表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/26

3-03 五七五七七はロックを詠う

高階和歌奈は和歌を愛する高校1年生女子。

文芸部に所属し、日々短歌を作る毎日を過ごす。

そんな彼女の心が大きく揺さぶられる。

彼女が見たのは見覚えのある少年の弾き語り。

彼は同級生の泉声矢。

彼の歌声に心惹かれる和歌奈。

だが彼は和歌奈にとっての禁句を口にする。

「数に縛られるなんてロックじゃない」

自分の好きなものを、興味をいだいた相手に否定されたと感じた彼女は、深く傷つく。

和歌奈は、彼に短歌を認めさせようと、美貴に協力させつつ計画を練っては実行する。

一方、声矢も自分に絡んでくるようになった彼女に興味を持ち、自分のバンドのライブやスニーカーエイジの北海道予選に和歌奈を誘うなど、彼女にロックを理解させようと試みてくる。

なんだかんだで距離が縮まるふたり。

彼女の短歌は声矢の心に届くのか?

好感以上恋未満(?)な物語。

 寒い。

 疲労感と体内の冷気を少しでもとろうと、夜空に向かってほぅと息を吐きだす。白い息が星空を求めるように天に昇り、やがて溶けていく。

 午後から降りだしていた雪はやんでいたが、駅前の路面には、数分前に踏み固められたであろう雪がしっかりと残っていた。これでも、冬の本番はこれからなのだから嫌になる。

 

「ここで一首」


 軽く目をとじ頭に浮かんだ言葉を紡ぐ。

 

「ため息が 空へと続く 天の川 夜空に焦がれ 想い消えゆく」


 プロからしたら減点したくてたまらない一首だろうけど、私はこれでいい。

 浮かんだ想いを自由な言葉で虚空にとかす。世界と私がひとつになる瞬間だ。 

 お陰様で塾帰りで疲れた頭と心が、若干軽くなったように思う。


「わっこ~、黄昏てないで麺座敷(めんざしき)よってこー」


 自身の短歌の余韻に浸っていると、幼馴染の美貴が背後から抱きついてきた。

 後頭部にあたる大きくて柔らかいお山がちょっとむかつく。

 同い年なのに、なぜこうも育ち方が違うのか。


「あんたんとこは、おばさんがご飯作って待ってるでしょうが」


 美貴を引き剥がし、彼女に向き合う。

 にらんでみるが、美貴の微笑みの前では無力だ。


「大丈夫、大丈夫。アタシとわっこの仲は親公認」


 上着のポケットから取り出した1000円札を、得意げに広げてみせる。ウチの事情をご存知のおばさんが持たせたようだ。どうやらラーメン屋へのお誘いは断れそうもない。

 私は感謝とほんのちょっぴりの嬉しさを悟られないように、がっくりと項垂れてみせる。

『仕方ないなあ』とぼやくために顔をあげたが、言葉は紡げなかった。

 空気を弾くような音が耳に飛び込むと同時に、美貴の顔があらぬ方へと向けられたからだ。


「わお、こんな寒いのに弾き語りだよ。根性あんな」


 彼女の言葉に納得する。これはギターの音色だ。この気温だと指がかじかんじゃう。美貴の言うように、こんな寒い夜に屋外で歌うのはちょっとすごい。とはいえ演奏がぎこちないのは不慣れなのもありそう。

 たぶん素人の弾き語り。私たちが通う学習塾の最寄駅は大きな駅ではないけれど、それでも、たまにミュージシャン志望みたいな感じの人たちが歌っている。このギターの弾き手もきっとそう。


「行ってみよ!」


 好奇心旺盛な美貴が私の手を掴み、ポニーテールを揺らしながら音の聞こえる人だかりへと引っ張っていく。もっとも、数人が立ち止ってるだけだから、人だかりは大袈裟か。

 なんちゃって人だかりに引きずりこまれた私の耳に、少し高めの男性の声が届く。

 透明感のある伸びやかなハイトーンに、私の心臓がとくんと跳ねた。

 瞬間、景色を映していた私の瞳が、木漏れ日差し込む森の道へといざなわれる。

 それが幻であることに気づく前に、口が自然に開く。


「心湧く 小鳥さえずる 木漏れ日は 雪すらとかす 春の訪れ」

「わっこが、宣言なしに一首詠んだ!」


 美貴の驚きの声に、一気に現実に引き戻された。

 途端に顔が熱くなるのを感じる。

 私が『ここで1首』と言うのを忘れて短歌を詠むのは、強く心を動かされた時。

 付き合いの長い幼馴染はそのことを知っている。


「もしかしてもしかして、歌声に惚れた? わっこもついに初恋?」


 彼女は口を両手でふさぎ、キラキラした目で私を見下ろしてくる。

 見えなくても、手の下の口角が吊り上がってるのがわかった。

 その巣立つ雛鳥を目撃したような顔はやめろ。

 

「ここで一首よろしく~」


 目の前で騒がれることを気にもとめず、一心不乱に歌い続ける男性の声を聴きながら、私は小さくため息をつく。


「このおバカ からかうなかれ 我が心 恋とは違う 声の憧れ」

「やっぱり恋の芽生えじゃん!」

「綺麗な歌声だなって思っただけ!」


 私の声が少しだけ大きくなる。

 それを自覚した途端に歌声がやんだのでドキリとしたが、微妙なギター演奏は続いていたので後奏に入ったらしい。

 歌を邪魔しなくて良かった。いや、ギター演奏も邪魔しちゃダメか。

 でも、落ち着いてくると、これまでとは違った理由で顔が熱くなってくる。

 いつの間にか強く握り締め、痛みを訴えてきた拳をとき、小さく舌打ちする。クソッ、寒いんだから手袋使ってればよかった。

 両親の影響もあって、私は物心がついた時から和歌が好き。短歌を口ずさむ癖がついたのも好きだからこそ。

 その私が詠ではなく歌に心奪われるなんて、一生の不覚!

 私が愛しているのは和歌と短歌。こんなゴテゴテのメロディーをつけたような歌じゃない。

 私が胸の中でもだえ苦しんでいる間に、発展途上中のギターの音色が終わりを迎えた。

 彼は折り畳み式のストールから立ち上がると、帽子をとって私たちを含む観衆に頭をさげる。


「あれ? 誰かと思えばイズミンじゃん」


 美貴の言葉に、私は男性の顔をまじまじと見つめる。

 本当だ。間違いない。私たちのクラスメイト『泉誠也』君だ。


「そういえば、軽音でギタボやってるって、誰か言ってたっけ」


 美貴以外には内向的な私と違い、彼女は学校でも社交的なんだよね。

 本人との交流はなさそうだけど、近しい人との付き合いはあるのかも。


「うんうん。カップリングとしては悪くないかも。私もセットだとなお良し」


 楽しげに不穏なことを口走ると、またもや私の手を引き、泉君へと歩み寄る。

 ポニーテールがスキップしてるようにさえ見えた。


「ちょっと! 何する気よ⁉」

「いいからいいから。イズミーン、お疲れ~」


 彼の歌に耳を傾けていた聴衆が離れていく中、帽子をかぶりなおした彼が、こちらに顔を向けた。

途端に目を丸くする。


「俵と高階……さん」


 呼び捨てと『さん』づけか。社交性の差が生んだ対応なんだろうが、なんだかもやもやする。


「イズミン、いつもここで歌ってんの?」


 美貴の言葉に、泉君は苦笑しつつ首を横に振る。


「いつもは別のトコ。だいぶ外で弾くのに慣れたから、少し人の多いところでって思ってさ」

「そこはどうでもいいの。そんなことよりこの子が……」


 彼女が私の肩を掴んだと思うと、グイと泉君の前へと押し出す。

 自身の話をどうでもいいと断言され、眉をひそめた彼の視線が落ちて、私の視線と交差する。


「イズミンの歌声、大好きだって」


 泉君の眉間のシワがますます深くなった。不快に思ったというより、困惑している感じ。

 それはそうだろう。クラスメイトとはいえこれまで接点がなかったんだから。もっとも私の場合、美貴意外とはほぼ交流がないんだけど。


「えっと、ありがとう?」


 戸惑いは解消されていないようだったけれど、それでも彼は礼を述べてくる。

 申し訳なくて一首詠みたくなったが、より混乱させるだけ。喉からせせりあがって来ていた短歌を飲み込む。


「それで、やっぱギタボの練習?」

「バンドだと俺が一番足引っ張ってっかんな」

「サイドギターが退部したんだよね」


 バンドの話題になった瞬間、彼から戸惑いの色は消え、表情が引き締まる。

 軽音部ってなんかチャラチャラしたイメージを持ってたけど、ちょっと偏見だったかも。

 というか美貴は私と同じ文芸部なのに、なんで軽音部の事情を知ってんのよ?


「またここで弾き語りすんの?」

「週一くらいかな。あくまで人前でも練習通り弾けるための練習だから」

「だって。良かったね、わっこ。また聞けるって」


 彼女が冷やかすように声をかけてくる。返す言葉もないので、黙って首をすくめた。

 ただ、泉君は美貴の言葉に興味をもったようで、キラキラした目を私に向けてくる。


「高階さん、歌好きなんだ。ロックとか聞いたりする?」

「おやおや。イズミンは情報に疎いですな。わっこは文芸部の詠姫と呼ばれてるのだよ」


 いや、それ文芸部員がふざけて言ってるだけじゃん!


「へえ、マジで初耳だけど。どんな曲、歌うの」


 ああ、泉君、完全に誤解しちゃってるよ。

 美貴だってそのことに気づいているくせに、得意げに胸を張る。


「短歌だよ、短歌。口癖にまでなってるんだから」


 ウキウキで語る彼女とは対照的に、彼の瞳から急速に好奇心という名の輝きが失われていく。


「えっと、五七五だっけ? 文字数に縛られるのって楽しいか? そんなのロックじゃないだろ。正直アレを歌うって言ってほしくない」

 

 あ? なに言ってくれてんだこいつ?

 血が一気に頭にかけのぼり、彼の歌声へのドキドキをどこかへと吹き飛ばす。


「ちょっとバカ! わっこの前で短歌をバカにしないでよ! そもそも短歌は五七五七七!」

「えっ? いや、別にバカにしたわけじゃ……」


 これまでのおちゃらけた態度から一変、慌てた様子を見せる美貴に驚いたのか、泉君の顔が青ざめる。

 だが、もう遅い!


「クソ野郎 あふれる想い 閉じ込めた 言葉噛みしめ 吠え(づら)かかす」


 私の口から滑りでた短歌に、泉君が口を半開きにしたマヌケ面を私に向けた。

 拳を力強く握りしめ、彼の頬を引っぱたいてやりたい気持ちを全力で抑える。

 でも、これ以上ここにとどまれば我慢できる自信がなかった。

 短歌を紡いだ口をきゅっと結び、きびすをかえす。

 悪気があって発した言葉じゃない。それはわかっている。

 ただ私にとって、短歌は命だ、青春だ!


「わっこ、待ってってば!」


 追いかけてくる美貴の足音を聞きながら、私はまっすぐにラーメン屋に向かう。

 短歌の良さを理解しない、あのロッカーもどきに思い知らせる作戦を練るエネルギーを得るために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第25回書き出し祭り 第3会場の投票はこちらから ▼▼▼ 
投票は5月16日まで!
表紙絵
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ