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 キャスリンと従者のジェレミーがダンフォード侯爵邸を訪れた、その翌日のこと。



 キャスリンは、そろりと自室から廊下に出た。

 用心しながら、音を立てないよう廊下をゆっくりと進んでいく。


 そして、母親であるイライザの部屋の前で足を止めた。

 イライザは先程、訪問客の対応をしているのを確認済み、侍女らもそちらに掛かり切りの筈である。


 この部屋には今、誰もいない。


 そっとノブを回し、音を立てないよう滑り込む。念の為、内側から鍵をかけた。

 そして部屋に入ると一直線にブドワール内のドレッサーに向かう。


 ドレッサーの、その片隅にある美しい装飾がされた箱の上蓋を、キャスリンはそっと開いた。

 中には優美な曲線を描く濃い紫の小瓶がズラリと並んでいる。

 手前の方にはニ本分ほど空きがあった。


 キャスリンはその空いた箇所の隣から一本を抜き出し、ぐっと握りしめた。



✴︎



 数ヶ月前のある日。

 キャスリンは流行りの恋愛小説を夢中になって読んでいたら、うっかり夜も更けてしまった。


(あら、湯が足りないわ)


 お茶を継ぎ足そうと考えれば湯が足りないことに気づいた。

 仕方ないと、そっと廊下に出て湯を貰いに向かう。


 薄暗い廊下を怖々進んでいると、進む曲がり角の先の方で小さな物音がした。

 キャスリンはどきりとして足を止め、そっとその先を覗き見ると、イライザが部屋から出たところであった。

 気忙しいながらも音を立てないようにしているのだが、見たところ忍んで外出する様子に見えた。


 暫く立ち止まり、時間を置いて再び覗き見ると、しんと静まり返った廊下の、イライザの部屋から薄く光が漏れている。


 イライザはもういないようだ。


 好奇心に駆られたキャスリンは湯のことなど忘れ、そっと扉に近づく。

 そして、光が漏れる扉を押し開いた。


 すると部屋は乱雑な状態で放置されており、更にブドワールも明かりが付いたまま開け放たれていた。



 (こんなに急いで、お母様はこの夜半にどこへ……)



 ブドワールをチラリと見ると、何かが散らばっているようである。


 キャスリンは室内を進み、ブドワールに足を踏み入れた。

 普段キャスリンが部屋を訪れる時は大抵内扉が閉じられており、決して入らないようきつく言われている。

 叱責されるかもしれないが、今イライザはいない。興味が勝った。


 秘密のそこに散らばっているもの、それは。


 けばけばしい色の夜用薄衣

 おかしな作りの下着と思われるもの

 そして派手な飾りが付いた仮面、など


 それらが、玩具箱をひっくり返したようにそこここに散らばっていた。


 (なに、これ……)


 騒然とした部屋の様子に立ち尽くしていると、ふとドレッサーに目が行った。


 その片隅には装飾が施された重厚な箱がパクリとその蓋を開け、小さな紫色の瓶が綺麗に並べられている。


 数本は抜き取られているようだ。


(この箱、そして紫の小瓶――見覚えがあるわ)


 そしてキャスリンは先日の外出で立ち寄った化粧品店を思い起こす。




「こちら、とってもキレイね! 何の効果があるのかしら?」


 店主が目的の商品を包み、付き添いの侍女が「支払いはいつも通りスタンスフィールド子爵家へ」と伝えたところで、キャスリンは隠すように置かれていた豪奢な箱と中の小瓶を示した。


 店主はばつの悪そうな表情を見せた後、ニコリと微笑み直して告げた。


「そちらの商品はお嬢様にはまだ……成人向けの成分が入ってましてですね、えーそうそう、新しい商品がそちらにございますよ。お嬢様好みかと」


 店主が、少し離れた目立つ位置に置かれた肌への一揃えらしき化粧品を示し、更に侍女に目線を送った。


「まあ、お嬢様! あちらとても可愛らしい色合いですわ! ほら、ご覧になって」

「あら、本当ね!」


 キャスリンが示された商品の方に進んで行くと、その背後で店主と侍女はほっと息を吐いた。



 その時、店の扉が開く音がして、一人の夫人が入って来た。

 キョロキョロと店内を見回すと、件の箱に入った紫の小瓶を見つけ、すっと吸い寄せられるようにそこへ近づく。


「こちらは、あの、効果はどうなのかしら……」


 夫人は密やかな声で店主に問う。

 店主も同様に声を抑え、「お陰様でご好評を頂いております」と答える。


「『これでなくては気分が盛り上がらなくて』と箱ごと買われる方が多く、お一人様一箱までと制限している状況でして」

「――まあ!」


 夫人は興奮を抑えたような感嘆を発する。


 キャスリンは先程店主に示された目の前の商品を眺めながら、店主と夫人の声に耳をそば立てた。

 気づかれないようチラリをそちらを見ると、店主と話している女性は頬を赤らめ、摘み上げた紫の小瓶を繁々と見つめている。


「お客様は幸運ですよ。こちら、後一箱で在庫切れでして――えー、次の入荷はっと、次月になるかと」

「次月ですって! その最後の一箱、頂くわ」


 店主がパラパラとページを巡った後に納期を告げると、夫人は決意を固めたようだった。


「帳付けで?」

「いいえ、今支払いますわ。おいくら?」


 キャスリンは店主の答えた金額に瞠目した。

 先程購入した商品の10倍近くではないか。


「ご存知とは思いますが、摂取は一回につきひと瓶までです。効果は一晩中続きますから。毎度ありがとうございます。()()()()()()()()()()()()――」


 店主の声の後、夫人が何か言葉を返したのだが、キャスリンには聞こえなかった。


 だが、あれが何であるのか、そのやり取りで流石にキャスリンにも察しがついた。

 恐らく、興奮剤の類だろう。

 ()()()()()





(なぜ、お母様がこれを……? そして、この夜半にどこへ)


 キャスリンは、母親の普段とは異なる姿を予感し、床に広がる小物たちが作り出す、その毒々しい色の海の中に暫く立ち竦んでいた。


 恐らく母は、どこかで夜を楽しむために忍んで出かけたのだ――



✴︎



 キャスリンは握っていた掌を開き、小瓶をにんまりと見下ろした。


 それから音を立てないように扉の鍵を開け、入って来た時と同じように静かに廊下に出る。

 左右を確認すると、人目を避けるよう急いで自室へと戻って行った。



 その走り去った方向の反対側、廊下の曲がり角から、イライザがいやらしく口角を上げキャスリンの様子を見ていたのだが、キャスリンは気づかず小瓶を握ったまま走り去った。


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