3-13 落ちこぼれ魔女の私、魔女狩り公爵様に溺愛されて困ってます!!
皇帝の異母兄弟であり、その右腕として苛烈な魔女狩りを行うデリック・ブラッド公爵。
「さて、結婚式はいつ頃がいいかな?」
それがどうしてこうなっちゃったの!?私、落ちこぼれ魔女のカトレアは追い詰められた末、無意識に魅了魔法を使ってしまった。更にはうっかり意識を失っている間に、あろうことか公爵邸へ連れ帰られてしまう。
冷徹で感情がないとすら言われていた公爵は、私へ熱い視線を向け、甘い言葉の数々を囁く。しかし待って欲しい、これは全て魅了魔法のせいで、それが解けたら間違いなく怒り狂うであろう魔女狩り公爵に殺されてしまうのでは!?彼が正気に戻る前にここから逃げ出さなくちゃ!!
でも逃げる機会を伺いながら公爵と交流をしていく内に、彼がこんな性格になったことにも、どうやら理由があると分かって……。
《ドジな落ちこぼれ魔女×傷を抱えた不器用公爵》に魅了魔法も絡んで、二人の行く末は一体どっちだ!?
「この数日で実感しました、公爵様は本当にカトレア様を愛しておられるのですね」
「公爵様にこのような一面があるとは……本当に驚きましたわ」
「ええ、全ては愛ですわね」
いいえ違います、そこに本物の愛なんてものは存在しません。とは思うものの、口が裂けてもそんなことは言えない私は、うっとりとした視線を向けるメイドたちに曖昧な笑みを返した。
私、カトレアは魔女である。そしてそんな私が今いるのは、世間で魔女狩り公爵と恐れられるデリック・ブラッド公爵の邸宅の一室だった……。
え、おかしい?私が一番そう思っていますとも!!
でもね、仕方ないじゃない、他でもない魔女狩り公爵本人にここまで連れてこられちゃったんだから。そしてその理由は他でもない、私自身にある。
「愛しのカトレア!!今戻ったよー!!」
勢いよく扉を開いて部屋に入ってきたのは、ちょうど今噂をしていたデリック・ブラッド公爵本人だ。その腕には凄く大きい花束を抱えている。
「この花束受け取ってくれるね?」
早足で目の前まで歩み寄ってきた彼は、満面の笑みでその花束を差し出してきた。
「あの……公爵様、お気持ちは嬉しいのですが、顔を合わせるたびに花束を頂いていては部屋が花に埋もれてしまいますわ」
私が視線を向けた先には、今まで貰った花束の山が存在していた。一応全て花瓶に移してあるが、もはやテーブルに乗らなくなった花瓶が床にも大量に並んでいる。今使わせてもらっている部屋は広いからどうにかなっているものの、一般的な庶民の部屋ならば丸々なくなっているところだ。
「カトレア……公爵様だなんて他人行儀じゃないか、デリックと呼んでくれといつも言っているじゃないか」
「…………」
かつて冷酷で感情がないとすら言われていた公爵は、頬を赤く染めると熱っぽい眼で私のことを見つめてくる。
ああ、怖い怖い怖い怖い!!この男は本来こんな人間じゃないのに、うぅ鳥肌が立ってきた……でもそんな感情を表に出すのもマズいので、私は頑張って作り笑いを続けた。
「もうすぐ君と私は結婚するのだから、ね?」
そこから流れるように彼は私の手を取り、そこへ口づけをすると柔らかに微笑む。一方、私は上手く呼吸が出来ずに息が止まりかけた。
「愛しているよ、私のカトレア」
「……ぇぇ」
魔女狩り公爵がここまでおかしくなったのは他でもない。私の魅了魔法が原因なのだ。だが一つ言い訳させてもらうと、決して私はこの状況を望んで作り出したわけじゃない。そこだけは誓ってもいい。
事の発端は一週間前まで遡る。
+・+・+・+・+・+・+・+・+・+
テュラノス帝国では五年前に現皇帝の治世が始まって以来、魔女への弾圧が盛んに行われている。真偽については定かではないが、皇帝は強く魔女を憎んでいるという噂だった。魔女として生まれた私にとっては迷惑な話だ。
そんな現皇帝には話題に欠かない、異母兄弟がいる。皇帝の右腕として名高いのもそうだが、なんと彼は北部戦線を勝利に導いた護国の英雄でもある。しかしそこから一転、今は悪名高い現在は魔女討滅部隊、通称魔女狩り隊を率いて苛烈な魔女狩りを行っていた。それこそが魔女狩り公爵ことデリック・ブラッドという男だった。つまり超強いし、超恐ろしい奴ってこと!!
「げ」
それは実際の姿を知らない私でも、一目で分かった。目立つ長身に加え、異質な銀髪に赤い眼、噂に伝え聞いていた魔女狩り公爵の姿がそこにはある。
その日私は、普段しない遠出をして大きな街までお使いにやってきていた。
やや面食らったものの、幸い私と公爵との距離は遠い。彼は人混みの先の大通りにいて、私は偶然通りから出てきたところで、普通であれば私など気に留めるはずはない。
だから私はその場ですばやく踵を返し、今までいた通りへと戻ることでその場を離れることにした。
いや、だってあの男、遠くからでも分かるほどピリピリとした嫌な雰囲気を纏ってるし、絶対に関わりたくないだもん!!
何より万が一にでも目を付けられて、血液の魔力反応を調べられたりしたら私の命はないからね……。
魔女の魔力は血に宿る。私自身『魔法もロクに使えないくせに魔女を名乗るのもどうなのかしら~』と姉たちから馬鹿にされるほどの落ちこぼれではあるが、祖母が名の知れた大魔女であるお陰で血に宿る魔力自体はキチンと強い。ゆえに魔女かどうか疑われて、検査されるわけにはいかないのよね。うぅ、なんて理不尽!!
念のため更に細い裏路地を何度か曲がり、十分距離を取れただろうと思ったところで……。
「おい、そこの女!!」
ビクッとして振り返ると、先程遠目に見た魔女狩り公爵の姿がグイグイとこちらへと迫ってきていた。ひ、ひぇええ!?ナンデェ!!
「貴様ァ!!先程、不自然に私から逃げるような動きを見せただろう。詳しく話を聞かせてもらおう!!」
ふぁ!?え、でも待って……あんなに遠目から見て少し挙動不審だったという理由で、ここまで追いかけてくるなんて怖すぎない?魔女狩り公爵ヤバくない??
くっ…………かくなるうえは。
「!? 待て、逃げるな!!」
即時に振り切れるくらいの距離があると判断した私は、狭い裏路地を全力で走った。
もし仮に捕まって魔力の有無を調べられたら、人生終了なんだから逃げるに決まってるでしょが!!
ああ、もう『家族の中で魔女狩り公爵に殺される者が出るとしたらきっとアンタでしょうね』って散々姉たちにからかわれてきたけど、まさか本当に魔女狩り公爵本人から追われることになるなんて……!!
というか今日のお使いだって、姉たちから押し付けられたものなのにぃ……あとで絶対文句を言って、高い食事の一つでも奢ってもらうんだからっ!!
そんなことを考えながら、私は二度目の角を減速せずに曲がるが——
「あ……」
そこはなんと袋小路の行き止まりだった。足を止めたお陰で瞬く間に追いついてきた魔女狩り公爵は、路地の入口に立ちふさがりながら、恐ろしい形相でこちらを睨みつけてくる。こっわ……。
「いや、あの、ごめんなさい。いきなり追いかけられたのが怖くて、つい逃げちゃっただけで……他意は……なくて、ははは」
こうなった以上言い訳しないわけにはいかないので、私はどうにか言葉を捻りだし無理矢理乾いた笑みを浮かべた。
「ほぅ……では、わざわざ逃げるような素振りを見せたのはなんだったのだ?」
「そんなつもりはなくて偶然ですよ。嫌だな、公爵様」
「貴様に公爵だと名乗った覚えはないが?」
あ、やっば……。
「……そんなの帝国民だったら皆、知っていることですから」
「それならこれも知っているな——」
そこでわざわざ言葉を区切り、ニヤリと挑発的な笑みを浮かべながら続ける。
「私から逃げ出す者は魔女であると」
その台詞を聞いた瞬間。私の全身からスッーと血の気が引くのをハッキリと感じた。
「はは、私がそんなまさか面白い冗談ですね~」
「何すぐに分かることだ……魔力を検査する、ついてこい」
これ以上言葉を交わす必要はないと判断したのか、公爵は一瞬で笑みを消して私の腕を乱暴に掴む。
「あ、いや、ちょっと待って下さい……!!」
い、イヤァアアア!!このままじゃ、本当に魔女だとバレて殺されてしまう!!
「チッ、女暴れるな!!おとなしく従わないのであれば……っ!?」
こちらを振り返った魔女狩り公爵とバチッと目が合う。その瞬間、弾けるような風圧を伴って、何か私から大きな魔力が生じるのを感じた。
え……なにこれ。これは魔法?今まで一回たりともまともに使えたことなんてないのに、なんでよりによってこのタイミングで……。
「……ぅ」
いつの間にか魔女狩り公爵は私から手を放し、何故かやや虚ろな様子でいる。
え、これ、大丈夫なやつだよね?この人から逃げ切りたかったのは確かだけど、何か深刻な影響があるのなら、それはそれで心配なんだけども……いやいや、待て待て。
この人はバリバリ私を殺すつもりだったのよ、何かあったとしても、放っておいて逃げた方がいいわ!!うん、今からでもそうしましょう。
そう決意して路地から出ようと思った矢先、こちらに近づいてくる気配に私は立ち止まった。
「公爵閣下!!」
「お一人で行動するのは止めてください!!」
あ……これはまさか、公爵側の味方が増えちゃったってことでは?
丁度路地の出入り口に現れたのは、騎士のような装いの二人。言動から見て間違いなく魔女狩り公爵の部下だ。
彼らは私の存在に気付くと「えーっと、それでそこの女性が今回の?」と公爵に声を掛けた。
「ああ、そうだ」
げげ、いつの間にか立ち上がってる!
そうして魔女狩り公爵は、隣までやってくると私の肩に手を置いて、まるで別人のような朗らかな口調で告げる。
「彼女はたった今出会った、私の運命の人だ」
……え。あれ私、殺されるという恐怖のあまり頭がおかしくなっちゃったのかな。
変な幻聴が聞こえた上に、恐ろしい魔女狩り公爵が満面の笑みを浮かべて、こちらを見つめているように見えるのですが。
「さて、私の運命結婚式はいつ頃がいいかな?」
ぐっと顔を近づけてきた公爵様は、まるで恋人にでも向けるような甘い視線を間違いなく私へ向けてきたのだった。
マイ、でぃす………………ワァ。
そこで私は、訳の分からなさと極度の恐怖から状況の理解を放棄して、静かに目を閉じると意識を手放したのだった。ああ短い人生だったな……。





