3-02 二十年連れ添った幼馴染が報われるために。逆転勝利で付き合うための三日間ラブコメ
私と真史は生まれた時から一緒にいる、正真正銘の幼馴染だ。でも幼馴染枠は不遇がち。真史から、サークルの先輩に告白されたこと、三日後にはOKの返事をするつもりなことを打ち明けられた。期限は三日。その間に私は真史の幼馴染として報われるために、あらゆる手を尽くさなければならない、そう決めたのだ――。
幼馴染枠が報われないことくらい、見て聞いて知っているはずだった。
世の中にはびこるどんなフィクションを見ても、幼馴染の女は不遇な目に遭い、結ばれるのはだいたい物語中盤で出てきたぽっと出の女。可愛くない、とは言わないが、可愛げはない。ぽっと出枠も可愛いのは間違いないし、まあこいつにならうつつを抜かしてもしょうがないよなと思えてしまう分余計に腹が立つ。
『今日の講義終わったん?』
『終わってない 五限に講義入った』
『おけ、そしたら終わるまで待つわ』
『六時半やから無理せんでええよ』
『レポートあるし気にせんといて』
下宿先が近いのもあって、大学生だが私と彼はほとんど毎日一緒に帰っている。学部が違うから時間割も違うはずなのに、一方が遅ければ課題なりゲームなりして時間をつぶし、もう一方に合わせる。そんなことはとうの昔から慣れっこだった。交わすメッセージもある意味淡白になって久しい。
(とは言ったものの、割とヒマかも……)
淡白は淡白だが、私にとって彼は大事な幼馴染だ。たぶん、不遇な目に遭う方の。家が道路を挟んで向かいの真史とは生まれた病院から一緒。新生児室でも隣どうしだったらしい。保育園の頃からしょっちゅう一緒に遊んでいたし、小学校から高校まで登下校もだいたい一緒だった。学部は違うとはいえ、志望大学まで同じだった時はさすがにびっくりした。もうこれで結ばれなかったらよっぽど私が悪いんだと分かるくらい、絵に描いたような幼馴染の関係だった。
慢心はしていなかった。真史くらい距離の近い男子なんて他にいなくて、真史より私の方がませるのが少し早かったから、たぶんこのまま行けば真史とは友達以上に仲良くなるだろうなという予感はしていた。一緒にいる期間が長くなるほど、かけがえのない存在だと思うようになっていった。
(報われるためには、ねぇ)
真史は私の目から見て、他の女にうつつを抜かしているようには見えなかった。特段足が速いわけでも、勉強ができるわけでもない。誰もが振り向き見とれるような容姿端麗さはないし、かと言って地味で目立たず煙たがられるような見た目でもない。普通という言葉はあまりにも陳腐だけれど、それ以外に真史を上手く形容する言葉が見つからない。友達との会話の中で何度か真史の名前が挙がったことはあるが、それは私と真史が幼馴染なのを知っている子からの発言で、どれくらい進んでるのか、と探りを入れるものばかりだった。私はそのたびに、そのへんの友達と大して変わらないよ、と返してきた。私が将来的に報われる幼馴染かどうかというより、当時から心配だったのは真史が私への興味を完全に失ってしまうこと。好きの反対は無関心、とはよく言ったものだ。
「やっぱり……そんなに時間かからんかったな」
頭の片隅で真史のことを考えつつも、レポートを書き進める私の手は止まらなかった。A4で2枚分のレポートといいつつも、高校で新聞部に入っていた頃から文章を書き慣れている私にとっては造作もない。前段階の調べ物さえ順調にいけば、机に向かってシャーペンを動かすのは単なる作業になる。真史はそれが才能だというけれど、小さい頃からできたわけではない。多少頑張った結果できるようにはなったのかもしれない。
レポートを片付け、スマホの相手をし始めるとものの十分ほどで眠くなってきたので本能に従うと、次に目が覚めた時には約束の六時半まであと三分、という頃だった。昨日の夜にふと見始めてしまったショート動画につい夢中になって、その気はなかったのに夜更かししてしまったことを思い出す。ぽいぽい弾くだけでどんどん次の動画が出てきてしまうあの手の動画は本当によくない。よくないけれど、つい見てしまう。
(だいだい真ん中くらいに座ってるんよな、真史)
真面目過ぎるわけでも、とりあえず講義に出るだけ出るタイプでもない真史。自分の存在を主張したいのかしたくないのか分からない学生が多いから、中くらいの講義室でも真史を探すのはそこそこ苦労する。おそらく必修の講義なのだろう、五限という遅い時間にもかかわらず出席率は高く、ある程度講義室がかったるそうな学生を吐き出した段階でようやく真史の姿が見えた。よく見知った人間を見つけて、子供のようにはしゃいで近づくのもなんだか違うので、じっと待っていると真史の方が私を見つけて近寄ってくれた。
「すまん、待ってもらって」
「全然気にしてへんよ。大丈夫」
「京都弁的にはめっちゃ気にしてることになるで、それ」
「うち京都の人間ちゃうし」
温もり。動画で話題のご飯やスイーツを食べた時にも、友達と夢中で遊んでいる時にも感じられない、真史といる時にだけ感じられる温もり。それが恋心だと気づいたのは割と最近だった。真史よりませていると言いながら、私は結局どこか幼いままここまで来たのだ。――告白するなら私からなんだろうけれど、今さら告白するのも改まりすぎてるな、と思うくらいには幼いまま。
「そうや。駅の南っかわにシュークリームの店できたやん」
「細いとこちょっと入ったあれ?」
「そう。あれ気になるから一回行ってみてくれん?」
「なんでうちに言うねん」
「初手男一人で行くんは恥ずかしいねん」
「入り組んだとこにあるし誰にもバレんやろ。っていうか、別に悪いことしとんとちゃうんやし。あと――」
「ん?」
うちと一緒に行けばええのに、と言いかけた。言えなかった。もうすぐで言えた。ただ、私の中の何かが邪魔をした。カップルに見られたらめんどくさいから?いや、絶対そうじゃない。だって私は、真史と一緒に行動してカップルに見られたいくらいだって、思っているはずなのだから。
「……いや、なんもない。一回、行ってみる。まあ男一人でも全然入りやすいとこやと思うけど」
「助かる。小葉実にしか頼めへんし」
そこまで言えるなら、とちょっと前のめりになった。そのまま勢いで言ってしまったってよかった。でも「あ、」という真史の声で、すうっと自分が冷静になっていくのが分かった。
「小葉実さ」
「……ん?」
「そういや、ちょっと相談乗ってほしいことがあって」
「……っ!」
思えばこの時点で、真史にストップをかけておけばよかったのかもしれない。そんな話の始め方なんて、私は別れ話でしか聞いたことがない。友達より絶対的に強くて、恋人の関係との間には絶対的な壁がある。そんな幼馴染の関係がぷつりと切れるかもしれない予感を、私はこの時確かに覚えていたはずだった。
「あんまり隠してもしゃあないし言うんやけど、こないだサークルの先輩に告られてん」
「……」
「俺、まさか告られるとは思っとらんくて。これ、こないだのサークル合宿の写真で、……ここに写ってる、この人」
その人はきれいだった。私がこれまで見てきた人にはいないタイプの、ぽっと出の女。彼女を可愛くないと言ったら、とんでもなく罰当たりだと分かるくらいのひと。可愛げはない。真史は、今まさにその先輩にうつつを抜かそうとしていた。
「先輩、せっかちやけど返事待ってくれるらしい。一週間後には返事欲しいって、言われてて」
「……うん」
「返事、しようと思ってて。そうなったら、あんまり小葉実と一緒におんの、よくないなって」
「……そう、やな」
「三日後には返事したいねん。あんまり待たせんのもアレやし……けど、小葉実を一人にすんのも、なんかちゃうなって思って。思い当たるええ奴がおるから、紹介したいんやけど」
「待って」
俺のことは気にするな、お前は他の男と幸せになれ――ということか。後にも先にも、この時ほど私の頭の回転が速かったことはない。そう断言できる。
「分かってる、やんな? うちら幼馴染やって」
「……あぁ、うん」
「うちに、引き下がってもらいたいんやろ」
「……ちゃう、そういうわけ」
「うち、諦めは割と悪い方やで。教えてなかったかもしれんけど」
「……っ!」
「後出しで言うけど、うち結婚まで考えててん。真史と……返事は三日後、って言うたやんな?」
「三日後……うん」
「ほな三日間でひっくり返したら、うちと付き合ってくれる? 全力で勝ちに行くわ」
「そ、それはちょっと」
「文句はないやろ? うちが真史の気持ち変えれんかったら、先輩と付き合ってええよ。大人しく男探しに行くわ……けど、心変わりしたら、正直にうちと付き合ってほしいねん。三日間で決める。三日やったら、文句ないやろ」
「……う、うん」
半ばというか、ほとんど無理やり約束を取り付けた自覚はある。けれど、三日の猶予はできた。不遇な幼馴染枠であることをようやく自覚した私にとっては、十分すぎるくらいの時間だ。
この間に、状況をひっくり返す。そして、報われてみせる。





