3-14 繋命の錬金術師
リコリスは、街のはずれに静かにたたずむ小さな薬屋を訪れる。「この国のすべての薬草を取りそろえる」と噂の怪しい店。しかし、リコリスの携えたささやかな望みが、希望にあふれた大都市の裏に潜む、歴史の分岐を踏み越えることになる。
科学と錬金術が表裏に潜む町ルーバルトで、《命を紡ぐ》物語が始まる。
街のはずれ、石畳が少しずつ少なくなった小高い丘の坂道を緩やかに少し登ったところにある、古い石造りの家屋。
庭の荷車に積まれた麦俵の中から、見たこともない色の洋ナシやら、ルビー色に輝くおいしそうな、けれど名前も知らないベリー系の小さな果物とか、そんなものが見え隠れしている。
吊り下がった看板には、埃がかった文字で「ペルセウス薬草研究所 Vitam contexens」とある。
ふーっと息を吐いて、私は心を落ち着かせる。重そうな樫のドアを押し開くと、カウベルの音がガラガラと響いた。
外見に比べると少し広く見える店内には、色とりどりの薬瓶が並ぶ。薄暗い部屋の中、球形のフラスコに満たされた液体は、店内のランプの暗さに合わせて怪しく揺らいでいる。外見ほど埃っぽい様子はないけれど、まるで民家のような石煉瓦造りの壁、瓶の居並ぶヒノキ造りの明るい木の棚、おおよそ薬屋とは思えない内装だった。
その奥の机の向こう。タイプライターのようなレジの横、読んでいたであろう本を、面倒さを感じさせるようにゆっくり伏せて立ち上がった、気の弱そうな青年。私がドアを閉めると、その姿には不似合いな、澄んだ低い声で「いらっしゃい」と声をかける。
「薬をご所望かな?どこの病院だろう?」
彼は私を見下ろしながら、やさしく語りかける。この国では、各病院と薬屋が提携して薬を受け取ることができる。処方箋は医師の専売特許で、偽造すれば莫大な罰金がかかる、とも。
ただし、この大きな街ルーバルトには、街の真ん中、病院の周りに薬屋があふれていて、どこもかしこも清潔そうで清廉そうで、こんな町はずれのきたない薬屋まで足を運ぶものは珍しいであろう。
この薬屋は、様々なうわさがある。
私は彼の大きさに少したじろぎながら、それでも、持ってきたバッグから紙を一枚取り出し、彼に差し出す。
「ルーバルト公立病院の処方箋です。お願いします。」
彼は涼しい顔で私の差し出した紙を取り、一瞥した。
「うん、わかりました。少々お待ちを。」
彼がそれをもって机の奥に引っ込んでゆく。私は引いてゆく首筋の冷たさを少し感じながら、聞こえないようにふっと息を吐いた。
緊張感が、伝わってないかな。
この街で一番大きな病院の処方箋。どこにでも見慣れたそれであるからこそ、この病院でも取り扱ってくれるだろうと思っている。
大きな街の薬屋といってもやっぱり質の良し悪しはあって、大病院の出す処方箋の薬草を常備していないところもある。この辛気臭い薬屋のうわさのひとつが、「この国に生育している薬草のすべてがそろっている」というものだった。
もしかしたら、ここなら。
そう思って、私はここへやってきた。
緩やかに揺れる薬瓶の液体を眺めながら、私はゆっくりと店内を眺めて歩く。細い試験官が並ぶ棚を眺めた時、カチっと鋭く音が響いて驚いたが、どうやら何かがドアに当たった音のようだった。
「お待たせしました。」
再び彼の声がして、机の奥、部屋から彼が現れる。私は机に近づいた。彼が薬袋を手にしているのを見て、私はほっと警戒を解く。
「頂いた処方箋、あなたのものではないですね?」彼が涼やかな口調で話す。「どなたかの代理でいらしたのですか?」
「妹の。」私はバッグを探りながら答える。「高熱を出していて動けないのです。だから私が参りました。」
「なるほど。それならば納得できますね。」彼は涼やかにしゃべり続ける。「この処方箋が偽造のものでなければ、薬をお渡しすることもできたのに。」
ばっと顔を上げると、けれど男の顔は涼やかなままで、私は心臓がきゅっと閉まる音を聞いた。
バッグの中で握っていた財布を、あの男に渡されたカプセルに持ちかえる。思い切り振りかぶると、男に思いきり投げつけ、振り返らずに走り出す。パキっと板材が折れるような軽い音がした後、後ろで何かがめりめりと音を立てる。ドアにたどり着き思い切り蹴り開こうとするけれど、その重いドアはまるで鋼鉄のように動かない。その時に、さっきの鋭い音が、ドアに鍵をかける音だと気が付いたのだ。
ばっと振り返って、私は息をのむ。
先ほどまで彼がたっていた場所に、太い植物のツタが無数に生えあがり、男を拘束していた。左腕を上に引き上げ、残りの体はまるで生き物のように彼の体を強く締め付けていた。首まで登った彼の表情は、けれどどこか楽しそうにすら見えている。
私は、呆然と立ち尽くしてしまった。
「何をぼーっとしてるんだい?」絞められながら、だのに彼はその声を変えず、のんびりと私に語り掛けている。「君がこいつを召還したんじゃないか。」
「し、つ、ち、違う!!!」私は叫んだ。
「私はあんたがこれをニセもんだと見破るようなら投げろって、そういわれただけだもん!こんな、こんな、こんな、」目の前のおぞましい植物に吐きそうになりながら、怯えをごまかすために叫び続ける。「こんな化け物が出てくるなんて知らない!しらないもん!!」
「そうか知らないのか。」相変わらずの涼しい声で、彼はしゃべり続ける。「となってくると、少し話が変わってくるんだよなぁ。まったく、面倒なものを持ってこないでくれよお嬢さん…」
どうにもおかしい。浅くなる呼吸の中で、私は縛り付けられた彼の姿を見る。その表情は、なぜだか先ほどの涼やかな表情から変わらない。
その瞬間である。棚の陰から、ぬっと何かが姿を現した。それを見た時、私はぎょっと悲鳴を上げた。
先ほどの男だったのである。
「『ヘルクのツタ』なんて古いもの、よく育ててたなぁ。」ローブのようなロングカーディガンをパンパンとはたきながら、彼は感心したような声を上げた。
「へ…『ヘルクのツタ』?」混乱の中で私が問いかけると、彼は私をちらりと見て、「本当に知らないみたいだね」とつぶやいた。
「サボテンの仲間でね。ある特殊な要素を含めて生育すると、木の実なんかから水分を得るためにツタを這わせて締め付けるようになるんだ。その習性を生かして、古代には拷問具や殺人の道具にも使われるようになった。植物なのに動物みたいな動きをするから、君みたいに何も知らない人間に渡して、死体の残らない殺人の道具として使うこともできる。」
「あ、あ、あ、」
あんた、なんで生きてるの、と聞きたいのに、驚きと情報過多でまともに言葉にならない。
いったい、こいつはなんなんだ。
あのおぞましい木の枝が、拷問具で、殺人?
わたしは、いったい何をしようとしたの?
こいつは何で生きてる?
というか、縛られているのは一体誰なの?
私はいったい、何を見ているの?
彼が指をパチンと鳴らすと、ツタに絡まったほうの男がドロッと溶ける。その液体に触れた瞬間、ツタがまるで生気を失ったようにしゅわしゅわと萎れ始めた。
「本来ならばかかわらないほうがいいけど、」と、彼はそれでも涼しい顔で私を見下ろす。「多分もう、かかわり始めちゃってるんだろうな(・・・・・・・・・・・・・・・・)って思うから。それなら、下手に知らないままにはできないし、最低限は知らなきゃいけないだろうし。」
彼は私のそばにかがみこむと、私に向かって真剣な顔で語りかけた。
「妹さんはどこ?」





