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3-20 夢見る書架のジムノペディ

【この作品にあらすじはありません】

 すべての図書館は夢を見る。


 図書館に収蔵されたおびただしい数の本からにじみ出た情報が流れ、よどみ、全く違う形を取ることもある。

 それは夢と言っていい。

 

 その図書館には奇妙なうわさがあった。


 収蔵している本が次々と消失しているという。

 看過できない事態であるとして、管理部(フロント)は図書館のある惑星〈アヤメの三十三〉へ二人の司書官を派遣した。


「先生、きつい上り坂ですね」

 小柄な司書官補テルが弱音を吐いた。

 図書館の位置する丘を登り始めてかなり経つが、肝心の図書館が一向に見えてこない。

「これくらいで音をあげてどうするの。もっと厳しい場所にある図書館なんて山ほどあるのよ」

 先を行く司書官ターシが振り返って助手を励ました。

 テルの倍近い背丈。長い手足は苦も無く丘を登って行くが、それでも助手の歩みに合わせてゆるやかに歩を進めている。

「もっと、頂上の近くで界海(うみ)からあがればよかったんですよ」

「あの宙浜(はま)が上陸に最適な場所だったのよ。下手に物理二層での位置を合わせようとしたら、かえって泳ぎ疲れて反力翼(はね)が役に立たなくなるわ」

 言いながらターシは反力翼(はね)を大きく広げた。

 重力をはじめとする宇宙のあらゆる力に抗するための反力翼(はね)


 テルは改めてターシの翼を美しいと思った。

 翼だけではない。しなやかな長い手足を持つその全身。その上の頭部から背中に伸びる輻輳神経束の波。翼同様、一時も動きを止めないスペクトルに輝く大きな瞳にテルをからかう時きれいに笑みをつくる桃色の唇。


 でも、そんなこと口にしない。

 ただでさえ自分を出来の悪い弟か息子のように扱う彼女に。

 

 なんでこの人が指導係なんだろう──。

 と思う一方で、テルはずっと彼女のそばにいたいという想いも否定できないのだった。


「ほら、着いたわ」

 いつ辿り着くかと思われた丘の頂上。

 そこに聳え立つ一枚岩の前に二人は立った。

 ターシはわずか数ミクロンの分子ゲートを難なく潜り、中へと消えた。テルも慌てて後を追う。

「案外、大きい図書館ですね」

 ターシに追いついたテルは、螺旋状に連なって回る巨大な書架の列を見上げて言った。

「大きいだけじゃないわ。本の数も異様に多い」

 テルはターシの声に、微かな緊張を感じ取った。

「館長に話を聞きましょう」


 二人は書架の間を縫って舞い飛びながら、館長の姿を探した。

 やがて、書架と書架を繋いだ情報糸の網の中央に鎮座する黒い球体を見つけた。

「館長さんですか?」

 ターシの呼びかけに、黒い球体はモゾモゾと外殻を展開し、猜疑心に満ちた赤い大きな目を露わにした。

「なんじゃ……管理部(フロント)がもう司書官をよこしたのか。何も心配はないと報告したのに」

「心配ない? 蔵書が消え続けているのに、それはないでしょう」

「見解の相違だ。蔵書は消えてなどおらん。厳然としてこの図書館の中にあるのじゃ」

 館長は黒い体を起こし、殻の下の複雑な位相転移肢を見せた。

「とにかく、調査させてもらいます。テル、下の書架からめぼしい本をあらためて」

「やめろ」

 館長の赤い目からピリピリと火花が散った。体の後部から尻尾のような針が伸び、そこから強振波動が起こり始めている。

「先生!」

 テルが警戒の声を出すと、ターシは反力翼(はね)を広げて防御波の壁を展開した。

「いいから行って」

 テルは闇に沈む下層区目がけてダイブした。

 

 管理部からの司書官が図書館の管理者に嫌われるのはいつものことだ。ターシに限ってそんな輩に不覚を取るとは考えられないがテルの心には一抹の不安があった。

 とにかく今は仕事をする時だ。

 テルは触角を伸ばして書架をスキャンした。やがて、淡い光と共に一冊の本が身じろぎをするように書架からこぼれ落ちた。

 テルが本を手に取ると、それはページを花のように開いてクロノ粒子を吐き出した。あまり良い状態じゃない。

「私は……撃たれた」

 本が呟いた。

「私の部隊は全滅した。私だけが生き残ったが、もう長くない」

「そう、じゃあ君は位相転換が近いんだね。別の書架に移動することになるのかな」

「カトリナ……死ぬ前にもう一度会いたかった」

 本はテルの手の中で光を放ったかと思うと、次の瞬間、灰になって消えた。

 灰は渦を巻きながら、何処ともなく散ってゆく。

 位相転換──

 だが、テルはそんな形のものは初めて見た。

 本は書架を移動するのではなく、跡形もなく消えてしまったのだ。本当に消えたわけでないことはわかっている。だが、それが再び本という形を取るのにはかなりの時間がかかるはずだ。


 調査を続け、ターシに相談した方がいいと思ったテルが頭上を見上げると、すごい勢いで黒い物体が落ちてきた。

「わっ!」

「小僧! その本を元に戻せ!」

 黒い殻から無数の位相転移肢を伸ばしながら館長がにじり寄ってきた。爛々と真っ赤に輝く目に怖気出しテルが後ずさると、館長の(あし)が手にした本に伸びてきた。

 だがそれが届く一瞬前に、館長は防御波の反射力によってテルから引き剥がされた。

 舞い降りてきたターシはテルと館長の間に割って入り、油断なく黒い殻を見据えながら弟子に問いかけた。

「何かわかった?」

「変なんです。この辺りの本はどれも位相転換しようとしています。それも跡形もなく消えるように情報が霧散していきます」

「なるほど」

 二人のやりとりを聞いた館長は、振り返ると書架の間の闇に駆け込もうとした。だがターシが反力翼(はね)を伸ばし、書架を動かしてその行手を塞いだ

「どうやら、重大な規則違反があったようですね。この図書館の管理は一旦管理部(フロント)に差し戻します」

「そうはいかんぞ。ここの本は全て私のものだ! お前たちなどに、本の苦悩を知らぬお前たちなどに渡してたまるか!」

「あなたは酔っているだけです。本の苦悩など理解していない。無駄な抵抗はおやめなさい」

 館長は笑った。真っ赤な双眸から炎のような情報波が広がる。

「無駄? 私を止めようとすることこそ無駄だ。この図書館はすでに私の意のままになっているのだ!」

 図書館全体が揺れ始めた。

 書架の間から、館長の目と同じ色の情報波が流れ出している。やがてその流れがあたりの空間を圧縮し始めた。本から溢れ出たおびただしい量の情報が、館長の意思に呼応して動いているのだ。

 ターシが言った。

「夢を慣らしたのね。テル、持てるだけの本を持ってここから出なさい。本は反力翼(はね)にしっかり包んで。この図書館はもう終わり。終わりじゃないけど、元に戻るのに数万年かかるから」

「先生は?」

「図書館の構造をできるだけ維持する。私もどうにかなるけど選択肢は他に無い」

 ターシは弟子の背中をどやしつけた。

「さあ! 行きなさい!」

 テルは後ろ髪をひかれながら舞い上がった。手当たり次第に持てるだけの本を持って、入り口があったはずの上層階を目指す。

 見下ろすと館長はあろうことか本を貪り食っていた。

「わしのだ! わしのだ!」

 そして、その前に立ったターシは長い指で自分の胸を切り裂き、その中を流れるクロノ粒子を解放していた。

「先生!」

 その時、テルは聞いた。

 クロノ粒子が渦を巻きながら奏でる音楽を。

 それは三拍子に合わせて図書館全体に広がり、書架を揺らしながら大きく舞わせている。

 光と情報の渦の中で繰り広げられる、書架のダンス。

 テルはその光景に心を奪われながら、もうターシに会えないかもしれないという思いに初めての怖れを抱いた。

 

 これもみんな、本のせい。

 はじめから何の感情も持たない司書官が、本によって得る魂の情動。


 無我夢中で図書館を抜け出したテルは、持ち出した本に囲まれながら丘の上に横たわっていた。

 やがて静かに足音が近づき、陽炎のような影となったターシが姿を現した。

「先生……」

「おつかれさま。よくやったわ」

 初めてほめられた。

 しかし、テルはその喜びより心配の方を強く感じていた。

「大丈夫ですか?」

「うん、なんとか自分は保ててる。危なかったけど」

 テルの唇から堰を切ったように、想いが溢れでた。

「もう、あんな無茶しないでください。僕、イヤですよ。何万年も先生と会えなくなるの……」

 ターシはちょっと意外そうな顔をしてから微笑んだ。

「そう? そうね。私もイヤ。君の面倒を見るの、結構楽しいから」

 テルはしかめ面をしてうつむくと、話の向きを切り替えた。

「あの館長は、どうしてあんなことをしたんでしょうか」

 ターシはテルの横に幻のような姿で腰を下ろした。

「本の位相転換に心を奪われたのね。その時に溢れるエネルギーは私たちにも甘美に感じられるものだから」

「位相転換に? そんなことがあるんですか?」

「うん。私たちにとってはただの現象だけど、本にとってはとても大きな意味があるの。それを〈シ〉と呼ぶのよ」

「シ?」

「そう。その情報の流れが時として私たちにはとても甘美なものになるの。あなたも気をつけて」

 

 テルははじめて自分の仕事に怖れを感じた。

 本にとっての〈シ〉。

 確かにそこに何か惹きつけられる。

 でも今は目の前の師に対する憧れの方が大きい。まだしばらく彼女と一緒にいられる。その方が自分にはうれしいのだ。

 図書館から去る時に響いていたあの音楽が、彼女への憧れそのものを裏付ける調べだった。

 幻のようなターシは、海に向かって丘を下っていく。

 テルはあわててその後を追った。

 

 耳の奥では彼女が奏でた音楽がまだ響いていた。

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