3-03 五七五七七はロックを詠う
高階和歌奈は和歌を愛する高校1年生女子。
文芸部に所属し、日々短歌を作る毎日を過ごす。
そんな彼女の心が大きく揺さぶられる。
彼女が見たのは見覚えのある少年の弾き語り。
彼は同級生の泉声矢。
彼の歌声に心惹かれる和歌奈。
だが彼は和歌奈にとっての禁句を口にする。
「数に縛られるなんてロックじゃない」
自分の好きなものを、興味をいだいた相手に否定されたと感じた彼女は、深く傷つく。
和歌奈は、彼に短歌を認めさせようと、美貴に協力させつつ計画を練っては実行する。
一方、声矢も自分に絡んでくるようになった彼女に興味を持ち、自分のバンドのライブやスニーカーエイジの北海道予選に和歌奈を誘うなど、彼女にロックを理解させようと試みてくる。
なんだかんだで距離が縮まるふたり。
彼女の短歌は声矢の心に届くのか?
好感以上恋未満(?)な物語。
寒い。
疲労感と体内の冷気を少しでもとろうと、夜空に向かってほぅと息を吐きだす。白い息が星空を求めるように天に昇り、やがて溶けていく。
午後から降りだしていた雪はやんでいたが、駅前の路面には、数分前に踏み固められたであろう雪がしっかりと残っていた。これでも、冬の本番はこれからなのだから嫌になる。
「ここで一首」
軽く目をとじ頭に浮かんだ言葉を紡ぐ。
「ため息が 空へと続く 天の川 夜空に焦がれ 想い消えゆく」
プロからしたら減点したくてたまらない一首だろうけど、私はこれでいい。
浮かんだ想いを自由な言葉で虚空にとかす。世界と私がひとつになる瞬間だ。
お陰様で塾帰りで疲れた頭と心が、若干軽くなったように思う。
「わっこ~、黄昏てないで麺座敷よってこー」
自身の短歌の余韻に浸っていると、幼馴染の美貴が背後から抱きついてきた。
後頭部にあたる大きくて柔らかいお山がちょっとむかつく。
同い年なのに、なぜこうも育ち方が違うのか。
「あんたんとこは、おばさんがご飯作って待ってるでしょうが」
美貴を引き剥がし、彼女に向き合う。
にらんでみるが、美貴の微笑みの前では無力だ。
「大丈夫、大丈夫。アタシとわっこの仲は親公認」
上着のポケットから取り出した1000円札を、得意げに広げてみせる。ウチの事情をご存知のおばさんが持たせたようだ。どうやらラーメン屋へのお誘いは断れそうもない。
私は感謝とほんのちょっぴりの嬉しさを悟られないように、がっくりと項垂れてみせる。
『仕方ないなあ』とぼやくために顔をあげたが、言葉は紡げなかった。
空気を弾くような音が耳に飛び込むと同時に、美貴の顔があらぬ方へと向けられたからだ。
「わお、こんな寒いのに弾き語りだよ。根性あんな」
彼女の言葉に納得する。これはギターの音色だ。この気温だと指がかじかんじゃう。美貴の言うように、こんな寒い夜に屋外で歌うのはちょっとすごい。とはいえ演奏がぎこちないのは不慣れなのもありそう。
たぶん素人の弾き語り。私たちが通う学習塾の最寄駅は大きな駅ではないけれど、それでも、たまにミュージシャン志望みたいな感じの人たちが歌っている。このギターの弾き手もきっとそう。
「行ってみよ!」
好奇心旺盛な美貴が私の手を掴み、ポニーテールを揺らしながら音の聞こえる人だかりへと引っ張っていく。もっとも、数人が立ち止ってるだけだから、人だかりは大袈裟か。
なんちゃって人だかりに引きずりこまれた私の耳に、少し高めの男性の声が届く。
透明感のある伸びやかなハイトーンに、私の心臓がとくんと跳ねた。
瞬間、景色を映していた私の瞳が、木漏れ日差し込む森の道へといざなわれる。
それが幻であることに気づく前に、口が自然に開く。
「心湧く 小鳥さえずる 木漏れ日は 雪すらとかす 春の訪れ」
「わっこが、宣言なしに一首詠んだ!」
美貴の驚きの声に、一気に現実に引き戻された。
途端に顔が熱くなるのを感じる。
私が『ここで1首』と言うのを忘れて短歌を詠むのは、強く心を動かされた時。
付き合いの長い幼馴染はそのことを知っている。
「もしかしてもしかして、歌声に惚れた? わっこもついに初恋?」
彼女は口を両手でふさぎ、キラキラした目で私を見下ろしてくる。
見えなくても、手の下の口角が吊り上がってるのがわかった。
その巣立つ雛鳥を目撃したような顔はやめろ。
「ここで一首よろしく~」
目の前で騒がれることを気にもとめず、一心不乱に歌い続ける男性の声を聴きながら、私は小さくため息をつく。
「このおバカ からかうなかれ 我が心 恋とは違う 声の憧れ」
「やっぱり恋の芽生えじゃん!」
「綺麗な歌声だなって思っただけ!」
私の声が少しだけ大きくなる。
それを自覚した途端に歌声がやんだのでドキリとしたが、微妙なギター演奏は続いていたので後奏に入ったらしい。
歌を邪魔しなくて良かった。いや、ギター演奏も邪魔しちゃダメか。
でも、落ち着いてくると、これまでとは違った理由で顔が熱くなってくる。
いつの間にか強く握り締め、痛みを訴えてきた拳をとき、小さく舌打ちする。クソッ、寒いんだから手袋使ってればよかった。
両親の影響もあって、私は物心がついた時から和歌が好き。短歌を口ずさむ癖がついたのも好きだからこそ。
その私が詠ではなく歌に心奪われるなんて、一生の不覚!
私が愛しているのは和歌と短歌。こんなゴテゴテのメロディーをつけたような歌じゃない。
私が胸の中でもだえ苦しんでいる間に、発展途上中のギターの音色が終わりを迎えた。
彼は折り畳み式のストールから立ち上がると、帽子をとって私たちを含む観衆に頭をさげる。
「あれ? 誰かと思えばイズミンじゃん」
美貴の言葉に、私は男性の顔をまじまじと見つめる。
本当だ。間違いない。私たちのクラスメイト『泉誠也』君だ。
「そういえば、軽音でギタボやってるって、誰か言ってたっけ」
美貴以外には内向的な私と違い、彼女は学校でも社交的なんだよね。
本人との交流はなさそうだけど、近しい人との付き合いはあるのかも。
「うんうん。カップリングとしては悪くないかも。私もセットだとなお良し」
楽しげに不穏なことを口走ると、またもや私の手を引き、泉君へと歩み寄る。
ポニーテールがスキップしてるようにさえ見えた。
「ちょっと! 何する気よ⁉」
「いいからいいから。イズミーン、お疲れ~」
彼の歌に耳を傾けていた聴衆が離れていく中、帽子をかぶりなおした彼が、こちらに顔を向けた。
途端に目を丸くする。
「俵と高階……さん」
呼び捨てと『さん』づけか。社交性の差が生んだ対応なんだろうが、なんだかもやもやする。
「イズミン、いつもここで歌ってんの?」
美貴の言葉に、泉君は苦笑しつつ首を横に振る。
「いつもは別のトコ。だいぶ外で弾くのに慣れたから、少し人の多いところでって思ってさ」
「そこはどうでもいいの。そんなことよりこの子が……」
彼女が私の肩を掴んだと思うと、グイと泉君の前へと押し出す。
自身の話をどうでもいいと断言され、眉をひそめた彼の視線が落ちて、私の視線と交差する。
「イズミンの歌声、大好きだって」
泉君の眉間のシワがますます深くなった。不快に思ったというより、困惑している感じ。
それはそうだろう。クラスメイトとはいえこれまで接点がなかったんだから。もっとも私の場合、美貴意外とはほぼ交流がないんだけど。
「えっと、ありがとう?」
戸惑いは解消されていないようだったけれど、それでも彼は礼を述べてくる。
申し訳なくて一首詠みたくなったが、より混乱させるだけ。喉からせせりあがって来ていた短歌を飲み込む。
「それで、やっぱギタボの練習?」
「バンドだと俺が一番足引っ張ってっかんな」
「サイドギターが退部したんだよね」
バンドの話題になった瞬間、彼から戸惑いの色は消え、表情が引き締まる。
軽音部ってなんかチャラチャラしたイメージを持ってたけど、ちょっと偏見だったかも。
というか美貴は私と同じ文芸部なのに、なんで軽音部の事情を知ってんのよ?
「またここで弾き語りすんの?」
「週一くらいかな。あくまで人前でも練習通り弾けるための練習だから」
「だって。良かったね、わっこ。また聞けるって」
彼女が冷やかすように声をかけてくる。返す言葉もないので、黙って首をすくめた。
ただ、泉君は美貴の言葉に興味をもったようで、キラキラした目を私に向けてくる。
「高階さん、歌好きなんだ。ロックとか聞いたりする?」
「おやおや。イズミンは情報に疎いですな。わっこは文芸部の詠姫と呼ばれてるのだよ」
いや、それ文芸部員がふざけて言ってるだけじゃん!
「へえ、マジで初耳だけど。どんな曲、歌うの」
ああ、泉君、完全に誤解しちゃってるよ。
美貴だってそのことに気づいているくせに、得意げに胸を張る。
「短歌だよ、短歌。口癖にまでなってるんだから」
ウキウキで語る彼女とは対照的に、彼の瞳から急速に好奇心という名の輝きが失われていく。
「えっと、五七五だっけ? 文字数に縛られるのって楽しいか? そんなのロックじゃないだろ。正直アレを歌うって言ってほしくない」
あ? なに言ってくれてんだこいつ?
血が一気に頭にかけのぼり、彼の歌声へのドキドキをどこかへと吹き飛ばす。
「ちょっとバカ! わっこの前で短歌をバカにしないでよ! そもそも短歌は五七五七七!」
「えっ? いや、別にバカにしたわけじゃ……」
これまでのおちゃらけた態度から一変、慌てた様子を見せる美貴に驚いたのか、泉君の顔が青ざめる。
だが、もう遅い!
「クソ野郎 あふれる想い 閉じ込めた 言葉噛みしめ 吠え面かかす」
私の口から滑りでた短歌に、泉君が口を半開きにしたマヌケ面を私に向けた。
拳を力強く握りしめ、彼の頬を引っぱたいてやりたい気持ちを全力で抑える。
でも、これ以上ここにとどまれば我慢できる自信がなかった。
短歌を紡いだ口をきゅっと結び、踵をかえす。
悪気があって発した言葉じゃない。それはわかっている。
ただ私にとって、短歌は命だ、青春だ!
「わっこ、待ってってば!」
追いかけてくる美貴の足音を聞きながら、私はまっすぐにラーメン屋に向かう。
短歌の良さを理解しない、あのロッカーもどきに思い知らせる作戦を練るエネルギーを得るために。





