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「ご令嬢と従者の方は、只今お帰りになりました」


 執事はキャスリンとその従者が門を辞して帰路へ就いたことを告げ、ダンフォード侯爵と目を合わせると扉を閉めた。


 室内は暫し静まり返っていたのだが、イライアスが言葉によってその静寂を破った。




「あれは……何だ?」




 イライアスは怪訝な様子で頭を傾けている。

 まるで、全く理解ができない難問を前にし、呆然としているかのような様子である。


「家族が――申し訳、ありませんでした……」


 一歩引き下がり、エメラインが深く頭を下げた。


「いや……」


 エメラインの謝罪を受け、イライアスは顎に手を当て考える素振りを見せた。

 また部屋の中では、各々今目の前で起こった事に対する考えを巡らせているようである。


「エメライン様、お顔を上げてくださいませ」


 レベッカが気遣うようにエメラインの側に寄り添う。

 それに眉を下げたエメラインが目を合わせて応えた。


「いや〜、中々衝撃的な出来事だったね」


 侯爵が楽しげに言葉を吐き出すと、レベッカが目線で嗜めた。


 息を吹き返したような様子のランドルフを確認しつつ、クリフォードが「大丈夫か?」と労りの言葉を出すと、ランドルフは白い顔をしたまま数回頷いた。

 ランドルフはふう、と一息つくとエメラインに問う。


「妹君は、普段からあのような感じなのか?」

「普段から、はい、そう、ですね……」


 エメラインは言葉に詰まって俯いた。

 そこにイライアスが質問を繋ぐ。


「失礼な質問と思うが……妹君は、令嬢としての、いや貴族として教育を受けているのだろうか?」


 エメラインは一瞬逡巡の様子を見せ、「それは、」と言葉を発した。


「妹は――キャスリンは、教育を受けておりません。令嬢としても、貴族としても」

「教師がつけられたことは今まで一切ないと言うことか?」

「……左様でございます」


 その場にいる一同、皆目を見開き驚愕の様子を見せている。


「それにしては、多少のまともな言葉遣いはできるようであったが」

「それは……キャスリンは娯楽小説を好んでおりまして、その中で得た知識によるものではないかと」


 一同の様子を確認しつつ、エメラインは話を続ける。


「両親に、キャスリンへの教育の重要性を訴えたこともあるのですが……身内の不調法をお話するようで心苦しいのですが、経済的に難しいとの返答で……また、当人の希望もなかったもので」

「ロレッタのドレスを多少我慢すれば、教育の費用など捻出できるでしょうにね」


 レベッカの言葉に、エメラインは首肯する。


 ランドルフとクリフォードは、『経済的に苦しい』と言う言葉は子爵邸を訪れた際にも出てきた言葉だと想起した。また同時に、子爵の指輪で彩られる丸々とした指も映像として脳裏に映し出される。


「読書などでわからない言葉や意味合いなどを教える中で、わたくしも可能な限り学びに繋がるよう試みてはいたのですが……誠にお恥ずかしい限りです」


 エメラインは項垂れ、イライアスは憂慮の色を帯びた眼差しを向けた。


「昔は――幼い頃は、小説の主人公のお姫様がわたくしに似ているなどと言ってくれたり……心を通わせることもできたのですが」


 寂しげな表情を見せると、レベッカは慰めるようにそっとエメラインの背に触れる。


 その時、様子を見守っていたダンフォード侯爵が突然声を上げた。


「まあまあ、君たち。程よくレッスンが中断したのだから、少し休憩して茶でもどうかな? 一度仕切り直して温かいものを用意させよう」


 侯爵の言葉にレベッカが頷き、侍女に声をかけると、速やかにテーブルの上が整えられていく。




 それらの様子を眺めながら、自然に距離を縮めていた令息たち三名は声を顰めて話を続けていた。


「でも()()、放っておいて大丈夫なのか?」


 密やかな声を発しつつ、ランドルフが憂い顔を見せる。

 同意の様子を見せたクリフォードも、イライアスと目を合わせつつ自身の考えを伝えた。


「ものすごい目で睨んでいたよね。何か手を回した方が良いんじゃないかな」




「――もう、指示は出している」


 気遣わしげなランドルフとクリフォードに返答をすると、イライアスは眉間の皺を深くした。


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