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ここ数日書く時間が取れず、大変お待たせしました。
街の手芸店の前で二台の馬車は止まった。
この手芸店はかなり規模の大きな建物で三階建て。刺繍に関するものだけではなく、パッチワークや編み物、機織りの用具や機械まで揃えられている。令嬢が趣味で行うような類のものからプロ仕様まで揃う、かなり本格的な店舗である。
刺繍は令嬢の趣味としては主流と言えるからであろう、最も広い売り場面積となっており、入り口を通ってすぐのところに様々なメーカーの糸、針や大小の枠がずらりと並べられていた。
四人が侍女と従者を伴い店舗に足を踏み入れると、売り場に散っていた令嬢たちの目が一斉に集まり、華やいだ声が微かに聞こえてきた。
令嬢たちの憧れである“漆黒の貴公子”と“白銀の貴公子”を思いがけず目にしたからであろう。
レベッカがエメラインを先導する形で中へと進み、その後ろをランドルフとクリフォードが追従する。
「エメライン様、こちらにキットがございますわ。簡単なもので慣らしていくのが良いと思いますが、いかがでしょう?」
「図案も、針も糸も揃ってますのね。どういったものが良いかしら……」
エメラインは一つ、二つと手に取り見比べる。
その背後で貴公子二人は微笑ましそうにエメラインを眺めていた。
「そうですね……では、こちらの花と小鳥の図案はいかがでしょう? あまり大きな物ですと時間がかかってしまい、挫けがちですわ」
「あら、可愛い。二羽が寄り添っているようで素敵ね」
「仲睦まじい雰囲気で、刺していて幸せな気持ちになりそうですわ。後は……」
レベッカは他の図案のキットを確認し、その中の一つを取り出した。
「そちらより、もう一段階難易度を上げたものを。エメライン様はこの様な図案をお好みなのではなくって?」
と、エメラインの手にそっとそのキットを乗せる。
エンブレム風のそれは、中央にモノグラムの文字を組み合わせ、その背後に鷲の影が入ったもの。
エメラインは手元を見、それから瞳を輝かせてレベッカを見返す。
「レベッカ様はどうしてわたくしの考えていることがわかるのかしら! 仰る通り、このような図案を想像していたところですわ」
「それはようございました。ではこの二つは頂いていきましょう」
レベッカは二つのキットを侍女に手渡し、支払いの手続きを促した。
それからふとエメラインを見ると、どうやら今度はレースやリボンのエリアに夢中の様子である。
手持ち無沙汰のように感じられたランドルフとクリフォードはエメラインの両隣で笑みを浮かべつつ楽しそうに話しかけていた。
その時、クリフォードが一つのリボンを手に取り、エメラインの髪に寄せた。
どうやら、それがエメラインに似合うとでも話している様子である。
レベッカはその光景を眺め、胸の奥がちくりと痛むのを感じた。
何度見ても慣れてくれない自分を戒めながら、その痛みを散らすように、すっと目を逸らした。
逸らした先に通りに面した窓があり、その窓の向こうに華やかなドレスショップが見える――“ロレッタ”の本店である。
レベッカは「皆様」と一同に声をかけた。
「わたくし、要件を思い出しました。ほんの少しで戻ってまいりますので、今暫くこちらの店内で楽しんでいていただけないでしょうか」
「支障ない」
「うん、大丈夫だよ」
「わたくしもこちらのお店、もう少し見てみたいのでありがたいですわ」
エメラインは心から楽しんでいる様子で、頬を紅潮させて微笑んだ。
「では、エメライン様はお二人にお任せしますね」
レベッカは支払いを済ませた侍女を伴い、店を出た。
そして店の前の通りを挟んで向こう側の、ロレッタ本店へと向かった。




