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ここ最近お待たせしてしまいすみません…
その日、レベッカが来客対応を終えて部屋に戻る途中、薄く開いた扉からエメラインの朗らかな笑い声が廊下に漏れ出ていた。
そこはダンフォード侯爵家がエメラインへ用意した居室。エメラインの声に混ざり、年若い男性の声が重なっていた。
ランドルフかクリフォードが来訪しているのかと、レベッカが扉を軽く叩くと、エメラインが小さな笑い声をもらしながら扉を開いた。
「レベッカ様! お二人ったら酷いんですのよ!」
エメラインは口では『酷い』と言っているのだが、顔を赤らめ恥ずかしそうに頬を膨らませている。
レベッカは目を瞬かせながら、室内の奥、ソファーに座っている二人の令息を軽く睨みつける。
「まあ、また何か失礼なことを仰ったんですか?」
ランドルフとクリフォードは顔を見合わせる。見たところそんなつもりはないといった表情である。
「いや、その……決してそんなつもりはだな」
「うん、そんなつもりじゃなかったのだが」
二人はチラチラとローテーブルの上にある布へ視線を移した。
顔を上気させているエメラインを尻目に、ローテーブルに向かうと、レベッカはその小さな布地を両手で取り上げる。
質の良い布地に何色かの糸を組み合わされて刺繍が施されている。見たところ、茶系とベージュ、小さくピンクが入っているようだ。中央がベージュ、その左右に茶の広がりがある。
レベッカは、糸が固まって刺されたあたりを凝視した。
「……鷲……でしょうか……」
エメラインはぱあっと表情を変え、華やいだ笑顔をレベッカに向けた。
「エメライン様っ! そうです! 鷲ですわ!」
令息二人はひそひとと言葉を交わし合っていた。
「鷲、なんでわかったんだ?」
「絶対熊だと思ったよね」
「俺、今でも熊だと思ってる」
「しっ! 鷹だとわかったんだ。鷹ってことにするのが順当だ」
「でも、手を広げた熊に見えるだろ?」
レベッカは咳払いをし、目を細めてランドルフとクリフォードを見つめた。
「こちらは鷹ですわ」
「……そ、そうだな」
「うん、そうだね……」
「ところでお二方、本日は如何なる御用向きですの?」
令息二人は話題が変わったことに安堵し、嬉しそうに答えた。
「エメライン嬢はずっとこちらにいるだろう? たまには街の様子を見にいかないかと」
「評判のスイーツショップに足を向けてもいいだろうし」
エメラインは楽しそうな話だと感じたのだろう、特に“スイーツ”という言葉が聞こえたことで益々気持ちが高まったようだ。
レベッカも、エメラインの表情が変わった様子を見て、同意を示した。
「そうですね、気分転換になるかもしれませんし。そして、刺繍に興味を持たれたのでしたら、糸などの用具を見に行くのも良いかもしれません。様々な色合いの糸を眺めるのも楽しいですわ」
「ありがとうございます。……あの、レベッカ様、わたくしに刺繍を教えてくださいますか? きれいに刺したいものがあるんです」
「もちろんです。わたくしで良ければお教えしますわ」
鷹のモチーフを見てレベッカは察するものがあった。
王家の紋章には鷹が入っている。
イライアスに何か贈り物でもしたいということなのかもしれない。
「ところでお客様はもうお帰りに?」
「ええ」
「誰?」
「ふふ、内緒ですわ」
クリフォードが何の気無しにレベッカの来客の詳細を尋ねたが、レベッカははぐらかす様に返答をぼかした。
四人は侍女と従者を伴い、ダンフォード侯爵に断りを入れた後馬車の手配をした。
侯爵は心配し、騎乗の騎士を何人かつけようか打診があったが、あまり目立ちたく無いという考えで四人が一致したため、比較的少人数での外出になった。
治安の良さが危ぶまれる場所には向かわないということと、侍女と従者は武術などの心得があるものを伴うことを侯爵に約束し、一行は二台の馬車で街に向かったのである。




