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3-05 魔装少女は空を翔ぶ

空を翔けるのは鳥や魔竜だけではない。

草木も生えない岩稜地帯に現れた一人の少女。

可憐な少女は呪文もなしに次々と魔法を繰り出す。

常識外の少女に、一人の戦士が興味を持った。歴戦の猛者たちの誰一人として関わろうとしなかった少女に。

異質な少女と組んだ戦士のバディ譚が始まる。


 無骨な岩稜地帯に、黒い一筋が舞うように流れた。見えるはずがない魔力を青くほとばしらせながら、唸る中型魔竜と空を行き交う。

 岩陰から見ていた複数の戦士たちは、唖然としたまぬけ顔で、ただ空を見ている。

 魔竜と交戦しているのは、明らかに場違いな小柄な少女だ。

 蜜色の長い髪を粉塵になびかせ、全身を包む漆黒の衣服は、上品なフリルを施したケープとロングスカート。指は繊細なレースの手袋越しにも細くしなやかだ。

 少女が編み上げブーツで蹴り飛ばした岩は石や砂へと変わり、飛礫(つぶて)を受けた戦士たちは、目を閉じて、岩の奥に引っ込んだ。

 そんな中、一人興味深げに少女を見ていたゲープハルトもまた、岩陰に隠れながら、大剣を盾に石の雨を避けていた。

「珍しいものが見れそうだ」

 巨躯に似合わぬ無邪気な笑みに気付いた者はいない。

 苛立ちをにじませた魔竜は更に素早く飛び回る。長い尾による一撃が少女に向かう。

(あれでは呪文が間に合わん!)

 ゲープハルトは見知らぬ少女の身を案じて黒い文様――魔装―――だらけの大剣を構えた。斬りかかる前に、魔竜の重い一撃で少女は岩壁に叩きつけられた。

 先ほどより酷い石の豪雨に、隠れて見ていた者たちは魔法で避けながら逃げていく。

(死んだのか⋯⋯?)

 ゲープハルトが見上げた岩壁には、血の一滴もなく、傷一つない少女が、今まさに跳躍する一瞬であった。

 少女は真一文字に口を結び、次々と魔法を繰り出しては、魔竜からの一撃を避けている。

 いつの間にか岩に隠れていた観客も、ゲープハルトしかいなかった。人の気配は二つのみ。

 (久しぶりに狩場で面白いことが起きてるじゃねぇか)

 ゲープハルトは目を逸らさず二つの影を追う。

 鬱陶しい虫を追い払うごとく、魔竜は長いしっぽを振り回しては、空振りに吠える。

 少女は蚊ほどの音もさせないまま、魔竜の背後に跳躍した。きらめく薄紅色の瞳から、魔力が溢れたかと思うと空気は(ひず)む。轟音を立て、魔竜は叩きつけられた。

(やったか⋯⋯!?)

 隠れていたことも忘れて、ゲープハルトは見通しのいい場所まで身を乗り出している。

 魔竜は動かず、口から青い液体を滴らせていた。

「へぇ、これを倒すとはなぁ」

 警戒は怠らず、それでいて物見遊山でもする軽い足取りでゲープハルトは魔竜の傍まで歩み寄る。

 しかし視線を魔竜に向けているうちに、少女の姿が見当たらなくなった。

(どこへ行った?)

 四方を見回すも、先ほどまで宙を翔けていた少女は嘘のように消えてしまった。

「まさか夢か? そんな訳はねぇよな」

 目の前の置物と化した魔竜は無言のまま。

 ゲープハルトは魔竜から金になる鱗を剥がすと、懐にしまう。しかし目はまだ少女を探していた。 



 多くの岩稜地帯を有するシュヴァーン山脈の麓に、ゲープハルトが所属するギルドはあった。

 赴けば、ギルド内は珍しくざわついている。屈強な戦士たちが、誰も彼も落ち着きなく見えた。

「どうした、何かあったのか?」

 ゲープハルトは見当がつきながらも、近くにいた若い戦士たちに声をかける。

「何かあったも何も、ゲープハルトさんも見てたんだろ、あれを」

「黒い服を着た子供が詠唱もなしに魔法を使ってやがった」

 見てはいけない禁忌にでも触れた不快感や恐怖のようなものをにじませた若者に、ゲープハルトも頷いた。

「ああ、確かに見ていた」

 無傷であれだけの立ち回りをするには、それなりの魔力がいる。

「魔装か⋯⋯」

 ゲープハルトは相棒とも言える背負った大剣に意識を向けた。この大剣には無数の文様がほどこされている。

「確かにそれなら不可能じゃない。でもあの子供は武器も杖も何もなかった。媒介するものがないのに、どうやって⋯⋯」

 古びた椅子に腰をかけながら、ゲープハルトも考える。自分なら、あの立ち回りをどう再現できるか。

 考えても分からない。

 黙考していると、誰か来たようだ。

 ギルド内の空気が張り詰め、ゲープハルトは顔を上げた。

「すみません、どなたか、私と組んでくれる戦士の方はおりませんか?」

 あの少女だった。

 間違いない。服装も容姿も、見たままだった。

 あれはけして幻ではなかったと、ゲープハルトは喜びを顔に表し立ち上がるが、周りの空気は凍てついたままだ。

 まるで悪夢に放り込まれたと言わんばかりの戦士たちは、恐怖に支配されている。

 魔竜や魔族を捻じ伏せて来た猛者たちにはあるまじき姿。

「頼み事をするなら、どこの誰かくらいは名乗ったらどうだい?」

 ゲープハルトは少女の前に壁のように立ちふさがる。体格差で自然とそうなってしまうのだから仕方ない。

(偉そうになっちまったかな)

 反省しながら、ゲープハルトは少女を見下ろした。

「申し遅れました。私はアンネリーゼと申します。バッハシュテルツェ公国から参りました」

「ああ、あの国か。あそこは野菜が美味いんだよなぁ」

 自分でもこの場にそぐわない呑気な話だと思いながら応じると、アンネリーゼは年頃らしい笑みを見せた。

(なんだ、普通のお嬢さんじゃないか)

 しかしギルドの空気は更に冷え切った。

「こ、こいつの魔法は人間のやり方じゃねぇ!!」

 離れた場所にいた新米戦士が、アンネリーゼに剣を向けて迫り来る。

 ゲープハルトは咄嗟に前に出ると、戦士の腕を掴んでいなした。

「場所を考えろ」

 新米戦士は声の圧に屈して、眉根を寄せる。

「組みたい者はいるか?」

 沈黙が流れ、首を縦に振る者はいない。皆、恐れるように視線を反らした。

「そうか⋯⋯」

 予想済みではあったものの、誰一人としてアンネリーゼの希望に応える者はいない。

(ここもつまらない奴らばかりになっちまったな)

 あの魔法の応酬を見て、誰も興味を持たないのかと。

「ここは少々場違いのようだ、お嬢さん。俺で良かったら話は聞く。組むかどうかは、お嬢さんの話次第だがな」

「強ければ誰でも」

 にっこり微笑むアンネリーゼにゲープハルトは手を差し出した。

「俺はゲープハルト・ヴィントシュトースだ。この辺りを狩場にしている戦士だ」

「よろしくお願いいたします」

 アンネリーゼも華奢な手を差し出す。

 まるで羽化したばかりの蝶に触れる心地で、ゲープハルトは手を握り返した。

「話は宿で。来ていただけますか?」

 二人はギルドから出ると、街外れにある宿へと向かった。


 アンネリーゼが取った宿は、どこにでもある小さな民宿だった。その一室にゲープハルトは通される。

「どうぞ」

 窓際の椅子を勧められて、ゲープハルトは大きな体を畳むように腰掛けた。

「まずは、感謝を。どこの街へ行ってもなかなか組んでくださる方がいなくて。ありがとうございます、ゲープハルトさん」

「俺は面白ければ何でも。どうしてあんたは相方を探してるんだ? 見たところ、そこらの戦士や魔導士より強いだろ?」 

「ええ」

 全く否定する気も謙遜する気もないアンネリーゼに、ゲープハルトは小さく笑みを浮かべた。

「でも強い者が一人よりは、二人の方がもっと強いと思いませんか? 私は魔法主体なので、近接戦はあまり得意ではないのです」

「なるほどねぇ。それで近接戦が得意な戦士を探してるってわけかい」

 ゲープハルトは目をすがめ、小柄な少女を見据えた。

(あれで近接戦が得意ではないとは、言ってくれるな)

 ますます面白くなりそうな気配に、久しぶりに武者震いを覚える。

「私が強いのは、ゲープハルトさんも分かるはずです。組むのに悪くない相手かと思いますけど。魔竜狩りを効率よく進めれば、その分手に入るお金も大きくなります」

「それはそうだ。だがな、その前に俺は強さの秘密が知りたい。俺の半分も生きちゃいねぇあんたの強さを」

 アンネリーゼはゲープハルトの目の前まで歩み寄ると、不敵に微笑む。自分の子供でもおかしくない年齢の少女が見せる表情ではない。

「全てお見せします」

 そう言うとアンネリーゼは首元のボタンを外して、ケープを脱ぎ捨てた。

 焦らすようにボタンを外していくが、一向に素肌が見えない。スカートも床に落ちる。あらわにされたはずの肌には黒い文様がどこまでも連なる。

「お、おいっ⋯⋯」

 ゲープハルトは止めようとしたが、立ち上がることもできずに、目を閉じることもできずに固まっていた。

「あとはこれだけですわね」

 アンネリーゼは黒いレースの手袋を投げ捨てた。そこにはやはり同じような黒い文様が緻密に並んでいる。

「遠慮せずに、よくご覧になってください」

 タイトな黒いドレスのようで、そうではなかった。

「⋯⋯嘘だろ」

 いくら目を見張ってみても、アンネリーゼの姿は変わらないままそこにある。

(魔装は武器や道具に刻むものだ)

 ゲープハルトは文字通り頭を抱えた。

 かつての師は、大陸に名を轟かせる魔導戦士であった。指先に施された師匠の魔装を思い出す。

(あれだけで十分のはずだ。それを全身に⋯⋯)

 意味が分からない。意図も分からない。

 だが強さは分かる。

「なるほどな⋯⋯。それがあんたの強さの根源ってことか」

「私と組みませんか?」

 可憐な面立ちとあまりにちぐはぐな魔装。

 それは異様で、理解できない。

 けれど⋯⋯。

「いいねぇ、面白ぇ。魔装で空を翔ぶとはな」

「肯定と受け取ってよろしいですよね」

「ああ、構わない」

 アンネリーゼは笑みをほころばせる。それは年相応の愛くるしさだった。

 でもそれがどんな意味を持つのか、ゲープハルトはまだ知らない。

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