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3-11 ポンコツお姉様は付喪神!

仕事で東京から京都へ降り立った僕は、駅ホームでヒッピースタイルのお姉さんと出会う。僕の仕事はお姉さんからとある荷物を預かり、東京まで持ち帰ること。案内役であるはずのお姉さんは駅を出る前から迷子になるなどのポカをかましつつ、自分が付喪神であることと、荷物の場所を僕に告げる。

『京都、京都です――― 京都、京都です―――』


 昼過ぎに東京駅を出発した新幹線は、日が落ちる前に僕を目的地へと送り届けてくれた。シウマイ弁当の余韻を口の中に残しながら座席に別れを告げる。降り立った駅ホームは天井がガラス張りとなっており、旅の疲れを癒してくれそうな開放感に満ちている。少し窮屈だった座席の残留思念を振り払うように僕は大きく身体を伸ばした。


「さて、と」


 ふう、と一息つく。東京を根城にする僕が何故今回京都へと赴くことになったのか。旅行、ではない。仮に旅行であるとするならば、もう少し時期を外す。今は9月の中旬。そろそろ大学の夏休みが終わる。夏ほどではないが、京都はまだまだ残暑が厳しい頃合いだ。そして僕は暑いのが苦手だ。だから京都へ旅行に行くならばもう少し後にする。今回は旅行ではなく―――


「来たか、少年」


 不意に女性に声をかけられた。身長は僕より頭一つ分は高い。うわ、デカいサングラスを装備している。背中の真ん中くらいまでまっすぐに伸びた茶髪に、デニムのジャケットと裾が少し広がったデニムパンツで合わせている。プライベートであれば絶対に関わることのない、いわゆるヒッピースタイルというやつだ。……ヒッピースタイルでいいのか? まぁいいや、そういうことにしておこう。


「は、じめまして」

「アイツから話は聞いている。ついてくるんだ、少年」


 どもりながらも挨拶を交わそうと奮起する僕をよそに、お姉さんは僕を置いて階段の方へと向かっていった。そこそこ混んでいる駅ホーム内でお姉さんは忍者(くノ一?)のようにスルスルとすり抜けるように進んでいく。僕は幸い旅行カバンもなく身一つだったので混雑した駅ホームの中を動くことに不自由しなかった。が、お姉さんの足取りがあまりにも素早く、見失わないように意識を集中させることに精一杯だった。ツレの事も気にかけずに好き放題歩き回るようではモテないぞ。モテない僕が言うのもなんだが。

 お姉さんの歩くスピードは僕のそれと比較すると甘く見積もっても3倍以上のスピードはある。が、お姉さんの身長が並の人間より頭一つ分は高いため、かろうじて見失わずに済んでいた。


 階段を降り、改札を出て、どこへ向かうのかと思いながらついていくと、ふとお姉さんの足が止まった。普段デスクワークばかりの僕は、お姉さんの横に追いつく頃には息も絶え絶えになっていた。運動全般は苦手だから勘弁してほしい。彼女の顔を見ると、デカいサングラスをかけたまま顎に手を当て何かを考えている様子だった。目の前にはバスターミナルが広がっている。乗るバスがわからないのか? 今から僕を案内する人が? そんなまさか。


「なぁ少年」

「なんですか」

「ここはどこだ」


 そのまさかだった。いや、それ以上だった。

お姉さんは自分がどこにいるのか、どこへ向かっているのかも分からず、ただ闇雲に歩いていただけだった。堪らず特大のため息が口から漏れ出る。かろうじて残っていたシウマイ弁当の余韻が跡形もなく消えてなくなった。さようなら、シウマイ弁当。帰りにまた会おう。


「今日僕がここへ来た理由はご存知ですか」

「あぁ、アイツから聞いているよ。荷物の輸送」

「その所長からどんな荷物なのか聞いたんですけど、はぐらかすばかりで何も教えてくれませんでした。僕はこれから何を運ばされるのですか」


 せめて合法な物であってほしい。いや、合法でないと困る。この歳で前科者は嫌だ。


「安心しろ、下手に扱って死ぬような代物じゃあない」


 心配しているのはそっちじゃない。いや、下手に扱って死ぬような代物であっても困るは困るのだが。


「本来であれば運送屋に頼むのが筋ではあるのだが、そういうわけにもいかなくてね。アイツが寄越す人間だからどんな奴かと思ったが、安心したよ」

「何がですか」


 いまひとつ要領を得ない言葉の数々に疑問符を浮かべていた僕を見て、お姉さんは笑みを浮かべる。


「だって少年、私のことが見えているだろう」

「……へ?」


 思わず抜けた声が出てしまった。見えるも何も、そりゃあ、見えている。見えているのだから。僕が京都駅で新幹線から降りて、声をかけてきた時から、ずっと。それに駅ホームからバスターミナルである現在地までまるでくノ一のように他の人間と人間の間をスルスルとすり抜けていくように……。

 ……ん、すり抜けるように? すり抜けているように見えていたのではなく、実際にすり抜けていたのか? いや、そんなはずはない。だって、僕は実際に目の前でお姉さんが歩いているのを見ている。身体がすり抜けている場面を見ていない。……本当に? 僕が見ていたのは《お姉さんの頭》だけではなかったか?人混みの中、頭一つ出ていたお姉さんの頭しか見ていないのではなかったか?


「こんな変な格好をしているのに、誰も声をかけないのはおかしいだろう」


 何を言ってるんだろうこの人は。


「何を言ってるんだろうこの人は」


 しまった、声に出してしまった。

 慌てて口に手を当てると、お姉さんはクスクスと笑みをこぼした。


「私はな、少年、付喪神だ」

「何を言ってるんだろうこの人は」

「それはもう聞いたぞ、少年」


 2回目という事もあって割と躊躇なく言えた。それに自分の事を付喪神だとのたまう人間にはふさわしいフレーズでもある。何を言ってるんだろうこの人は。どうだ、3回言ってやったぞ。


「ちなみに、そもそも付喪神は何かを知っているか、少年」

「まぁ、クイズ番組で不自由しない程度には」

「上出来だ」


 自認付喪神のお姉さんはサングラスをかけたまま満足そうに頷く。付喪神とは、長い年月が経った道具に宿る妖怪の一種である。道具を疎かにすると妖怪が取り憑いて化けて出てくるぞ、だから道具は大事に扱うんだぞ、という教訓から生まれた概念と言っていい。ちなみに煤払いや針供養なんかも、この付喪神が関連している。


「で、その自称付喪神のお姉さんがなんで僕には見えているんですか」

「それは知らん」

「付喪神というからには元となる道具があると思うんですけど、お姉さんは何の付喪神なんですか」

「ノーコメントだ」

「……そうですか」


 そもそもヒッピースタイルの付喪神なんて聞いたことがない。


「とにかくだ、アイツが少年をここへ寄越した理由も分かった。あとはブツを渡せば私の仕事は終わり、少年はそのまま帰れば少年の仕事も終わるわけだが……」

「そうですね。何かあったんです?」


 再びお姉さんは顎に手をやり何か考え事をしている。何か問題でもあるのだろうか。


「いやなに、ブツを置いてある場所がどっちか分からなくなってな」

「……」


 そうだった、バスターミナルまで来たのにどこへ行けばいいのか分からずなんじゃかんじゃと言い合っていたのだった。陽が落ちかけ、夕焼けの兆しを見せつつある。そろそろ動かないとあっという間に夜になってしまう。


「具体的な住所とかわからないですか? 住所が分かるならスマホで調べられますけど」

「本当か!? いやぁ助かるよ、少年」


 お姉さんに頭をワシワシされる。周りの人間には見えないが、僕には触れるらしい。あと僕は少年ではない。一応お酒が飲める程度には成人している。精神面の話であれば少し不安は残るが。


「京都の住所はややこしいからな。通りの名前とか全然覚えられない」

「あぁ、まるたけえびすにおしおいけ、ってやつですか」

「……凄いな少年!?」


 お世辞でなく素で驚いているようだった。ちなみに僕が今言ったのは京都の主要な通りを歌詞にした童歌である。その後の歌詞が気になる人は各自調べてほしい。


「そんな事はどうでもいいので、荷物のある住所をはやく教えてください。通りとか、どこの神社の近くとか、ざっくりでもいいので。もう日が暮れますよ」

「あぁそうだった。場所はだな、京都御苑だ」

「京都御苑……の、近くですか? 京都御苑って結構広いですよね」

「近くというか、中だな」

「……なんと?」


 なんだか途端に嫌な予感がしてきた。悪寒というか、寒気というか、こういう時の僕の勘は当たる。結構な確率で。


「京都御苑、その中でも春興殿という場所に少年に渡す荷物が置いてある」

「春興殿って、まさか」


 お姉さんがどデカいサングラスを外す。切れ長の目が僕の心の奥底にまで突き刺してきたような錯覚を覚える。底の底を見透かすような目を向け、お姉さんは不敵に笑う。


「今から行く場所は、京都御所だ」


 ……

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