のそんな表情など初めて見たわたしは、自分の周りの温度が下がったような感覚に(おちい)る。


「だ、大丈夫?」

「悪い()()、ちょっと行ってくるわ。これ、足りなかったら今度返す」


 財布から取り出した一万円札をわたしに押し付け、坂本は足早に去っていった。取り残されたわたしは呆気に取られつつも、坂本の知り合いの無事を祈らずにはいられないのだった。


 嫌な予感がじわじわと全身を支配する中、それでも日本人であるがゆえか発動してしまった『もったいない精神』のおかげで、わたしは卓上のものを全て食べ切るまで居酒屋から出られなかった。

 幸い、一番量のあった釜飯の半分は坂本が食べてくれていたから、わたしを苦しめたのはむしろ塩ダレキャベツの方だった。


 会計はそれほど高くなく、坂本にはお釣りを渡さねばならなかった。

 その旨をメッセージで送るが、既読の文字は付かなかった。


 この夜を最後に、坂本は姿を消してしまったのだった。


 

§



『で? 春奈(はるな)がなんで坂本のところに行くわけ?』

「一応……心配だし」


 以前坂本が零した発言を元にしてネットストーカー並に色々と探ってみた結果、恐らく彼だろうと思われる霊媒師を見つけたのだ。

 SNSに載せられた住所が彼の自宅なのか職場なのかは分からないが、何かしらの手掛かりはあるだろう。

 

『坂本にはちゃんと俺の名前を言ってるんだよな』

「大丈夫、契約違反はしてないよ」

『ならいいけど』


 春馬は、わたしの双子の兄だ。

 母の胎を割って産まれた、双子の兄。

 

 わたしたちの産まれた村で、男児二人の双子は凶兆だった。

 ずっと女児だとされていたわたしが男として産声を上げたことは、両親と産婆しか知らない。


 紆余曲折の末、わたしは兄とひとつの契約をした。

 

 ”村から出たら、春馬として過ごすこと”

 

 こうしてわたしとして物事を考えながら、春馬以外と話す時は自然と”俺”が言葉を発する。

 坂本も、職場の人間も、東京に出てきてから出会った人たちはみな、わたしを春馬と呼び、春馬として扱う。


 わたしの存在がどんどん希薄になっていくのを感じながら、それでいいのだと思っていた。

 村に縛られた春馬と違い、わたしはこうして自由に生きているのだから。

 

『何かあったらすぐに連絡して』

「分かった」


 電車に揺られ、初めて降りる駅まで向かう。

 駅前の商店街を抜けて住宅街へ。

 何の変哲もないアパートの一室が、坂本であろう霊媒師が事務所としている場所だった。


 インターホンを何度か鳴らすも、室内からは何の気配もしない。

 周囲を窺ってからドアノブに手をかけると、鍵は、かかっていなかった。

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