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スタンスフィールド子爵家の執事は、ランドルフとクリフォードに嬉しそうな笑顔を見せた。
「大変お待たせしました。お部屋までご案内致します」
執事は恭しく二人に告げると、アイコンタクトで誘導を促す。
ランドルフとクリフォードは顔を見合わせ、軽く安堵の表情を見せた。先触れも出さず突然訪問しているのだ。正直、追い返されても文句は言えない。
それどころか丁重に対応されている。高位貴族にぞんざいな対応はできないという理由はあれども、この執事の様子を見るからに明らかに歓迎されている、少なくとも二人にはそう感じられた。
スタンスフィールド子爵家は建物の規模としては然程大きくはないのだが、内部は丁寧に整えられ設えも華美に過ぎることもなく、居心地の良さを感じられた。
室内の状況は当主の考えを表すものだ。子爵は想像するよりまともな人物かもしれない。
そのように、ランドルフも、そしてクリフォードも期待した。
いや、希望を持った。
「お客様をお連れしました」
部屋の扉を執事が数回叩くと、中から返答があり扉が開かれる。
執事は中の様子を笑顔で確認し―― 一瞬、動きを止めた。
本当に一瞬のことだったのだが、戸惑いのようなものが感じられた後、執事はランドルフとクリフォードを部屋に促した。
中には、人の良さそうな中年男性と、美しい佇まいの中年女性、そしてキャスリンが、満面の笑みでこちらを見ていた。
エメラインはいない。
「ようこそお越しくださいました!」
子爵その人であろう男性は、少しふくよかな体を揺らし歓迎の意を込めているのか両手を広げた。
夫人も気分が高揚している様子で笑みを二人に送る――が、ランドルフはこの夫人の様子に軽い嫌悪を覚えた。恐らく、必要以上に媚びた目で見られているように感じたからであろう。
そして、その二人の間に、天にも昇る心地のように見受けられるキャスリンが紅潮しこちらを見ている。
「さあ、どうぞおかけになって」
夫人がランドルフとクリフォードに席を促し二人がそれに従った暫く後、退室に向かう執事の小さな声が聞こえてきた。
「旦那様、お嬢様をお呼びした方が宜しいですか?」
その声に、キャスリンが答える。
「もう私はここにいるわ」
「ええ、何も問題はないわ。下がって頂戴」
キャスリンの後に畳み掛けるよう夫人が口を挟んだ。
その様子に、ランドルフとクリフォードは目立たないよう目を合わせる。
どうやら、二人をエメラインに合わせるつもりはないようだ。
執事の承知の返答が聞こえ、扉が閉まった。
「突然すまない。ご令嬢がいつでも訪問を歓迎すると言ってくれたので」
「いいええ! 誠に喜ばしいことで、是非定期的にいらしてくださいな」
ランドルフの言葉に夫人が上擦った声で答え、更にじっとランドルフを見つめる。ランドルフは眉間に皺が寄りそうになるのを何とか抑え、夫人に作り笑いを返した。
目の前で興奮気味の三人を改めて観察する。
子爵はそれほど身長の高さはない小男で、だが肉付きがよく大らかな人物のように感じられる。丁寧に仕立てられた様子の上質な衣服を身につけているが、指には謎に色とりどりの指輪が幾つも付けられており、服と装飾品のアンバランスさが不安定な気持ちを呼び起こされる。
(なんだあれ。輝くメリケンサックかよ)
ランドルフは子爵の手元を見て武器を想像し、脳内で呟いた。
夫人は贅を尽くしたという印象のドレスを身につけており、日常的にそんな夜会で着るようなドレスを身に纏っているのだろうかと不思議に感じたのだが、その華美な印象よりも胸元が広く開きすぎているのが目のやり場に困る状況だった。
更に本人は無意識なのかもしれないが、何故かずっと舐め回すような媚びた視線をランドルフとクリフォードに送っている。そのせいでランドルフは不快感が最高潮であり、それは隣に座したクリフォードにも感知できる程であった。
そして、全身で喜びを表している様子のキャスリンは、相変わらず桃色のひらひらふわふわしたドレスを身に纏っている。
兎に角、桃色が好きなのであろう。
クリフォードはクローゼットも一面桃色なのだろうと想像し、胸焼けがする思いであった。
子爵家の門を潜った際の印象とかけ離れた彼らの様子に違和感を感じ、ランドルフは一度スタンスフィールド子爵家のことは調査を入れた方が良さそうだと考えた。
特に、エメラインの状況を重点的に。
(彼女は今どこで何をしているんだ?)と、ランドルフ、そしてクリフォードも同様に考えを巡らせた。
(世間話をしに来たわけじゃないんだ。単刀直入に聞くか)と言う意味を込めて、二人は目配せをする。
「ところで、エメライン嬢にお会いしたいのだが、どちらにおいでかな?」
ランドルフが尋ねると、目の前の三人はスッと表情をなくした。




