3-23 ストリーマー○人事件
全てが記録される時代。人々の視界に埋め込まれたスマートアイが、見たもの全てを配信し、記録する——。
登録者12万人の中堅EgoTuber・アキは、トップストリーマー・奈都が主催するオフコラボに招待される。山間の別荘に集まったのは七人の配信者たち。全員のライブレコーダーが回る中、企画は順調に進んでいた。
だが深夜、奈都が遺体で発見される。
全員の映像を突き合わせれば、犯人はすぐに特定できるはずだった。しかし、検証を進めるほど、事件は不可解さを増していく。全てが可視化された時代に、なぜ真相に辿り着けないのか。
記録が全てを証明する世界で、記録だけでは解けない事件に挑む——配信者たちのリアルタイム推理が、今始まる。
スマートアイのキャリブレーションが完了し、ライブレコーダーの録画ランプが灯った。
僕の視界が、そのまま世界に配信される。
「やあ、みんな。今日はちょっと特別な配信だ」
車窓を流れる山の稜線に目をやりながら、僕――アキは配信の挨拶を始めた。
コメント欄が早速流れる。
『山? キャンプ?』
『アキさんアウトドア似合わなさすぎて草』
失礼な。似合わないのは認めるけど。
「今日はね、奈都さんのオフコラボに招待されまして」
『は?』
『登録者800万の奈都???』
『格差コラボで草』
僕だって聞きたい。登録者12万の中堅――いや、控えめに言っても中の下の雑談系EgoTuberが、なんでトップストリーマーのイベントに呼ばれたのか、正直さっぱりわからない。
奈都さんは僕がEgoTubeを始めるきっかけになった人だ。まさか本人と同じ空間に立てる日が来るとは。
***
別荘は山間の木々に囲まれた、想像の三倍は豪華な建物だった。
「おー、来た来た! アキじゃん!」
奥のキッチンから顔を出したのは、奈都さんだった。
画面越しに何千回と見てきた笑顔が、肉眼の距離にある。太陽みたいなカリスマ性は配信のままだ。
「お招きいただいてありがとうございます。その、本当に僕なんかで良かったんですか」
「何言ってんだよ。面白いやつ呼んだら楽しいだろ? 堅くなんなって」
奈都さんに肩を叩かれ、リビングに案内される。そこには既に他の参加者が揃っていた。
設営用のケーブルを束ねていた長身の男が振り返る。津由さん。アウトドア系のEgoTuberで、登録者150万人。奈都さんとは幼馴染だと聞いている。
「よう、遠かったろ。飯、まだだったらつまみ出すぞ」。
気さくな声。スマートアイの表示を一瞥して、「山奥って電波悪いから、スマートアイの時計ずれることあるんだよな。ネット繋ぎ直しといた方がいい」と独り言みたいに付け加えた。
ソファで配信映えするアングルを探していたのはふゆさん。メイク・日常系の人気女性EgoTuber。登録者200万人。
「あ、新しい人? はじめまして~。ちょっと待って、この光、肌のトーン最高なんだけど」
穏やかな笑みで会釈してきたのがHALさん。検証・考察系のEgoTuber。登録者40万人。
「初めまして、HALです。動画いつも見てますよ。雑談回の空気感、好きなんです」
人当たりの良い好青年という第一印象。僕の配信を本当に見ていたのか、それとも社交辞令なのか。いずれにしても悪い気はしなかった。
そして――リビングの一角に、もう二人。
「お、来たね来たね。アキさんでしょ? 配信で見た通りの顔してるね」
MAY。VTuber。登録者300万人。端正なアバターの顔が不敵に笑っている。声だけでわかる、切れ者の空気。
「奈都さんのコラボに新しい人! わあ、嬉しい! 私、しぐれっていいます! よろしくね!」
しぐれ。こちらもVTuber。登録者80万人。奈都さんの大ファンを公言しているガチ恋勢で、スパチャの累計額は都市伝説になっている。
七人。全員のスマートアイが起動している。
この別荘で起きることは、全てのライレコに記録される。
『プライバシーどこ行った』
『悪いことできないな』
***
乾杯の音頭は奈都さんだった。
「俺たちの時代は全てが可視化されている。隠し事なんてできない。だからこそ、こうしてリアルに会う意味がある。カメラの前でも後ろでも、同じ顔でいようぜ」
歓声。グラスが鳴る。コメント欄にスパチャが飛ぶ。
乾杯の後、奈都さんが僕のところに来た。
「なあアキ。お前の配信さ、あの何でもないことを面白く見せる力、すげえよ。俺には真似できない」
僕が照れてグラスを傾けると、奈都さんは笑って付け加えた。
「今度、俺のチャンネルでもやってみようかな、ああいうの」
無邪気な笑顔だった。悪気なんてひと欠片もない。多分。
だけど僕は、グラスの縁に口をつけながら考えていた。
本当にカメラの前と後ろの顔は、同じなんだろうか。
***
イベントは順調に進んだ。
どれも奈都さんの仕切りが上手くて、配信が盛り上がらないわけがなかった。
暴露トークが白熱する中、奈都さんが上機嫌で新企画の話を切り出した。
「そうだ、来月から新シリーズ始めるんだよ。日本のローカル絶景を巡る旅企画。穴場スポットを片っ端から攻めるやつ」
津由さんの顔色が変わった。
一瞬のことだった。笑っていた顔が凍りつき、グラスを持つ手が止まる。
「おい奈都。それ、俺が去年お前に話した企画だろうが」
一瞬の静寂。
コメント欄が一拍遅れて反応する。
『え』
『空気……』
『やばくね?』
奈都さんは笑みを崩さなかった。
「え、そうだっけ? まあ旅企画なんて誰でも思いつくだろ。津由、一緒にやろうぜ」
津由さんがテーブルを叩いた。
ふゆさんが肩をすくめ、しぐれが小さく息を呑んだ。
「また同じことかよ。俺のアイデアを使って、お前の名前で出す。昔から何も変わってねえ」
奈都さんの笑顔が消えかける。
「津由、それは——」
だが、津由さんは遮るように顔を背け、「……すまん。取り乱した。忘れてくれ」と低い声で言って、リビングの隅に移動した。
奈都さんはいつもの笑顔に戻り、「なーんか、気まずくなっちゃったな! はい、次!」と無理やり場を切り替える。
『やばかった』
『いや笑い話にしろよ奈都』
『幼馴染の闇深い』
コメント欄が騒然とする。
僕は津由さんの背中を見つめていた。壁に寄りかかって腕を組んだその姿には、怒りよりもっと深い――痛みのようなものが滲んでいた。
場の空気が少し和らいだところで、奈都さんがHALさんに軽い調子で振った。
「HALさあ、あの企画のこと、まだ根に持ってる?」
津由さんの一件の直後だ。場の空気がまたぎこちなくなる。
HALさんは苦笑いで手を振った。
「終わった話だろ」
「だよな! あれもう何年前だっけ。HALの検証動画のフォーマット使わせてもらって、俺のチャンネルで伸ばしちゃったんだよなあ。あの時はマジ悪かった」
奈都さんはへらへらと笑いながら言った。自分がやったことを認めている。だが、それを笑い話のテンションで語ることで、謝罪の重さが煙のように消えていく。
「もういいって」
HALさんが手を振る。奈都さんは「だよな!」と豪快に笑い、話題を変えた。
その後、対戦ゲーム企画に移った。全員が白熱し、叫び声と笑い声が別荘に反響する。津由さんも笑顔に戻り、先ほどの怒りが嘘のようにゲームを楽しんでいる。
HALさんがコントローラーを握りしめ、画面に食い入るように身を乗り出した。MAYの逆転技が決まった瞬間――
「おいおい、ふざけんな、殺すぞ!」
軽口。ゲームの文脈で、悪意なんて1ミリもない一言。
だが、HALさんのスマートアイの表示が赤く点滅した。
――BAN通知。
僕の視界の中で、HALさんの輪郭がノイズに侵食されるように滲んでいく。色が抜け、線が溶け、残像すら残さずに。
全員の配信画面から、HALさんの姿がフェードアウトした。
一拍の沈黙。
それから、爆笑が起きた。
コメント欄が沸騰する。
『一発BANは草!』
『ゲーム中は許してやれよEgoTube!』
『ドンマイ』
『切り抜き確定』
みんな笑っていた。僕も笑った。
――だけど、一瞬だけ。
笑い声が反響する別荘のリビングで、胸の奥がちりっと疼いた。
かつて僕自身がBANされた一週間が、脳裏をよぎった。まるで最初からいなかったかのように扱われた七日間。
だが、その記憶はすぐに笑い声にかき消された。
***
夕食後、各自が自室に散っていった。
廊下を歩くと、スマートアイの端にプライバシーフィルターの通知がちらつく。浴室やトイレに近づく度にライレコの録画が一時停止する。
深夜にかけて、別荘は静かになっていった。
僕は奈都さんに翌日の段取りを相談しようと思い立ち、二階の廊下を歩いた。
奈都さんの部屋の前でノックする。
返答がない。
もう一度。
沈黙。
ドアノブに手をかけると、施錠されていなかった。
「奈都さん、すみません、明日の件で――」
奈都さんがデスクに突っ伏していた。
寝ているのか。最初はそう思った。だが近づくにつれ、首に巻きついたスカーフが目に入り、青白い顔色が照明の下で蝋のように光っていた。
僕の心臓が跳ねた。指先が冷たくなる。
コメント欄が爆発した。
『え』
『うそだろ』
『これガチ?』
震える声で叫んだ。
「誰かッ……! 来てくれ!」
廊下を津由さんとふゆさんが駆けてくる。MAYとしぐれも事態を把握した。
しぐれの悲鳴が配信越しに響いた。
「嘘……、奈都さん……!?」
ふゆさんが叫びかけて、言葉を飲み込む。唇が震えている。
「これって……奈都さん、4んで……」
コメント欄が一瞬止まり、そして津波のように加速した。
『マジかよ』
『警察呼べ』
『配信止めろ』
『いや止めるな証拠になる』
視界の端で同時接続数の桁がひとつ変わるのが見えた。数字が跳ね上がるたびに、胃の底が冷えていく。
僕のライレコは、これから起こる全てを記録する。





