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3-16 梅の花咲く頃、また君と

高校では自ら進んでスクールカースト最下層になることを選んだ若林煌わかばやしこう。彼には戦国時代の若殿様という前世の記憶がある。

小学生の頃にうっかり前世の話をして中学三年までハブられた黒歴史があるため、それを隠し、目立たず己の存在感を消すことに必死でいたのだ。


しかしある日、その黒歴史をクラスの面倒な連中に知られ、茶化されてしまう。彼らから煌を救ってくれたのは、学年一の美少女かつ、クールで一匹狼な清里朱莉きよさとあかりだった。

彼女の前世は、煌の前世と縁があるらしく……?

前世の縁も手伝って、徐々に朱莉に惹かれていく煌。だが運命は再び二人を引き裂く。


今回も「死」という、絶対に抗えないものによって。

「火を放て。隠れている奴をあぶりだすのだ」


 その言葉を聞いた時、最初何を意味しているのかわからなかった。次にそれを呑み込むと、俺は頭を殴られたような衝撃を受ける。


「や……やめろ」


 つまり、この城で安穏と過ごし、今まで裏切りを知らずに育った俺は城主には相応しくないほどの青い甘ちゃんだったわけで。敵将は俺が今まで出会った事のないほどの卑劣な人間だったわけだ。

 城主である俺が本丸の門を自ら開けて降伏する代わりに「他の者に手を出すな」と出した条件を、奴らは俺を捕えてから、あっさりと破ったのだった。


「約束が違うではないか!!」


 必死に身をよじり囚われの身から逃れようとするも、後ろ手に縛られた縄が一層手首に食い込み、両側の雑兵から強く押さえつけられるだけ。

 そして目の前で、松明を持った敵兵が屋敷のあちこちに火を着けていく。


「やめろ! やめろォーッ!!」


 炎はパチパチと音を立て、あっという間に全てを飲み込んでいく。中から隠れていた使用人が何人か飛び出してくると、おぉと声を上げて敵兵が襲いかかり、新たな悲鳴があがった。


「あ……」


 焼け落ちる屋敷を何もできずただ眺めるだけの俺の耳に、ごうごうという音が届いた。あの時の俺は知らなかったが高温により空気が温められてすさまじい上昇気流を起こしていたのだろう。

 炎が巻き上がり火柱となって、濃紺の空を明るく照らす。時折爆ぜて散る赤い火の粉が、風に乗ってくるりと舞った。春の日にあの子と見た、梅の花びらが風に舞う軌跡と同じものを描いて。


 あの子は、きよ(、、)は。

 無事逃げられただろうか。


 そう考えた直後「無駄だ。さっきまで籠城をしていたのに逃げ場など無い」と、俺の中のもう一人が冷酷にも判断を下した。





 暑い。


(あの火のせいか……)


 むわりとした空気が俺を取り巻いている。じっとりと汗をかいていることを自覚しながら目を開けると、見慣れた白い天井があった。


「――あぁ……」


 そこでやっと気がついた。さっきまでの世界は小さな頃から度々見ていた夢で、今、俺は現実に戻ってきたのだと。

 全身に重だるさを感じながらベッドから這い出てベタつく部屋着を脱ぐ。汗を吸うと冷たくなる機能性の肌着の上に、ノーアイロンでも皺が寄らない素材のワイシャツを羽織り、ボタンを留めた。


 着替えを終え部屋を出てリビングに行くと、母が「(こう)、おはよう。早くご飯食べちゃいなさい」といつもどおりに声をかけてくる。

 テーブルそばのテレビからは今日も人々が戦争で殺しあうニュースが流れている。けれどそれは海の向こうの遠い国の話だし、目の前に出されたのは湯気の立つ味噌汁と、フチがカリッと香ばしい目玉焼きに油の照りが輝くソーセージ。

 これが俺の現実で日常。夢の世界に比べたらとても平和だ。


 夢の中の世界は……多分、戦国時代だろうか。服はゴワゴワと固くて重くて動きづらいし、食事も冷たくて味気ないか、逆に異様に塩辛いものだった気がする。人の命は短く、そして身分が低ければ羽根のように軽い。


 あの時代に比べれば今の時代はとても恵まれたものに違いない。身分差は殆ど無く、生命の安全はある程度保障され、衣食住にも困らず、手元のスマホを触れば無料の娯楽はいくらでも出てくる。

 だけど。現実が幸せかと問われると、微妙。


(ああ、あのまま夢の世界で死んでしまえたらいいのに)


 誰にも言えないけれど、ごくたまにそんな事を思ってしまう。

 夢の中の俺は当然、あの後敵に殺されるのだ。約束を反故にした敵将を恨み呪いながら首を刎ねられて……そこで夢が終わる。


 小さい頃はもっと夢がぼんやりして曖昧だった。それが俺の成長とともに、夢を見る回数や具体的に見える景色、会話なんかも増えてはっきりとリアルになってきて。初めて夢の中で殺された時は泣き叫んで起きたっけ。

 夢なのに味や香りや感触などもちゃんとあるから、現実だと思っちゃうんだよな。今まで何十回も見てるのに夢の中だと何故か夢だと気づけないままなんだ。


 だからかもしれない。首を刎ねられる時に俺の精神も殺されてしまえば良いのに、と思ってしまうのは。

 今の世界は物質は豊かだが、精神は豊かとはとても言えないから。


 朝からギラギラと日光が照りつけ、全身を取り巻く空気は暑い。まだ五月下旬だというのに、気温は完全に夏日のそれだ。この後やってくるであろう梅雨を考えるだけで、暑さと湿度にうんざりする。


 そして俺はその暑さを理由にして歩幅を狭め、トボトボと駅までの道を歩く。

 そんな事をしたって無駄なのに。時間を稼いでもいつか駅に着くし、上りの電車に乗れば高校の最寄り駅で降りる。遅刻ギリギリで通学路をゆっくり歩くことはあっても、ガチの遅刻や、電車を降りずに知らない駅まで乗り過ごす勇気など、俺にはどうせないんだ。


 本当に無駄な時間をかけ、なんとか点呼の五分前には学校に到着した。目指す教室からは「ギャハハハ」と五月蠅い笑い声が聞こえる。陽キャを気取った……その実、陽キャとは言うには知性と品性が足りない、いつもの三人組が騒いでるんだろう。

 教室に入ろうとしたその時。


「あ、あ、あの今は、やめたほうが……」


 入り口のすぐ脇にいた、背の低い眼鏡女子が声をかけてきた気がする。でも横目でちらっと見て無視した。きっと俺の自意識過剰だから。俺なんかに声をかけたい子がいるわけない。クラスでも目立たない陰キャ。カースト最下層でじっと息をひそめ、空気のような存在を目指す俺、若林(わかばやし) 煌なんかを。


「あ~‼ 来た来た!」

「今ちょうどお前の話をしてたんだよ! 若サマ!」


 教室の入り口をくぐった瞬間、最も聞きたくない言葉を浴びせかけられて俺は停止した。

 いつも教室の真ん中に陣取りギャアギャアと騒いでいる例の三人組。奴らがニヤニヤと、まるで道化のような嘘くさい笑みを顔に貼り付けて俺の方を向いている。


「お前さぁ、小学生の時に『前世を覚えてる』って言ってたんだってー?」

「俺のツレにお前と同小(おなしょう)の奴がいて聞いたぜ~」

「なんか、前世は若殿様だったらしいじゃん?」

「かぁーっこいいー! 今度からお前の事『若サマ』って呼ぶわ!」


 三人組のひとり、田中が立ち上がり、こっちにくる。硬直した俺の肩に手をかけた。


「若サマ、何できんの? 剣術とかやってみせてくんない?」


 その三日月形の目の奥にあからさまな嘲笑を見て、小学生の頃の記憶が鮮やかに蘇る。

当時は夢を見れるのが凄いと思って友達に話したら「前世とか言い出す変なやつ」というレッテルを貼られ、クラス全員に遠巻きにされた過去が。同時にこれも当時よくあった、腹がひっくり返る感覚が再現された。朝のソーセージエッグが逆流する。


「う……」


 えずきそうになり思わず軽く背を丸める。俺の目には教室の床と、俺と田中の上履きしか映っていない。と、そこに白い脚と上履きが入り込んだ。花の香りとともに、綺麗な声が空間に広がる。


「何やってるの?」


 思わず顔を上げて横を見た。田中と俺の間に割り込むように立っているのは、クラスで……いや、学年でも一番目立つ存在の女子。大きな切れ長の目を更に切れ味抜群に研ぎ澄ました視線で田中を見ている。彼は明らかに狼狽えたようだ。俺だって声が出ないけど動揺してる。


「え、何って……」

「イジメでしょ。今の」


 高校に入学してから数えるほどしか聞いたことのない彼女の声は、いつも冷静で平坦だった。でも今日は更にその何倍も冷たい。冷静を通り越して凍傷になりそうな絶対零度の冷たさを纏っている。そしてその冷たさが、センシティブな「イジメ」というワードに更に剣呑な雰囲気を与えたのか、教室に居た他の生徒からざわ、と声があがった。


「えっ⁉ い、イジメじゃないだろ!」

「本人が嫌がってたらイジメだよ」


 間髪を容れず、田中の反論を封じる氷の声。


「い、いや、だって若林が小学生の時自分で言ってたんだぜ。前世の夢を見たって~」


 田中は動揺しながらもへらへらと笑って取りなそうとした。そこに容赦のない……俺にとっても本当に容赦のない返しが彼女の口から飛び出る。


「そんなのよくある中二病ってやつでしょ。本人にとっては黒歴史なんだからそっとしてあげるのがマナーってものじゃない?」


 うっ。痛ぇーー‼ 黒歴史と言えばその通りなんだけど。


「本人が今は触れたくない過去を笑って掘り返すとか完全に悪意あるよね。黒歴史よりも、その行動の方がカッコ悪いと思う」

 彼女はそう言うと、首を回して教室中に視線を送る。

「……」

「……」


 教室に居た他の生徒は皆口を閉ざしているが、おおむね彼女の意見に同意しているようだ。熱い目で彼女を見つめる人もいれば、逆に蔑みの目で田中たちを見ている人もいる。


「……じょ、冗談だって。清里(きよさと)ちゃん、キツイなぁ」


 田中は引きつった笑顔になり、尻すぼみに声を小さくして俺から離れていった。その直後に予鈴が鳴る。


「おはようございます!」


 何も知らなそうな担任が教室に入ってくる。自分の席にさっと向かう彼女に、俺は一言しか声をかけられなかった。


「あ、ありがとう。清里さん」


 俺に背を向けたまま、彼女の動きがぴたりと止まる。


「……別に。私が不愉快だっただけだから」


 それが、学年一のクール美少女と陰で評されている清里 朱莉(あかり)さんと俺が初めてちゃんと交わした会話だった。同じ1年1組のクラスメイトになってから、実に1か月以上も経ってからの事だ。

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