3-21 The Middle East crisis 2026
ホルムズ海峡でLNGタンカーがミサイル攻撃を受けて撃沈された。それを口実にアメリカがイランを攻撃した事で中東全域に戦火が拡大する。
国防総省参謀本部所属のヘインズ海軍中佐は、違和感を覚えつつも情報将校として作戦に関わっていく。
だが、リンカーン空母打撃群が攻撃を受けて戦線を離脱した事で事態は急変。思わぬ形で苦境に陥ったアメリカに打開する術はあるのか?
緊迫の中東情勢を描くハイテク軍事サスペンス。
2026年2月27日 現地時間15時38分
ホルムズ海峡 オマーン領海
航行中のパナマ船籍の大型LNG(液化天然ガス)タンカーが爆発を伴う激しい衝撃に襲われる。
「くっ……、なにがあった!?」
「わかりません! ですが……!」
「冗談だろ……?」
船長たちが警報の鳴り響く船橋の窓越しに船首方向に目をやると、最も船首よりの球形タンクがある付近の船体右側から大きな黒煙が立ち上っていた。
「退船……、総員退船だ!」
「え……?」
「急げ! 爆発するぞ!」
戸惑う船員を船長が怒鳴りつけた。-162度以下で液体になっていた天然ガスが常温の空気に触れると、急速に温められて気化するのだが、同時に体積が数百倍に膨れ上がる。
そして、このLNGタンカーには天然ガスを満載した巨大な球形タンクが5基あり、その内の1基で貯蔵量を示す値が漏洩を示す警告と共に急激に下がり続けていた。
漏れて気化したガスに引火すれば大爆発は免れない。最悪の事態を想定した船長が退船の指示を出そうとした時、さらなる衝撃が船を襲った。
「今度はなんだ!?」
バランスを崩して膝をついた船長が状況を確認しようとしたが、船橋の操舵室がある高さにまで達する炎を目にしたところで彼の意識は途切れた。
漏れて気化したガスに何らかの理由で引火した事がきっかけで最初の爆発が発生し、飛び散った無数の破片が無事だったタンクを破壊。さらなるガス放出によって誘爆が連続して起き、最後は船そのものが大爆発を起こしたみたいにして吹き飛んだ。
その規模と威力は桁違いでLNGタンカーは乗組員もろとも跡形もなく破壊され、衝撃波が数km先を航行中の船舶にも損傷を与えるほどだった。
◆
3時間後
バーレーン アメリカ第5艦隊司令部
たまたま同司令部を訪れていた国防総省統合参謀本部所属のヘインズ海軍中佐は、作戦室でアメリカ中央軍や第5艦隊の情報担当将校たちとホルムズ海峡で起きたタンカー爆発の映像について意見を交わしていた。
「攻撃だな」
「間違いない。しかも、犯人はイランだ」
諜報機関が送信してきた証拠とされる映像にはタンカーの左舷後方に対艦ミサイルが着弾し、漏れ出た液化天然ガスが気化して爆発するまでが映っている。
このタンカーはホルムズ海峡をペルシャ湾からインド洋に向かって航行していたので、ミサイルが飛来した方角にあるのはイランだ。
「ミサイルの種類は特定できているのか?」
「イランが保有しているものと同型だそうだ。ただし……」
「イラン以外にも保有している国は多い。そうだろう?」
ヘインズ中佐の指摘に全員が表情を硬くする。これだけで断定するのは危険だと案に告げているのだ。
「それでも当初の理由よりは説得力があるし、決定するのは我々ではない」
現地で作戦を担当する中央軍の将校が呟いた皮肉に誰も笑う事ができなかった。元々、現地時間の2月28日にイランが周辺地域の安全を脅かしているとの理由で、イスラエル国防軍との合同軍事作戦を計画していたのだ。
その攻撃計画に分かりやすい大義名分がつき、作戦開始時刻が早まった。ただ、それだけの事である。
「我々の役割は情報を収集・分析し、決定権を持つ者に提供すること。さあ、仕事に取り掛かろう」
「ああ、そうだな」
独立記念日までに結果を出したいとの政権の意向が透けて見えるが、軍人である彼らに拒否権はない。だからこそ彼らは、中佐の言葉を聞くと各自の持ち場に戻っていくのだった。
◆
アメリカとイスラエルによるイラン攻撃は予定通り実施され、最初の24時間で最高指導者を含むイランの政府高官や軍司令官の多数が死亡した。また、各地にある革命防衛隊(正規軍とは別組織)やイラン軍の基地、前年にも標的となった核関連施設を攻撃している。
これにイラン側も反撃し、バーレーン・カタール・クウェート・アラブ首長国連邦にあるアメリカ軍基地やイスラエル、果ては周辺国の国際空港や商業施設まで弾道ミサイルやドローンで攻撃。
さらに、アメリカ側がホルムズ海峡でのタンカー撃沈映像を公開して攻撃の正当性を訴えると、イラン側も真実と称してオマーン方面から発射されたミサイルがタンカーに命中する映像を公開してアメリカを非難した。
結果、双方が相手の公開した映像を捏造だと主張して非難合戦を繰り広げつつ攻撃も拡大し、多数の民間人を含む犠牲者数だけが増えていった。
そして、リスクを恐れた民間船舶がホルムズ海峡を通過できなくなると共に、イランによる石油関連施設へのドローン攻撃もあって原油価格は高騰。世界経済そのものにも影響が出ている。
2026年3月5日 現地時間4時11分
オマーン湾 公海上
アメリカが誇る軍事力の象徴たる空母打撃群。その中核をなす原子力空母『エイブラハム・リンカーン』が早朝からの作戦に向け、艦載機の発艦準備を進めていた。
「針路そのまま、最大船速」
「針路そのまま、最大船速」
「アイ・サー」
艦橋にある戦闘指揮所では艦長が命令し、副長が復唱、操舵手が電子制御式の舵を操作する。それに合わせて全長330m・満載排水量10万tの巨大な艦体が30kt以上の速力で突き進んだ。
現代の空母はカタパルトで艦載機を発艦させるが、それでも発艦時は風上に向かって全速に近い速力で航行するのが慣例になっていた。
「スプルーアンスより入電。複数のスクリュー音を探知。おそらく魚雷。本艦に向け接近中」
「発艦作業中止。機関停止」
「発艦作業中止。機関停止」
「続いてデコイ(囮)射出。取り舵、最大」
「デコイ射出。取り舵、最大」
ある意味、空母が最も無防備になるタイミングで攻撃を受けるが、艦長以下の乗員たちは落ち着いて対処にあたっていた。しかし、危機が去るまでの数十秒は張り詰めた空気が漂う。
「艦尾方向で爆発を確認。魚雷の誘因に成功しました」
曳航式デコイに魚雷が誘導されたとの報告が上がり、少しだけ指揮所内の緊張が緩む。まさに、そんな時だった。
「まだ残ってます! なおも接近中! 回避、間に合いません!」
「総員、衝撃に備えよ!」
外部との通信を行っていた水兵が切羽詰まったように叫び、それを聞いた艦長も咄嗟に叫んだ。次の瞬間、立て続けに2回、鈍い音と同時に激しい揺れが空母の艦体を襲った。
「被害状況の確認を急げ!」
「艦首付近で浸水発生! 即応チームが向かってます!」
「速力低下、10ktが限界です!」
艦内各所からの報告が集まり、徐々に被害の全容が見えてくる。幸い、沈没するような深刻な損傷は確認されず、火災も発生していない。また、原子炉も無事だった。
だが、飛行甲板や格納庫内にあった艦載機同士がぶつかって破損しており、確認作業が終わるまで全機を飛行停止にするとの報告があった。人員の被害についても負傷者が多く、こちらも確認に時間が掛かるとの報告が寄せられている。
「スプルーアンスより報告。魚雷を発射したと思われる所属不明の潜水艦を撃沈したとの事です」
「分かった。援護に感謝すると伝えてくれ」
すべき事が山積みなのを理解しているからか、護衛のイージス駆逐艦からの朗報にも艦長の表情は硬いままだ。
この一件を、前日のアメリカ海軍攻撃型原潜『シャーロット』によるイラン海軍フリゲート撃沈の報復と捉える人々もいたが、現時点では真相は不明である。
そして、アメリカ空母が攻撃を受けて戦闘不能に陥るという事態は世界に大きな衝撃を与え、以降の作戦計画の修正を余儀なくされるのだった。
◆
2026年3月12日 現地時間10時26分
エジプト スエズ運河
損傷を受けて本国への帰還の途に就いたリンカーン空母打撃群に代わり、地中海からフォード空母打撃群が中東へ派遣される事になった。
その為、原子力空母『ジェラルド・R・フォード』は低速でスエズ運河の狭い航路を航行中である。同艦は運河を通過できるギリギリのサイズなので、艦橋で指揮を執る艦長のハミル大佐は普段よりも神経質になっていた。
「ハミル大佐、少し気になることが……」
「中佐、緊急でないなら後にしてくれ。こんな所で座礁する訳にはいかないんだ」
ゆえに、作戦参謀として派遣されていたヘインズ中佐の問いかけを鬱陶しそうにあしらう。そんな時だった。前方にある運河を横切る形で架かっていた道路橋がいきなり爆発し、崩落したのだ。
「全速で後進だ! ぶつかるぞ!」
艦長が叫び、操舵手が最大出力でスクリューを逆回転させる。だが、低速であっても満載排水量10万t超えの艦は簡単には止まらない。さらに突然の警報が鳴り響き、彼らを激しく動揺させた。
「今度はなんだ!?」
「ミサイル接近! 数は5、6……、いえ、10以上です!」
レーダー監視員が慌てたように叫ぶ。
「迎撃だ! ただちに迎撃しろ!」
艦長が迎撃を命じるも空母の防御火器は非常に少ない。防空は護衛のイージス巡洋艦やイージス駆逐艦に任せているからだ。
しかも、今回は行動の自由を大幅に制限される運河を航行中に狙われた。攻撃の規模も大きく、国家レベルの敵が関与してるのは明らかだった。





