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 ロレッタの店内には若い女の金切り声が漏れ聞こえており、店員の焦りを隠したような表情と客の戸惑う顔があちこちで見られた。

 その声は店の奥まった場所にある応接室が発生源となっているようで、甲高い興奮した声に混ざってマダム・ロレッタの宥めるような声が微かに聞こえていた。


 その声を荒げている令嬢――スタンスフィールド子爵家の令嬢キャスリンは、つい先ほどロレッタを苛立った様子で訪れ、店に入るや否やマダム・ロレッタを呼びつけた。

 依頼し仕上がってきたドレスを見たところ、自分の意図とは異なると言うのだ。

 怒りに任せてロレッタを訪れたキャスリンは、すぐさまマダム・ロレッタに奥の部屋に促された。



「だから……! もっとここはフリルを重ねてほしいの! ギャザーももっと寄せてふんわりさせてって言ったじゃない!」

「お嬢様ぁ、この生地は他のものと違って高額なのですよう。誠に恐縮ではございますがぁ、ご提示の金額ではこちらが限界なのですぅ。それにこの生地はそんなに幾重にも重ねると重みでスカートの膨らみがうまく出ないのですぅ。ご容赦くださいませぇ」


 マダム・ロレッタの間延びした声が、しかしキッパリと否を告げると、キャスリンは舌打ちをした。

 舌打ちをする目の前の貴族令嬢に、マダム・ロレッタは驚いた様子を見せている。美しい貴族令嬢があからさまに舌打ちするなど、彼女には初めての経験ではないだろうか。



 その時、扉からノックの音がした。

 返事が返されると、一人の若い店員がマダム・ロレッタに近づき耳打ちをする。


 キャスリンは『ダンフォード侯爵家令嬢のレベッカ様が』という密やかな声を得て、小さく反応した。

 ダンフォード公爵家令嬢のレベッカ――キャスリンの脳裏に、小賢しい貴族令嬢の姿が映る。


「お嬢様ぁ、恐れ入りますが、今少しお待ちくださいませぇ」

「――ええ、仕方ないわね。待っててあげるわ」


 先ほどの怒鳴り声が嘘であるかのように大人しく従ったキャスリンに、マダム・ロレッタは訝しげな表情を見せたが、店員に促され部屋を退出した。


 立ち上がったままであったキャスリンはソファーに音を立てて腰掛ける。


(あの女が来ているのかしら)


 思案顔のキャスリンは徐に足を組み、ニヤリ、と唇の端を上げた。


 ノックの音がして、先程マダム・ロレッタと下がっていった店員がキャスリンに恐る恐るお茶を差し出した。


 店員がビクビクとソーサーをローテーブルに慎重に置くのを見守った後、キャスリンはソファーに深く身体を預け、それから苦しそうに額を抑えた。


「なんだか少し頭が痛いわ。横になって休ませてもらっていいかしら……」

「えっ、だ、大丈夫ですか!? ご遠慮なくお休みくださいませ」

「そう、ではしばらく休ませてもらうわ。お店忙しいのでしょう? 貴女、戻っていいわ」


 怪訝な表情を見せつつも、店員はキャスリンの言葉に素直に従い、戻って行った。


 それから暫く時間を置いて、キャスリンはそっとソファーから腰を浮かせた。

 音を立てずに扉に向かい、周囲に人がいないことを確認し部屋を出ると、店舗の方へ静かに足を進めた。

 そして店舗に入る一歩手前の柱の影から、そっと中を伺う。

 ――と、目的の人物(レベッカ)を見つけた。


 レベッカは穏やかな笑顔でマダム・ロレッタと話をしている様子であった。レベッカの背後には侍女らしい若い女性が佇んでいる。

 マダム・ロレッタは時折思案する様子を挟んで何度か頷き、少し待つように言う仕草を見せた。

 そして在庫の確認なのか、レベッカについて行くよう促された侍女と思われる女性と共に、応接室とは反対の店舗の奥の方へと向かった。


 キャスリンはニヤリと歪な笑みを浮かべると、音を立てないようにレベッカのところに向かった。



「ご機嫌よう」

「……!! 貴女」

「姉が大変お世話になっております」


 キャスリン、いやらしい笑みを顔に貼り付けたままカーテシーをする。


 一瞬瞠目したレベッカはすぐに冷静な表情になり、「ご機嫌よう」とキャスリンに返した。


 キャスリンは徐に、ふふと笑う。


「何か、おかしなことでも?」


 レベッカは感情の読めない表情でキャスリンに問う。キャスリンはその様子をニヤニヤと眺めては不躾な思いが感じられる表情を隠しもしない。

 そして堪え切れないように一言、レベッカに言葉を投げた。


「邪魔でしょ?」

「え?」

「貴女、()()()のこと、邪魔なんじゃないの? 本当は」


 レベッカは片眉を上げ、怪訝な表情で聞き返した。


「何を仰って」

「わたし聞いたのよ。貴女、白銀の貴公子と婚約の噂があったみたいじゃない。あの人のせいで保留なのか立ち消えなのかになってるんでしょ? ――あらあら、お可哀想ですこと!」


 レベッカは無感情な様子のまま、キャスリンを凝視する。


「ねえ、あの人がいなくなったら――貴女も都合がいいでしょう?」

「……どういう、意味ですの?」

「あの人をうちに戻してよ。とにかく一回戻して頂戴。とりあえずそれだけでいいわ。そしたら――」


 キャスリンはレベッカの耳に顔を寄せた。

 レベッカはキャスリンの近づいてくる様子に微動だにしない。


「あんたは白銀の貴公子とうまくやればいいわ。あの人は子爵家に戻って、王太子妃なんてバカなことにもならない。それが一番正しいのよ」


 レベッカは無表情のまま、視線だけを耳元のキャスリンの顔へ向けた。

 その視線を受けて、キャスリンは粘ついた笑みをレベッカへ返した。



「お待たせしました! 在庫は――お嬢様ぁ! ご体調が優れないと聞きましたが……」


 マダム・ロレッタは奥から戻ると、不審な様子に表情を曇らせた。なぜキャスリンがここにいるのか戸惑っている様子である。

 共に奥から店舗へと戻ったレベッカの侍女は、慌ててレベッカに駆け寄っている。


「ああ、もう大丈夫よ。あと、それ。そう、そのドレス、いいわそれで。適当にやっておいて」

「はぁ……宜しいので?」

「気が変わったの。よろしくね」


 呆然としたマダム・ロレッタを背にし、まるで鼻歌でも歌い出しそうな様子でキャスリンはロレッタの店内から外に出た。




 心配した侍女からの呼びかけにも答えず、

 レベッカは表情を硬くしたまま、ただその場に立ち竦んでいた。


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